8本目
「お前、なんだかんだ言って上手くやってるみたいだな」
にやにやと腹立たしい笑顔を浮かべながら、トムは言った。
「は? なんの事だよ」
俺は昼食のオムライスをすくって口に入れた。シェフのベンさんが作るオムライスはふわトロ加減が絶妙でとても美味しいので、俺のお気に入りメニューの一つである。もぐもぐと噛んでいくと、ふんわりとした甘さが口の中に広がった。
「何ってそりゃ、クラーク嬢の事に決まってるだろ!」
「サラ嬢?」
ごくりと飲み込んで暫く考え込むが、特に思い当たる節はない。「おお! 名前呼び!」なんて言いながら、トムの目尻がどんどん下がっていく。実に不快だ、不愉快だ。俺は二口目のオムライスを口に運ぶ。
「で?」
「は?」
「クラーク嬢とはいつから付き合ってるんだ?」
「ぶふっ!」
「うわっ!!」
俺は口から噛み砕かれた玉子を吹き出した。目の前のトムは汚ねぇな! と大騒ぎである。いや、お前がバカみたいな質問をするからだろう。自業自得だ。
トムは制服に飛び散った玉子の欠片を拭きながら「いつから?」と質問を続ける。ハイエナのような根性だ。
「付き合ってない」
「いやいや嘘ついてもすぐバレるって。何? それとももう婚約したとか?」
「嘘なんかついてないし婚約した事実もない。全部お前の勘違いだ」
「またまたぁ! だって最近一緒にいることが多いじゃないか。図書室で放課後密会してるんだろ? 俺のアドバイスのおかげだな! な!」
……この男のテンションはうざすぎる。誰かここから摘み出してくれないものか。
「言っておくが、俺だけじゃなくてみんなもそう思ってるぞ。噂になってる」
「は、はぁ!?」
「当たり前だろ! 相手はあの破局の魔女だぞ!? いつも一人で行動し、誰からの告白もばっさり切り捨て他人の恋を破局へと導く謎の多い美少女!! そんな彼女が自分のテリトリーである第二図書室への出入りを許可してるっていうんだから、お前が特別な存在だと思われたって仕方ないだろ?」
衝撃の事実だった。まさか周りからはそんな風に見えてるのか……? 確かに最近俺が図書室に通っているのは本当のことだし、サラ嬢とも普通に話せるようになってきてはいるが……。
「どうやってあの難攻不落のクラーク嬢を手にしたんだ? 下心見え見えの似非紳士のくせに!」
いや、下心丸見えのお前には言われたくない。俺はトムを無視して食事を再開した。
先ほども言ったが、確かに最近サラ嬢と一緒に図書室で過ごす事が多くなった。もちろん下心なんかは持っていない。と、いうのも、学園内は沢山の人がいるためどこもかしこも赤い糸でいっぱいなのだ。張り巡らされた糸の先、知りたくもない他人の恋路を見続けるのは精神的にかなり疲れるのである。その現状から脱け出すのに、第二図書室はまさに絶好の場所なのだ。
だって、中に居るのはたいていサラ嬢ただ一人。
相手も俺と同じ境遇なのだから変に気を使ったりする必要はない。最初の頃こそ俺を見ると眉を寄せていたサラ嬢だったが、今は諦めたのか何も言ってこなくなった。これほど楽な環境、他にはないだろう。第二図書室は今や俺にとってなくてはならないシェルター、いや、オアシスのような存在なのである。そこに他意は……ない。
「なぁ、今日も図書室に行くのか?」
…………しつこい。そんなに人の恋路が気になるならお前の恋路もこの場で全部暴露してやろうか。トムからソフィア嬢に向かって一方的に伸びている赤い糸を睨み付ける。
「サラ様とアレックス様は付き合ってらっしゃるんですか?」
突然聞こえてきた小鳥のような可愛らしい声に、俺は自分でも驚くほど素早く反応を示した。そこに立っていたのは言わずもがなマリア嬢である。今日も変わらず可愛らしい。しかし、その笑顔は傷心中の俺には毒だ。……俺の心の傷はさておき、今マリア嬢の口から聞き捨てならない台詞が聞こえた気がする。明らかにそちらの方が問題だ。
「ごめんなさい。トーマス様との会話が聞こえてしまって……」
頬を赤らめ照れた様子は非常に可愛らしい。その姿をもう少し見ていたいが、今は誤解を解く方が先決だ。
「いや、付き合ってない」
「では婚約を?」
トムの言う通り、俺とサラ嬢の噂はかなり広まっているらしい。何故こんな誤解を生んでいるのだろう。
「俺とサラ嬢は付き合ってないし婚約もしてない。もしそういう噂が流れているならそれは嘘だ」
「そうでしたの……」
キッパリと否定すると、マリア嬢はしゅんと落ち込んだ様子を見せる。
「お似合いのお二人だと思ったんですけど……残念ですわ」
「……ははははは」
自分が完全にマリア嬢の恋愛対象外だと悟った俺は乾いた笑い声を上げる事しか出来なかった。俺の脆くて繊細なハートはズタボロである。
こんなに噂が広まっているという事は当然彼女の耳にも入ってることだろう。不機嫌そうに歪んだ綺麗な顔が目に浮かぶ。なんだか今日は図書室に行きづらくなってしまった。
「では、真実ではない噂を信じてしまったお詫びにこれを」
マリア嬢は申し訳なさそうに言って、持っていた鞄からピンク色のリボンがついた袋を俺に差し出した。
「今大人気のサンドラっていうお菓子屋さんのマカロンです。とっても美味しいので、是非食べてみて下さいね」
サンドラといえば……サラ嬢もお気に入りのお菓子屋だ。俺は淡いピンクや水色で囲まれたファンシーな造りのお店を思い出す。あの時は女性ばかりの列に一人並んでクッキーを買ったのだ。予想以上の居心地の悪さだったが……うん。よくやった自分。
「ありがたく頂くよ」
マリア嬢はにっこりと、優しげな笑顔を見せた。




