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3本目


 俺は自己嫌悪に陥りながら教室のドアを開けた。


「アル! 遅かったな」


 入ってすぐに声を掛けてきたのは友人であるトーマス・ペリーだった。騎士科の生徒で伯爵家の三男である彼とは寮の部屋が隣なこともあって、入学以来仲が良い。


「ああ。ちょっと色々あってな」


 「ふーん」と適当に相槌を打っている奴のその小指からも、赤い糸が伸びているのが確認出来た。その糸は結ばれているわけではないので、さっきの彼女の話を信じるならばコイツの片想いなのだろう。


「……なぁ。この学園に通う黒髪のご令嬢に心当たりはないか」


 聞いた途端、トムは興味津々といった様子で身を乗り出してきた。


「おおっ、なんだ!? アルにもついに春が来たかっ!?」

「は? バカか。そんなんじゃない」


 俺は苦虫を噛み潰したような顔でトムを睨むと、適当な理由を作って話出す。まさか本当のことを話すわけにもいかないしな。


「あー……さっきちょっとその令嬢の落とし物拾って。返したいんだけど名前がわからないんだ。で、知らないか?」

「それだけじゃさすがに……他に何か特徴はないのか?」


 そう言われて彼女の姿を思い出す。


「そうだな……目は猫のような大きめなつり目で、瞳の色は赤。全体的に華奢な感じで肌は青白い。爵位は不明だが仕草からして貴族だな。無愛想な感じで喋るとちょっと生意気。あとは……小さなハサミを持ってたな。先端に革のカバーがついた銀色のやつ」

「ああ、なるほど。ハサミといえば特進科のサラ・クラーク嬢だな。クラーク伯爵家のご令嬢だよ」


 彼女の名前は案外あっさりと判明した。それにしても……伯爵令嬢だったのか。さっきの態度は同じ伯爵家だからギリギリセーフか? ほぼアウト寄りのギリギリセーフか? いや、俺が無礼を働いたことには変わりないが。その点は反省している。


「まぁ~、あそこはちょっとばかし複雑な家庭でさ。入婿だった父親は全てを捨てて愛人と駆け落ち。それを苦に母親は体調を崩し領地の隅で病気療養中。伯爵家は現在クラーク嬢の祖父殿が当主を務めているらしい。将来的にはクラーク嬢が爵位を継ぐそうだ」


 なるほど。だから淑女科ではなく特進科なのか。淑女科は主に淑女としてのマナーを学ぶ令嬢のみが在籍し、特進科は文官を目指す子息や当主になる嫡男が多く在籍している。


「お前……よく知ってるな」

「そりゃ、ハサミを持ち歩いている令嬢なんて滅多にいないだろう?」


 ……確かに。銀色のハサミを持っている令嬢の姿はインパクトが強かった。忘れたくても忘れられない。


「それに、彼女は()()()()()だからな」


 トムは含みを持たせた言い回しをしながら肩を(すく)めた。


「色々って?」

「〝破局の魔女〟」

「は?」

「彼女のあだ名だよ。聞いたことないか?」

「……ないな」

「あー、お前そういうの疎いもんなぁ。なんでも、黒い髪に赤い瞳が魔女みたいなんだってさ」


 そう言われて、彼女の容姿を思い浮かべる。確かにこの国で黒い髪は珍しいし、あの赤い瞳は何でも見透かしていそうな気はするが……それだけで魔女呼ばわりするのは如何なものだろうか。


「そして、クラーク嬢が肌身離さず持っているあのハサミ。あのハサミには(まじな)いがかけられていて、恋人や婚約者、夫婦の間をあのハサミで切られるとどんなに仲睦まじかろうが別れてしまうそうなんだ。彼女のせいで破局したカップルは数えきれないほどいるって(もっぱ)らの噂だぞ。その噂のせいか、親しい友人の一人もいないらしい」


 俺は自分の小指を見つめながら眉をひそめる。


「まぁただの噂だけどな。ほら、彼女ってかなりの美人だろ? しかも次期伯爵家当主。俺たちみたいな貴族の次男以下の令息たちにとって喉から手が出るほど欲しい好条件の結婚相手だ。だから告白や婚約の打診がひっきりなしらしくて。令嬢たちが嫉妬してそんな噂話を流したんだよ」


 彼女があのハサミを使って赤い糸を切っていることは身を持って体験しているので間違いない。しかも「道を通るのに邪魔だから」なんていう理不尽な理由で。悪びれる様子もまったくなかったし。彼女が噂通りの女性ならとんでもない悪女なんじゃないか? 想い合っている二人を別れさせるなんて言語道断である。なんだかふつふつと怒りが湧いてきた。


「でも、告白や婚約の話は全部断ってるらしい。かなり冷たく断ってるみたいでな。断られた令息たちが腹いせに有ること無いこと吹聴するもんだから、噂にますます拍車がかかってるってわけ」

「へぇ。色々大変なんだな」

「彼女をモノにするのは至難の業だとは思うけど、せっかくやって来たお前の春だ。存分に足掻けよ!」

「……は?」


 トムがとんでもない言葉を言い放つ。俺の目が点になった。


「何言ってんだ?」

「だってお前、クラーク嬢に惚れたんだろ?」

「はぁ!?」

「落とし物拾った時に一目惚れしたんだろ? 隠さなくたっていいって!」

「違う! そんなんじゃない!」

「はいはい、照れんなって」


 いくら否定してもトムはニヤニヤと卑下た笑みを浮かべる。……腹立つ。殴っていいかな? いいよな?


「そんなお前に朗報だ。クラーク嬢は放課後になると東棟の第二図書室にいるぞ! 応援してるから頑張れよ!」

「何が朗報だ。言っておくが俺は行かないからな!」

「いやいや。お前、クラーク嬢の落とし物拾ったんだろ? だったらそれ届けに行くだろ?」

「そっ、それは……」

「クラスに行けば注目の的だろうけど、あそこは滅多に人が近付かないからな。逢瀬には丁度いいぞ!」


 しまった……さっきそういう設定にしたんだった。いや、その前に逢瀬ってなんだよ。断じて言うが逢瀬ではないぞ、断じて。


「全力でお前の恋のアシストしてやるからな! 特に情報収集は任せとけ!」


 訳知り顔でビシッと親指を立てるトムに思わず頭を抱えたくなった。……が、まぁ確かに彼女には聞きたいことがたくさんあるし、一言ガツンと言わないと気が済まない。その情報は大いに使わせてもらうとするか。


 俺は言いようのない怒りを抱えながら放課後になるのを静かに待った。

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