第3章
そして次にエルディアが知り合いになった人物は、ガードナー侯爵家のご令嬢、セリーナ。
初めて出会ったのは、図書館ではなく学園内の講堂。そこで、新入生歓迎会に参加していた時だった。
関係者の一通りの挨拶が終わってフリータイムになった時、エルディアは他の方々の邪魔にならないようにと、大きな袋を抱えて講堂の隅っこへ移動した。
ところがそこでは既に数人のご令嬢達が、王太子妃候補と噂されているガードナー侯爵家のご令嬢を取り囲んでいた。
『ああ、これがお姉様の愛読書によく登場する虐めというやつか。こんな大勢の中でよくやるわ。
あんなに悪女感出していたら間違っても王太子妃候補になんかに選ばれるわけないのにね』
侯爵令嬢もエルディアと同じことを考えていたようで、彼女達など相手にせず凛として立っていた。
見事な赤いストレートヘアに、黒い瞳をした華やかでとても美しい令嬢だった。
しかしその堂々した態度が余計に彼女達の苛立ちを増大させたようで、一人のご令嬢が侯爵令嬢に向かって、たまたま近くにいたウエイターのお盆からグラスを持ち上げると、その中身をぶちまけた。
侯爵令嬢の淡いイエローのミモレ丈ドレスが緑色に染まった。
キャーッという悲鳴が周辺から上がり、グラスを手にしたご令嬢がようやく我に返って慌て出した。
そして自分のハンカチを取り出したので、エルディアは急いでそれを制止した。染みをゴシゴシ拭かれたら、余計に染みが広がる。
「ちょっとお借りしますね」
エルディアはウエイターに断りを入れてから、彼の腕に掛けられていたナプキンを二枚手にし、
「皆さんはホール中央の方を向いていてください!」
と大きな声で呼びかけた。そして急いで侯爵令嬢の側に駆け寄って耳元でこう囁いた。
「これからドレスの染み抜きの応急処置をしますから、じっとしていてくださいね」
すると侯爵令嬢は確かにじっとはしていてくれたが、小さな叫び声を上げた。
エルディアが跪いて、ご令嬢のスカートの中にナプキンを差し込んだからだ。
そして次にもう一枚のナプキンで軽くトントンと叩くように、ドレスにかかったグリーンジュースを拭き取った。
それから袋の中から染み抜き剤の入った小瓶を取り出して、染みの部分に振りかけ、再びトントンした。
すると緑色の染みはサッと消えてしまった。
「これでどうですか? もっとやった方がいいですかね?」
「いいえ、もう十分だわ。肉眼では染みが全く見えないわ。ありがとう」
「あとは乾かすだけですね。ええと、時間は少しかかりそうですが、扇子で扇ぎますか? アイロンはさすがに持っていないので」
「それなら大丈夫。自分でなんとかできるから」
侯爵令嬢はニッコリと笑うと、人差し指を自分のスカートに向けて風を送った。
すると、スカートは直ぐ様乾き、そこには染み一つなかった。彼女はどうやら風の魔法の使い手だったようだ。
こうしてエルディアはガードナー侯爵家のセリーナと知り合いになった。
ただしお互いに違う意味で目立つ存在だったので、会うのは図書館の奥と決まっていたが。
✽
そして最後の三人目は、なんとこのライディン王国の王太子であるレイモンド殿下だ。どうやってそんな雲の上の人と知り合ったのかというと……
ある日の昼休み、エルディアはいつものようにそろそろすいてきたかなあ、という時間帯を見計らって、食堂へ向かって歩いていた。
すると、学生用の大食堂の手前の、王族関係者が利用する部屋から、食器が壊れる音がして、男達の悲鳴のような叫び声が上がった。
そしてそれと同時にその部屋の扉が開いた。思わず覗き込むと誰かがあおむけに倒れていて、その周りの生徒達がその者を運ぼうとしていた。
「運び出す前にまず口の中の異物を取り出して!
それから水で漱いで吐かせて!
ああ、そこの人、早く医務室の先生を呼んできて!」
エルディアに指を指された男子生徒が慌てて部屋を飛び出して行った。
そしてエルディアはその部屋の中にヴァートマン公爵家のジョンスタットを見つけたので、胸ポケットの中から二種類のガラスの小瓶を取り出して彼にそれを手渡した。
「茶色の瓶は解毒剤で青い瓶が聖水です。これをすぐに飲ませて下さい!」
すると、知らない男子生徒が慌てて叫んだ!
「そんな訳のわからないものを飲ませるな!
殿下にもしものことがあったらどうするんだ!」
殿下!!
この時エルディアは初めて倒れていた人物が王太子殿下だということを知った。体中に衝撃が走った。
エルディアから瓶を受け取ったジョンスタットは、制止しようとする生徒の手を振り払い、彼を睥睨して、
「もう、そのもしものことが起きているんだよ。
その子は国の医療機関を束ねるメディット伯爵家のエルディア嬢で、既に薬師の資格を持っている。それに責任は僕が持つから安心しろ!」
と言うと、倒れている殿下の口に人差し指を向けて、勢いよく水を噴射して吐瀉物を流し落とした。そしてその後で解毒剤と聖水を流し込んだ。
ヴァートマン公爵令息は水魔法の使い手だったのだ。風魔法の使い手のガードナー候爵令嬢といい、高位貴族様は半端ないと感嘆したエルディアだった。
✽
ともかくこうしてレイモンド王太子は一命を取り留めた。その結果エルディアは王太子の命の恩人となり、時々図書館で会って話をするようになったのだ。
「悪いな。命の恩人とこんな所でコソコソ逢わないといけないなんて」
「別に構いませんよ。他の方々ともこんな感じでお会いしていますからね。
大体あの件は公にはされていないのですから、堂々と会えるわけありませんよね?
殿下は貧血で倒れたことになっているのに、命の恩人だと私と会っていたら怪しまれるじゃないですか!」
「それなら普通に友人として堂々と逢って話そう」
「いやいや、殿下と私が友人だなんてそれこそ不自然ですよ。是非ともご遠慮させて下さい」
「そんなこと言わないでくれよ。
それじゃ図書館でいいからもっと逢おうよ。週一というのは少な過ぎないか? まるで倦怠期の夫婦のようだ」
「何仰っているんですか? ジョンスタット様とも同じく週一ですよ」
「エーッ、ジョンを名前呼び? それじゃあ僕のことも名前呼びで」
「ジョンスタット様からはそう呼ぶようにとのことだったので。私がセリーナ様を名前呼びするからって。
でも、殿下は無理です。殿下から許可を頂いたといっても、他の方々から白い目で見られるのは嫌だし怖いですから!」
「そんなの不公平だ。それに、セリーナ嬢とはここで週三日も会っているのだろう!
しかも彼女の家にも遊びに行ってるというじゃないか!」
「よくご存知ですね。さすがは婚約者同士ですね」
「ちょっと待ってくれ。彼女は僕の婚約者ではないし、そもそも婚約者候補でもない」
思いがけない王太子の言葉に、エルディアはキョトンとしたのだった。
《作者の呟き》
ヒロインが何でも持ち歩かなければ不安で仕方ないのは、作者自身と同じ。だから車でないと移動できない。因みに家族も皆同じタイプなので、軌道修正は無理だと思っています。
ヒロインが今後変わるのかは不明です。
読んで下さってありがとうございました。