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6話 「私の負けだ」

 エルシオ様はずっと、私という得体のしれない存在に、おびえていたのかもしれない。


 これまでも彼に近づいてくる存在が全くなかったわけではないと思う。でも、エルシオ様がツンと顔をそらして無視をすれば、すぐに引き下がったのだろう。


 彼が他人を頑なに遠ざけようとするのは、信頼することを恐れているから。


 ゲームで、ヒロインのティアに心を開いた後、大人になったエルシオはそう語っていた。 


 人間は裏切る生き物で、誰かを信頼するということは弱みを見せることなのだと思い続けてきたと。


「たとえエルシオ様のご命令であったとしても……私は、貴方を嫌いになることだけは、絶対にできません」


 貴方は知らないだろうけれども、私は前世から貴方をお慕いしていたのだから。


 それだけじゃない。


 一か月間、目の前にいる実物のエルシオ様と共有した時間は、揺らぐことのないこの思いをさらに強くした。


 あの時間は、ろくに口をきいてもらえなかったかもしれないけれども、私たち二人の間に何かを芽生えさせていた。


 掴みどころのなかった曖昧な予感が、今、はっきりとした確信へと変わる。


「だって、口では何といおうと、エルシオ様は私のことを探しに来てくれたじゃないですか」


 口でどれだけ強がって冷たい言葉を散らそうとも、きちんと心の片隅には置いてくれていたのだ。


「っ」


 言い返す言葉が見つからず、喉を詰まらせてばつが悪そうな顔をしたエルシオ様からは、先ほどまでの威勢は削がれていた。


 やっと、歳相応の幼さを見せてくれた。

 胸がじんわりと温かくなる。


「これは……私のことは空気程度にしか思っていないと見せかけて、実は認識してくださっていたということなんですよね?」


「っっ!」


 視線で刺殺されかねない勢いで睨まれた。


 流石にちょっと調子に乗り過ぎたかな? 


 でも、これはやっと歳相応の幼さを見せてくれたエルシオ様が可愛すぎたゆえの不可抗力でして……! と内心で言い訳をしていたら、彼は、私の肩から手を離してぽつりと漏らした。


「私は……お前のことを、信じても良いのだろうか」


 戸惑っているような、不安そうな瞳。


「飼っていた兎は、勉学に差し障るからと引き離された。優しい母上にも……会うのが許されるのは、一週間に一度きりだ。私が好きなモノやヒトはみんな、私から引き離されてゆく。結局離れてしまうなら……最初から、何も信じたくない。そう思っていた」


 このお方は、今まで、その小さな身体に一体どれだけの苦悩を閉じ込めていたのだろう。


 たしかに、国を守っていくのは綺麗ごとばかりではないのかもしれない。いざという時には、血なまぐさいことや、冷徹さも必要なのだと思う。


 だけど、幼い彼が、これほどまで追い詰められることが正しいとはどうしても思えない。


 私のような庶民が国王様の方針に口を出したところで、遊び相手から外されるだけだということは分かっている。


 このお方の背負っている大きなものに対して、私という存在はやっぱりあまりにもちっぽけだ。


 だけど。

 それでも、欠片でも良いから、目の前のこのお方の役に立ちたい。


「じゃあ、私が、変わらないものもあるということを証明して見せます」


 翳りの差していたルビーの瞳が、恐々と私のことを見返す。


「貴方が望む限り私はエルシオ様のお傍から離れませんし、ずっとずっとお慕いしております」


 だって私は、他でもない貴方に幸福をもたらすために、この世界に生まれたのだと思うから。


 瑪瑙の瞳に映る私の表情は目の前のお方への忠誠と決意を胸に澄み渡っていた。


「私の負けだ。ネリ。お前のことを、認めよう」


 エルシオ様が微笑んだ。


 それまで木の一本すら生えなかった永久凍土に、春が訪れたようだった。


 彼が、初めて私の顔を見て名前を呼んでくださった瞬間だった。



 エルシオ様と共に物置を脱出した時には、日もすっかり暮れて、丸い月が浮かんでいる頃だった。


 一向に部屋に戻ってこない私を、母は血相を変えて探しまわってくれたそうだ。


 だけど、戻ってきた私の隣にエルシオ様が憮然とした顔つきで立っているのを見た瞬間に、出かかっていた母の涙は勢いよく引っこんだ。


 それまでの私たちの関係性を思えば、母が仰天したのも無理はない。


 そして、物置事件の翌日のこと。


 エルシオ様から淡々と、ミルラ様を城内出入りに禁止にしたとの報告を受けて、唖然とした。

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