1話 出会い
こ、これからついに、生エルシオ様にお会いできる……!
この世界で五歳になった私は今、心臓を破裂させんとする勢いで高鳴らせていた。
だって、前世で崇め奉っていたエルシオ様にこうして実際にお会いできる日が来るだなんて! 無理! 興奮するなというほうが無理!!
「ネリ。これからお前がお会いするのは、とーっても偉いお方なんだよ。失礼のないようにね。まぁ、こんなことを言ってもまだ分からないかもしれないけれど」
今世の母が、こちらの心の準備などおかまいなしに、エルシオ様のお部屋の扉を押し開く。
こぼれるシャンデリアの眩しさに、とっさに目を細めた。
豪華なソファに腰かけていた細身の子供が振り向き、淡い金の髪がふわりと揺れる。
「エルシオ様。ここにいるのは、私の娘のネリでございます。貴方様の休憩時間の遊び相手として、王妃様から抜擢された者です。不束者ではございますが、どうかよろしくお願いいたします」
エルシオ様の視線が、私へと向けられた。
炎のように燃え立つ赤の瞳で、ギロリと鋭く。
普通の女児ならば涙目になって逃げだしそうなほどの、圧倒的な凄みで。
だけど私は、そんな凶暴な目つきにも、心臓が高鳴って仕方がない!
あぁ。
ゲームのヒロインであるティアが出逢ったばかりの頃のエルシオ様も、こんな風に、彼女を強く睨んでいた。
ついに……ついについに、画面を隔てることなく、エルシオ様にお会いすることができてしまったんだ!!
感動と緊張と興奮とがない交ぜになり、呼吸をするのもやっとで。緊張に打ち震えながら、どうにか言葉を発した。
「ネ、ネリと申しまつ! よ、よろしくお願いしましゅっ……!」
か、噛んだーーーーっ!? しかも二度も!?
エルシオ様との大事な初対面だというのに、なんという失態! 死にたい、穴があったら入りたい!!
彼は、ただ不愉快そうに眉をしかめた。
そして、再び母に視線をもどし、氷柱の一言。
「……不愉快だ。今すぐ出ていけ」
母は、初めから彼のこの態度を予想していたかのように、小さくため息をついた。
「エルシオ様。貴方様に遊び相手を抜擢したのは、王妃様たってのご希望があったからです。たとえ貴方様の命であろうとも、簡単に従うわけにはゆきません」
「子にまともに会いに来ることすらしない母の願いなんぞ知るか!」
「それは! 理由があってのことなのです!」
「分かっている……! だからこそ、私には遊び相手なんて必要ないだろうっ」
かすかに震えているようなその声は、広すぎる子供部屋に虚しく落ちた。
エルシオ様は、次期国王陛下としてふさわしくあるため、厳格な教育に耐え忍んでいる最中だ。
彼のお父上は、傾きかけていたこの国を大きく成長させた凄腕の現国王陛下。為政者としてはたしかに素晴らしいお方なのかもしれない。
だけど、一人の父親としてはどうだろう。
ゲームで、大人になった彼が、幼少時の記憶を語っていた。
父上に遊んでもらったことはないと。
優しい母上も、父上から『エルシオを甘やかすことは許さない』と忠告を受けているため、一週間に一度しか会うことを許されなかったのだと。
全ては、エルシオ様が情に流されることなく、立派に国を治めていくために。
今、目の前で私たちを睨んでいるエルシオ様は、まるで敵を発見した狼のようだ。
「エルシオ様」
本当は淋しいはずなのだ。
そうでもなければ、こんな風に堪えるような顔はしない。
でも、そのことを素直に認めてしまうのは、今の彼にとってはすごく難しいこと。エルシオ様は、誰かに弱みを見せるのは弱者のすることだと教えられてきたから。
伝えなくては。
「貴方様がどんなに嫌がろうと、私は貴方様のお傍を絶対に離れません」
運命の相手であるヒロインと出逢い、恋に落ちるまでのエルシオ様の人生は、はっきり言って死にたくもなるほど過酷だ。彼女と出逢うまで、この茨の道をたった一人で進んでゆくことは、きっとあまりにも苦しい。
ゲームでの彼はこの道を一人きりで歩むのだけど、この世界にはゲームと違って私がいる。
私はヒロインではないから、彼の抱える闇の全てを振り払うなんてことはできやしない。
だから、目指すのは、彼の重く暗い運命における小さな明かりなような存在。
「罵られようと、蹴られようと、殴られようと、私は貴方のお傍におります。どんな時でも、私だけは貴方の味方になります」
隣に立つ母が卒倒しかけていてるのを横目に、あっやばい、喋りすぎた! と焦ったのも束の間。
エルシオ様は、凍える冬よりも冷たい声で言った。
「……ネリ、といったか」
「は、はいっ!」
「……私は、絶対に誰にも気を許さない。お前のことなんて認めない。無駄な努力は、やめておけ」
これが、私とエルシオ様の出会いだった。