第1章
ちょっと変わり者の少女の話。モチーフは『俺たちは天使じゃない』ですが、彼らと違ってヒロインは一応お上品?な白爵令嬢です。犯罪者ではありません。
作者としては珍しく微ざまぁではなく、ざまぁのつもりです。話の流れ上微ざまぁにできませんでした。
完結しています。
エルディアはメディット伯爵家の次女。女伯爵になる予定である姉マルティナのスペアだ。しかしそのことを悲観したり拗ねることもなく、まだ幼い頃からせっせとスペア要員としての役目に精を出していた。
彼女は異常なほどに気が小さく、後でたとえ無駄になろうが、何でもかんでも準備を整えておかなかければ不安でいられない質なのだ。
だから不謹慎ではあるが、姉に何かあった時、突然跡継ぎを命じられても困るからと、せっせと勉学にも行儀作法にも励んでいたわけだ。
しかもいつ伯爵家が没落しても生活に困らないように、メイド達にお願いして、掃除や洗濯、買い出しやら料理の仕方まで仕込んでもらっている。
「貴女の発想は暗すぎるわ。私が早死にするとでも思っているの?」
「まさか! お姉様みたいな健康優良児が早死になんかするわけありませんよ。
先月の食中毒事件の時だって、屋敷の中でお姉様だけがご無事だったんですからね」
「それじゃなんで、態々私と一緒に後継者教育を受けてるのよ」
「それはお姉様が授業中に度々空想の世界に入ってしまって、勉強の中身がわからなくなって後から私に泣きついてくるからでしょう!
授業を受けていない私に聞かれても教えて差し上げられないでしょうが!
大体お姉様は夢見がちで、いつ駆け落ちするかわかったもんじゃないじゃないですか!
もしそうなった時、急にこの家を押し付けられたら、困るのは私じゃないですか!」
「あはっ! だ、大丈夫よ。そんなことを私がするわけがないじゃないの」
「何が大丈夫なんですか!
既にお姉様は前科持ちじゃないですか! 以前宝石商のイケメン息子と駆け落ちしたくせに」
「嫌だわ、あんな子供の時のこと。まだ十二歳だったじゃないの」
「十二といったら、もうとっくに貴族令嬢としての常識や覚悟が備わっていていい年頃ですよ!」
と、少し前まではこんな会話を繰り返していたが、今はそんな不毛な会話をしなくても済むようになった。
というのも、あの駆け落ち未遂事件のおかげで、子供に無関心で仕事一途だった両親も、ようやく重い腰を上げて婚活に励んでくれたのだ。
そのおかげでついに姉に婚約者ができたので、妹は今はそれほど駆け落ちの心配はしていないのだ。
なにせその姉の婚約者というのが、姉好みの超絶イケメンだからだ。
姉にとって夫になる相手は、爵位だの社会的地位だのはどうでもいいのだ。イケメンならば。
しかしメディット伯爵家としてはそうもいかない。能天気で夢見がちな姉に代わってしっかり領地経営をしてくれる人でないと、家は潰れ、多くの使用人や領民達が困るのだ。
そこで両親はまずはイケメンでなおかつ頭脳明晰な人物を探した。家の家格などは度外視して。さすがに平民だと色々面倒くさいのでそこは除外したが。
そしてようやく見付かったのだ。メディット伯爵家にとって理想の若者が。
それが貧しいウィンドバッグ男爵家の三男のランス。濡羽色の美しい髪に深い碧色の瞳をした美少年。しかも、奨学金をもらえるくらい頭脳明晰で真面目。
王立学園の学費から生活費まで全て伯爵家で持つ。しかも僅かながら男爵家にも援助しよう、という条件を付けて婚約の打診をしたら、男爵家は二つ返事で承諾した。
マルティナの婚約者となったランスは最初のうちはこの婚約に疑惑を抱いていたようだ。そりゃあそうだろう。
伯爵家の女婿なんて、高位貴族の次男三男坊なら涎を垂らすくらい美味しい話なのだ。それなのによりによって態々貧乏男爵家の三男を選ぶだなんて。何か裏事情があるに違いないと勘ぐられても仕方のない話だったろう。
そこで変な誤解を持たれるよりも早く真実を告げてしまおう、ということになった。
しかし、両親や姉だと説明し辛いだろうと判断して、二人の婚約が目出度く決まって間もなくしてから、妹のエルディアが義兄予定のランスに真意を打ち明けたのだった。
「我がメディット家は本当に爵位の高い低いなど気にする家じゃないんです。
ただ家族と使用人、そして領民が平穏で暮らせればそれで十分なんです。無能でプライドが高く金遣い荒い婿なんてむしろ不要です。
ランス様も下位貴族だとかそんなことは気になさらずに、領民や事業のためになると思われることはどんどん実行なさって下さい。
ご自分の妻が役に立たないと感じたら、ビシバシ鍛えて、使える人間に鍛えて下さると助かります。
ランス様が笑顔で命じれば素直に姉は従うでしょう。さもなくば、〇〇できないような妻は嫌いだよ、とでも囁いてさえ頂ければ、姉は必死に努力することでしょう。
私はこれまで口酸っぱく色々と姉に進言してきましたが、全く意味を成しませんでした。《暖簾に腕押し》
これからはそんな無駄なことをしなくて済むと思うと嬉しくて仕方がありません。
どうかよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げたエルディアを目にして、ランスは目を点にしたのだった。
姉の婚約がどうにか無事決まったことで、エルディアはもう姉の尻拭いをする必要はないと思った。そしてスペア要員としての自分も不要な存在になったと判断した。
そこでエルディアは、姉の通っている王立女学院ではなく、自立するために国のトップレベルに位置する、難関の王立学園の方に入学することにした。そう、姉の婚約者がいる学び舎だ。
両親であるメディット伯爵夫妻もこれに賛成した。何故なら王立女学院には当然男がいないからだ。
姉の婿探しはお家存続のために、大好きな研究そっちのけで必死でやったが、次女でしかもスペア要員でもなくなってしまった娘のために、婚約者探しをするのは面倒だったし、時間が惜しかった。
だから自分で見つけてこいというわけだ。
「ランス殿のような優秀な男を見つけこいよ」
と軽い調子で両親が言ったが、あんな優良物件がそんなにいるわけないでしょ!
たとえもしいたとしても、美人でスタイル抜群の姉とは違い、チビ、デブ、ブス三拍子揃った私を好きになってくれるはずがないでしょ! いくら成績が良くて家事スキルが高くても!と、エルディアは憤慨した。
普通の家なら娘の結婚を政略的に利用しようとするのが普通だろう。しかし、メディット伯爵夫妻にはそんな気はさらさらないのだ。
というより子供には関心がないのだ。彼らが興味を持っているのは自分達の研究だけなのだから。
それなのに彼らは、好きに結婚相手を見つけていいよ〜、本当に愛する人と結ばれなさいね〜、なんて娘を思っている優しい親を演じようとしているのだ。
『ふざけるな!結婚相手なんてそう簡単に見つかるわけないじゃない。大体私は異常なほど気が小さいんだから。私が強気でいられるのは家の中だけなのだ。所謂《内弁慶》ってやつなんだから。娘の性格もわからんのか!』
正直エルディアは心の中でこう叫んでいたが、実際には口にしなかった。
両親は娘達のことなんてまるでわかっていないし、わかろうともしない。子供がどうなろうと、そんなことはどうでもいいのだ。
彼らの研究対象の薬や植物同様に、我が子には感情がないとでも思っているのだろう。そんなことは幼い頃からわかっていたことだった。
因みに姉マルティナは、
「無理することなんてないわよ。もしいい相手が見つからなくても、結婚しなくても別にいいんじゃない。ずーっとこの家にいればいいのよ」
と言った。無責任な発言に聞こえるかも知れないが実は違う。
マルティナはわかっているのだ。妹のエルディアには想い人がいるってことを。しかもその人とは絶対に結ばれないということを。
姉はいい加減そうに見えて、本当は両親とは比較にならないほど妹に愛情を持っていたのだ。
それを妹もよくわかっていた。性格だって正反対に見られてはいるが、イケメン好きなところはよく似ていたし。
「伯爵家に残ってお姉様の惚気を聞きながら一生終えるなんてごめんだから、卒業後には出て行くつもりだから安心して」
そんな憎まれ口を叩きながらも、卒業したら薬師として独立して、影で姉夫婦を支えようと考えている妹だった。
そしてエルディアは見事に難関の試験に突破して学園に入学した。そして、まあ予想はしていたが、彼女は注目の的になった。
しかし、それは当初のエルディアが予想していたこととは大分違った理由からだったが。
読んで下さってありがとうございました。
話は完結させてあるので、見直しが終わり次第投稿します。
誤字脱字報告、いつもありがとうございます。今回もありましたら、何卒ご報告よろしくお願いします。