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第8章

 


「ねぇラミレ、第二王妃殿下とその側近達を調べる時、体のどこかに赤い染みがあるかどうかを確認するように、お兄様から王宮のその偉い方に進言してもらえないかしら」

 

「赤い染みって何?」

 

 エルディアはスカートのポケットから透明な瓶を取り出してそれをラミレに見せた。

 彼女はその瓶の中に入っているまるでルビーのように真っ赤な丸い玉を凝視してから「何か植物の実?」と首を捻った。

 

「当たり! これはうちの領地のスックーラ山にだけ自生しているウルットの木の実で、最高級の染料になるの。

 だけど取り扱いが非常に面倒な実なのよ。何故かって言うと、この赤い色が付着してしまうと、どんなに必死に落とそうとしても、私が開発した薬品を使わないと絶対にその色が落ちないのよ」

 

「命の危険はなさそうだけど、なんか怖いわね。あんまり近付けないでよ。それで、その実がどうしたの? というか、何故そんな危ない物を持ち歩いているの?」

 

 いつも飄々として物事に動じないラミレが、瓶から遠ざかろうとして椅子をずらした。

 

「護身用にいつも身に着けてるのよ。だって、過去にちゃんと役に立ったことがあるし」

 

 エルディアは自慢げに胸を反らして言った。

 

「それ、武器なの?」

 

 ラミレはますますエルディアから離れようとした。

 

「武器というより、本来は犯罪者を捕まえる時に役に立つアイテムかな。

 まあ、私はこれをパチンコの玉代わりに飛ばして相手にぶつけて、暗殺者からの攻撃をかわしたのだから、武器といえば武器と言えるかもしれないけど」

 

「暗殺者? 貴女誰かに命を狙われたの? やっぱりご両親が危険な薬を作ってた関係?」

 

 こんな闇の話なんて日常茶飯事だろうに、ラミレは驚嘆した顔をしていた。だからエルディアは慌てて首を振った。

 

「違う違う私じゃないわ。狙われたのは王太子殿下よ。

 五年前のカーニバルの日、私は広場の噴水の近くで、吹き矢で殿下を狙ってる男を見かけたの。だから、わたしはとっさにパチンコでそいつの口元狙ってこの実をぶつけたのよ。

 

 矢はその衝撃で地面に落ちて、男は何が起きたかわからなくて一瞬呆然としてたわ。玉代わりにしたウルットの木の実が潰れて、男の顔面に真っ赤な汁が飛び散って滴り落ちていたしね。

 それでも男は慌てて矢を拾って脱兎のごとく走り出したわ。

 でも広場は凄い人混みだったから、誰も殿下が命を狙われたことに気付かなかったし、誰もその暗殺者の男を注視しなかった。

 だから私が一人声を上げても無駄だと即断して、私はその男の後を追ったの。

 

 子供だったから、人混みの中を進むのは大人より楽だったわ。私はその男を見失うことなく裏通りまで追うことができたわ。

 そうしたら男は停まっていた一台の、それはそれは立派な馬車に乗り込んだの。

 そしてその馬車の扉が開いた時、その中に乗っていた女性の姿が見えたのよ。それはそれは身分の高そうな美しい人だった。

 その方が第二王妃殿下だってことは、子供の私にだってすぐにわかったわ。

 だってこの国には滅多にいない、眩いばかりに光るピンクブロンドの髪をしていたんだもの。

 私はこの時、命が狙われた男の子はもしかしたら第一王子殿下かもしれない、ってそう思ったの。

 

 だから私は、このことを早く誰かに伝えないといけないと思ったわ。だって今回は運良く防げたけれど、犯人が捕まらないといつまた殿下の命が狙われるかわからないもの。

 でも、私が未然に防いだから、誰もこのことに気付いていない。いくら私が殿下が命を狙われたのだと訴えても、子供の戯れ言だと思われて相手にされるわけがないと判断したの。

 それで仕方なく私は、殿下に直接伝えることにしたの。もちろん手紙で。

 

 実は私達は前日に出逢って既に友達になっていたの。だから、翌日また噴水の前で逢おうって約束していたの。

 私があの男を見つけたのも、あの噴水の場所に向かう途中だったからよ。

 私は事件のあらましを端的に手紙に認めてから殿下に逢いに行ったわ。そして二人でたくさん遊んだの。

 だって、殿下にとってその日は唯一子供らしく自由に過ごせる貴重な日だと思ったから。

 そして、帰り際にその手紙を殿下に渡したの。絶対に一人で読んで下さいって。

 

 その後どうなったのかは結局わからなかったけれど、犯人が捕まらなかったことだけは確かだった。だって、王家に何か大きな変化があったという話は全く聞かなかったから。

 だからあの後私にできることと言ったら、殿下の無事をお祈りすることだけで、他に何も手立てがなかった。

 でも、今ならその赤い染みという証拠を多くの人の目に晒し、私が証言すれば、第二王妃殿下を追い詰めることができるんじゃないかしら」

 

 エルディアはこの話を今まで姉以外には誰にも話さなかった。しかし、第二王妃に疑惑の目が向けられている今ならば、もしかしたら調べてもらえるかも知れない、そう彼女は思ったのだ。

 あのウルットの木の実の真っ赤な染みは、絶対に消えたりしない。そして高貴な人なら絶対に触れたりしないもの。どこでその染みを付けたのかと尋ねられたら答えられるわけがない。だから絶対的な証拠となるはずだと。

 

「ねぇ、貴女が殿下に飲ませた解毒剤と聖水って、始めから殿下のために持ち歩いていたの? 自分の為じゃなくて?」


「まあそうね。私に毒を盛ろうとする人なんていないから。でも、殿下は違うでしょ? あの方は幼い頃からいつも命を狙われていたわ。

 でも私は、あれを使う機会がなければいいなと願いながら持っていたの。だから役に立った時は凄く複雑だった……」

 

 その時、突然ガシャガシャという車輌が動く金属音がしたので、エルディアとラミレはギョッとして後ろを振り返った。

 すると、背後の壁に設置されていた天井まで届く背の高い書籍棚が、ゆっくりと横に移動していた。しかもそこにはなんとあるべき壁がなく、大きな穴が空いていて、そこから生徒会メンバーが顔を覗かせていた。

 

「「ヒッ!!」」

 

 エルディアとラミレが同時に声にならない悲鳴をあげた。

 すると、今まで見たことのないような満面の笑顔の王太子殿下が勢いよく飛び出して来て、いきなりエルディアを抱きしめた。しかもかなり激しく強く。

 エルディアは今度は「グウェッ!」という蛙が押し潰されたような、淑女らしくない悲鳴をあげた。

 

「エル! やっぱり君がエルだったんだね! 学園で最初に君を見た時からそうだとは思っていたんだよ。だけど、君は僕を見てもいつも素っ気ないからさ、確証持てなくて。

 ありがとう。僕が君を思っていたように、君も僕をずっと思っていてくれたんだね。嬉しいよ。

 好きだよ、愛してる。

 僕の、僕の福の神!!」

 

 えーーーーっ!

 えーーーーっ!

 えーーーーっ!

 

 好き?

 愛してる?

  

 福の神って何?!

 読んで下さってありがとうございました!

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