第6章
「うちってさ、建国以来、この国の忠犬をやっている家なんだ。陰日向になって。この意味わかる?」
探るような目でラミレはエルディアを見た。そこでエルディアはなるほどと察して頷いた。
「なんとなく。うちとまあ、似たようなもん?
医薬部門って、人の命救う清らかなイメージあるけど、その実その裏ではその為に人様に言えないようなことやってるみたいな?」
『さすがにはっきりとはラミレには言えないけれど、犯罪者や身元のはっきりしない破落戸を新薬の実験台にしたり、疫学調査のために態と菌をバラ撒いたり……歴代の当主は皆そんなことをしてきたみたいなのよね。
そもそもお姉様が現実逃避するようになったのは、それらの噂を聞いてしまったからだわ。
目を逸らして自分の心を誤魔化さないと、心が綺麗で優しいお姉様には耐えられなかったのよね』
と、心の中でエルディアはこんなことを思った。しかし彼女は知っている。それは過去の話だと。
彼女の姉マルティナは、今は婚約者のランスと力を合わせ、いずれそんな医療機関の体制を変えてやると意気込んでいるのだ。
ランスが生徒会活動で、王太子や公爵家の嫡男であるジョンスタットとの交流を深めているのも、将来を見据えてのことだろう。
そう。エルディアがこの学園に入ろうと考えた理由の一つは、二人に協力するためだったのだ。
といっても、彼女は自分には人脈を作る能力がないと思っていたので、医学知識を深めることによって、姉達の力になりたいと考えていた。
だから入学後のエルディアは、熱心に図書館に通って勉強をしていたのだ。それなのに何故か、想定外に太くて強い人脈ができてしまったが。
それが王太子にジョンスタットにセリーナ、そしてラミレである。
ラミレはエルディアと首位を争うくらいに優秀だった。しかし彼女は、貴族としての矜持や見栄や嫉妬を無意味なものと見なしていた。向上心すら不要と思っているきらいがあった。
そして黙っていればラミレは愛らしい普通のご令嬢なのだが、口を開くと不思議ちゃんで、一般のご令嬢とは大分違っていた。まあ、人のことは言えないエルディアだったが。
彼女は宿題を忘れたと大騒ぎしているクラスメイトに、今日は休講になるから大丈夫だよだなんて、予言みたいなことを言い当てた。
そして他の誰よりも先に学園内の噂を知っていた。
それから人の紛失物をすぐに見つけ出した。
「自分は忘れ物ばかりするのに、人の探し物はすぐに見つけられるなんて変な子ねぇ」
「自分じゃほとんど使わない物まで大袋に入れて持ち歩いて、それを人のために役立ているお人好しに言われたくないわね」
なんて二人で笑い合ってきたが、ラミレが普通の令嬢ではないと、エルディアにはなんとなくわかっていた。
持参したお弁当を食べ終えた後、生徒会室でエルディアの淹れたグリーンティーを飲みながら二人は話をした。
「ラミレは将来家の仕事をするつもりなの?」
「ううん。しないと思う。たとえ私がそれを望んでも無理だと思うから。
私には適性がないんだ。私が忘れ物が多いこと知ってるでしょ? これ、努力でどうなるなんてレベルじゃないのよ」
「私がパートナーとしてラミレの側にいられたらいいのにね」
「もしそれが可能なら私達は最高のペアになるね。だけど、エルディーは薬学者になるのでしょう?」
「うん。そのつもり。ごめんね」
「なんであやまるの?」
「だって、忘れ物以外はラミレはとても優秀なのに、たった一つできないことがあるだけで希望が叶わないなんて変じゃない。私が側にいたらそれを補えるのにと思うと悔しくて」
「我が家の出来損ないである私を優秀だなんて言うのは、本当にエルディーだけだよ」
出来損ない。家族の誰が彼女にそう言ってるのかはわからないが、ラミレのところの両親もうちの親と大差ないのかも知れないな、とエルディアはそう思った。
おそらく彼女の家は表面上は王家付きの官僚。だけどその実態は諜報部の人間なのだろう、とエルディアは確信した。
「でも、それなら何故貴女のお父様は貴女を働かせているの? お家の仕事をさせるつもりもないのに。
ラミレは学園の中を探っているのでしょ?」
「働くというより単なる手伝いかな。この学園は王立だけど一応独立独歩精神が売りだから、国の関与を受け付けないんだ。
そのために、我が家みたいな家の子供は大概やらされているのよ。学院の方もだけど、学生として入学したら、気付いたことを報告するようにと指示されているの。
ただそうは言っても、たとえ報告しなくても別に罰則があるわけじゃなくて、ただ就職に響くだけなんだけどね。
だから既に駄目出しされている私は、頑張る必要なんて全くないんだ。
でも、さすがに王太子殿下の毒殺未遂と、セリーナ様の虐めは即刻報告したけどね」
「ラミレ、貴女はあの毒殺未遂事件の犯人が誰だかわかっているの?」
エルディアの問にラミレは微妙そうな顔をして首肯した。
「まあね。まだ断定はできないけど、第二王妃と第二王子が関わっていることだけは間違いないと思う」
第二王妃。隣国の元第三王女で、家柄だけが自慢で妃の仕事もろくにできない無能な王妃だと専らの評判だ。
なるほど、やっぱりね。悪辣な性質はあれから五年経っても変わっていなかったんだとエルディアは納得してしまった。
そして五年前のパレードで豪華な馬車の扉の奥に見えた第二王妃を思い出し、エルディアは深いため息をついた。
「その二人がどうしたの? 何をやったの?」
「実はね、確かにセリーナ様と王太子殿下は婚約なんかしてはいなかったけれど、以前婚約の話が出たことは事実らしいの。
その時第二王妃は慌てて、第二王子をセリーナ様と婚約させたいって国王陛下に嘆願したんだって。
セリーナ様は筆頭侯爵家のご令嬢だから、彼女と縁が結べたら大きな後ろ盾になる。だから王太子の座は彼女がどちらの王子と婚約するかで決まると、そう思い込んで焦ったらしい。
いくら大きな後ろ盾ができたって、本人に将来国王となる能力がなければ選ばれないのに、本当に愚かな人よ。そして、当然だけど国王からあっさり却下されたみたい。
ところで、エルディーは第二王子を見たことある?」
「そう言えば見たことないわ。確か年齢は王太子殿下と同じだったはずなのに。地味な人なのかな?」
「地味じゃないわよ。王太子殿下と同じく国王陛下にそっくりの美男子。ただ凛々しい王太子殿下とはタイプが違って、なよなよっとした感じ。
でもエルディーが見たことがなくても当然でしょうね。だって第二王子はこの王立学園じゃなくて王立学院の方に通っているんだから」
ラミレの言葉にエルディアの目が点になった。王立学院とは姉が通っている王立女学院と対を成す男子校で、基本お金があって貴族の子弟なら誰でも入れる学校だ。
エルディアには学び舎に差別意識などはなかったが、王立学院の出身者で出世した人間はあまりいないという現実は認識していた。そしてそれがいくら高位貴族の子弟だったとしてもだ。
まあ、騎士とか、体力系の職場に就くのならば違うかもしれないが。
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