20話 言伝
私だからって、どういうこと?
「エルシオ様がお忙しいのは、聞くまでもなく分かっていることです。しかし、ヨルン君。そんな彼にも、本日の夕刻は少しお時間があると伺っているのですが」
「流石はネリさん。ボクに聞かずとも分かっているじゃないですか」
「ええ。そこで、ヨルン君に言伝をお願いしたいのです」
「言伝?」
「彼に、本日の夕暮れ時に、庭園に向かうようにお伝えください。必ず、お一人で」
意気込んで胸の前で拳をにぎりしめる私に、彼は遠い目をした。
どうしてそんな面倒くさいことを言いだしたのか、と顔に書いてある。
むっとしてしまう。
人が一生懸命、あなたの敬愛する主様を幸福の道へと導こうとしているというのに、その顔はなんなんだ。
「どうしてそんなあからさまに面倒くさそうな顔をするんですか」
「だって。なんで、ボクが二人の茶番に付き合わなきゃいけないんですか? デートのお誘いなら、わざわざボクをだしに使わないでも、自ら正々堂々とお誘いしたらよいでしょう。その方が主様も喜ばれますよ」
デ、デート…………!?
開いた口が塞がらない。
顔にどんどん熱気が集まっていき、呼吸が苦しい。
ヨルン君が、何故だかはわからないけれども、とんでもない勘違いをしている!?
「からかわないでください! 私ごときが神様にも値するあのお方にそのような不敬なお気持ちを抱くこと等ありえません!」
その言葉は発したと同時に針となり、私の胸をぷすりと刺した。
あれ?
こんな風に胸が痛むことは、おかしい。
私は、エルシオ様がティア様と結ばれることで過去の闇を断ち切り、幸せになるということだけを望んでいるのだから。
ヨルン君は、突然の私の気迫にたじたじになっていた。
「ネリさん? 何を言って」
「これは、何にも代えられない神聖で尊い道程への第一歩なのですよ」
「ええっ? 今、なんて?」
「必ず、お伝えしてください。分かりましたね?」
ヨルン君はわけがわからぬという顔をしたまま、怯えたようにうなずいた。
それから、駆け足で私から逃げていった。
強ばっていた身体から力が抜けていく。
さっきの私、どうかしていた。
ちょっとヨルン君にからかわれただけのことで、動揺するなんて……。
あんな冗談は、軽く笑い飛ばしてしまえばよかったのに。
何はともあれ、ヨルン君は根の良い真面目な子なので、言伝はきちんと伝えてくれるはず。
後は夕刻を待てば、二人は出逢うことができるだろう。
私は胸に残った鈍い痛みから目をそらすようにして、朝の仕事に出向いた。
本日の朝の仕事は、城内の清掃だ。
広すぎる城内を一人で掃除することは不可能なので、割り当てられた範囲を掃除してゆく。
最初は談話室の掃除からはじめ、皆が朝食を食べ終えて出ていった頃に食堂に戻り、一通りテーブルを水拭き。とにかく広いので無心で掃除をしている内にあっという間にお昼となる。
そのまま食堂で黙々とお昼ご飯をとって、今度は午後の仕事だ。
大量に出る軍人さんたちの洗濯物を一通り干し終えた頃には、ちょうどおやつの時間ごろになる。
ラフネカース城の召使い達は、決められた仕事さえきちんとこなしていれば、いつ休憩をとっても構わないことになっている。
私は基本的に、朝早めに起きておやつの時間頃まで根を詰めて働くというライフスタイルをとっている。
おやつの時間には、談話室でしばし休憩することが日課だ。
談話室は簡単なキッチンの備え付けられている歓談用の部屋であり、建前としては、城に暮らす者であれば誰が使っても良いことになっている。
しかし、今やまともに使用しているのは、私と王子様方ぐらいかもしれない。
同僚のメイドは『いつ王子が入ってくるかもしれない部屋なんて、気づまりで窒息死しそうだから無理。休憩のときぐらい、ゆっくり羽根を伸ばしたいもの』と言っていた。
私は前世の記憶とディーン家の恩恵にあずかり王子様方を恐ろしいなどと思ったことは一度もないけれど、そうでもなかったら、彼女と同意見だっただろう。
紅茶を淹れてほっと一息ついていたら、ノックの音が響き渡った。
「シャルロ様……!」
談話室に入ってきたシャルロ様は私の目の前のウッドチェアに腰かけると、悠然と微笑んだ。
「嬉しそうだね。そんなに僕に会いたかった?」
「ええ! ちょうどシャルロ様にお会いしたくてたまりませんでした!」
昨日の重大システムエラーの真相を解き明かさねばなりませんからね!
シャルロ様が現時点でティア様に抱いている感想について、調査をしなければ。
「そ、そんなに会いたかったの? 兄様じゃなくて、僕に?」
「ええ。他でもない、シャルロ様に」
「ふ、ふぅん……。まぁ、べつに、嬉しくなんてないけど――」
「昨日、ティア様とお会いしましたよね?」
「へ? あ、あぁ、あの薬草師の女の子か。会ったけど、それがどうかしたの?」
「印象はどうでした?」
「うーん。顔は可愛らしかった気がするけど、特に何の変哲もない普通の女の子だったよ。それがどうかしたの?」
シャルロ様が特に何の感慨もなさそうに告げた時、背筋に冷や汗が流れ落ちた。
やっぱり、ゲームの展開と違っている……!




