4話 変われない
あー。
この台詞、すっごく聞き覚えがある。
ゲームの中のミルラも、初登場シーンで、ヒロインに対して全く同じ台詞を放っていたからだ。
「ええと。ごめんなさい、それは無理な相談です」
「なっ! あなた、本気でファリアラント公爵令嬢である私に逆らう気ですの?」
「ええ。私がエルシオ様につきまっとているのは、他でもない王妃様からのご依頼ですので」
権力を振りかざす相手には、有無を言わさぬそれより大きな権力を。大人げないかもしれないけど、言うべき時には言わねばならない。
「そ、それはっ……何かの間違いですわ! だって、彼の婚約者候補である私をさしおいて、あなたみたいなみすぼらしい娘があのお方のお傍にいるだなんて、あってはならないことですもの!」
ミルラ様の叫び声が、廊下中に響き渡る。
たしかに、婚約者候補である彼女の立場からすると、どこの馬の骨ともしれない私がエルシオ様にお会いすることを許されているというこの状況は面白くないのだろう。
「ご安心ください。私はあくまでも遊び相手としての自分の立場をわきまえておりますよ」
この言葉に嘘はない。
私の役目は、今から十二年後に、エルシオ様が幸せな恋路を歩めるよう全力でサポートをすることなのだから。あいにくミルラ様にはエルシオ様を渡せない。
「そ、そんなことは、当たり前ですわ! 私は、あなたがあのお方の傍にいるということ自体が気に入らないと言っているんですのよ!」
「でも……ミルラ様は、いつでもエルシオ様にお会いできる立場でしょう。ミルラ様も、彼にお会いなさればよろしいのではないでしょうか。それとも、彼にお会いしても無視されるだろうから、お会いすることを躊躇っていらっしゃるのですか?」
彼女の瞳に、ハッキリと憎悪の色が浮かび上がった時、ハッとした。
「っっ!! 私に生意気な口を聞いたこと、後悔なさい!」
見事に、地雷を踏み抜いたようだ。
突然、彼女の背後から現れた大人の男性に、羽交い絞めにされてしまった。
「ちょっと! 離してください!!」
素直に聞いてもらえるわけもなく、がっちりと拘束されたまま。
「この者を、地下の倉庫に閉じ込めなさい」
男がミルラ様の命に従い、必死の抵抗を試みる私を来た道とは反対方向に引きずってゆく。
ダメなのに。
だって、約束をしたから。
たとえ、一方的だったとしても、エルシオ様との約束だけは破るわけにはいかないのに。
半ば引きずられるようにしてついた先は、城内地下奥深くの薄暗い物置きだった。
「ここから出してほしければ、ミルラ様に謝罪し、もう二度とエルシオ様に近づいたりしないと誓うことだ。明日になったらまた来る。身の振り方をよく考えることだな」
力強く背中を押されて、尻もちをつく。無情にも扉が閉められる音が響き渡った。慌てて扉へと駆け寄ったけど、力をこめて押し引きしてもビクともする気配がない。
倉庫の中を、あらためて見渡す。
ボロボロの古本、かびた食物らしきもの、壊れた椅子などが乱雑に置かれている。長年使われていなかったせいか埃っぽく、目にゴミのようなものが付着して涙まで出てきた。
これは……かなりマズイ展開になってしまった。
今頃は、図書館で絵本を借り終えて、エルシオ様のお部屋に向かっているはずだったのに。
このままでは、あのお方と交わした約束を破ることになってしまう。
『貴方様がどんなに嫌がろうと、私は貴方様のお傍を絶対に離れません』
彼は約束のことなんて鼻にもかけていなかったし、覚えているかも怪しいものだけれども。私が、彼にだけは嘘を吐きたくない。
あの広いお部屋に、一人きりのエルシオ様。つまらなそうにしている姿を思い浮かべたら、胸がぎゅっと締めつけられるようで。
エルシオ様に会って、絵本を見せてあげたい。
絵本を盗み見る時だけに浮かぶ歳相応の好奇心を、もっと引き出したい。
会いたい。
どうにかして外に出るための隠し通路を見つけられないものか。
服が汚れるのもいとわずに、這ったり、背伸びをしたて、あらゆる場所を見て回る。けれども、これといって成果なし。
頑丈な扉を背に、ぺたりと座りこんだ。
やはり、ここから出るには、外からこの扉を開いてもらう以外の方法はなさそうだ。
膝に顔をうずめると、自然と身体が震えてきた。
こうして誰かに発見してもらえるのを待つことしかできない私はやっぱり無力な存在だ。
生きる世界を違えても、私は変われない。
きつく目をつむっている内に、それまで動き回った疲れがどっと押し寄せてきて、意識を手放していた。