12話 「よく言うよ。そんなこと、思ってもいないくせに」
ティア=ファーニセス。
ゲーム『ときめき★王国物語』における主人公。
彼女は、庶民だ。
『ときめき★王国物語』は、城下街の薬草師として静かに暮らしていた彼女の下に、ある日突然、王城からの使いがやってくるところから始まる。
『現国王陛下は、今、重い病を患っています。貴方には、以前、その病を治癒した経験があると耳にしました。どうか貴方様のお力で国王様をお救いくださいませ』
ティアは、十七歳にしてすでに腕利きの薬草師として城下町に名を馳せていた。
その噂が風に乗り、王城にまで届いていたのだ。
すでに王国中の名高い医師が集まり、あらゆる手を尽くしているということは言うまでもないこと。それでも、陛下の病は一向によくなっていなかった。
たしかに、ティアには昔に一度、その病を治した経験があった。
しかし、その相手はまだ幼き妹。子供と大人では処方する薬草も変わってくるし、また同じ奇跡を起こせるかどうかも定かではない。不安に駆られた彼女はおじけづく。
『わたしに、そのような大役が務まるでしょうか』
『そこまで重くお考えになる必要はありません。あなたにできる限りのことをなさってくださればよいのです』
ティアは心根の優しい子だった。
もともとは、生まれてきた妹の身体が弱かったために、彼女は薬草師を志した。自分の大好きな自然を、誰かの苦しみを癒すことに使うために。
彼女は、初心を振り返って、決心をする。
国王様のために働けるのならば、薬草師としての本望ではないか。
恐れずに自分にできる限りのことをやってみよう、と。
一度心を固めた彼女の顔は、もう下を向いていなかった。こうして町の薬草師であるティア=ファーニセスが、ラフネカース城にやってくることになるのだ。
ここまでがゲームのプロローグとなっている。
この世界でも、ゲームをなぞるように、国王陛下が重い病を患った。
日に日に悪くなっていく症状に、何人もの医師が立ち向かった。しかし、経過をゆるめることしかできなかったようだ。病は、日に日に陛下のお身体を痩せ細らせている。
そこで、数日前に、この世界のティア様にお声がかかった。
明日、彼女をようやく王城にお迎えすることになったらしい。
脳に焼きつくほどに繰り返したゲームのプロローグにうっとりと浸っていた私を、シャルロ様の冷んやりした声が呼び戻しました。
「あぁ……。お父上の病を治しにやってくるという、噂の女薬草師。胡散臭いことこの上ないけれどね」
「シャルロ様! 冗談でもそんなことを言ってはなりません」
「何人もの医師が診てダメだったんだ。城下町の薬草師なんかにそう簡単に治せるとは思えない」
素直ではないものの、彼なりに、国王様のことを心配していらっしゃるのだろう。
しかし、シャルロ様。ご安心なさってください。
私は知っているのです。
その城下町の薬草師が、奇跡を起こすということを。
肩を落としているシャルロ様の前に白いティーカップを置いて、笑いかける。
「大丈夫ですよ。ティア=ファーニセス様は、そこいらの薬草師とは違うのですから!」
彼は納得がいかないというように、形の良い唇を尖らせた。
「どうして何の根拠もなく自信満々に言えるの? ネリってほんっとうに能天気だよね」
「えへへ。能天気ではダメですか?」
「っ……。そ、そうは言ってないでしょ!」
シャルロ様の白い頬に朱色が差したのを発見し、内心で拳をかたく握りしめる。
ビバ ツンデレ!
不覚にも、ときめいてしまった。
言うまでもないことだが、シャルロ様に対するこの感情は、エルシオ様に抱いているものとは別種類のものである。
簡単に言うなら、彼のツンデレぶりはヲタクとして萌えの対象ではあるものの、心臓を捧げて敬愛する対象ではない。
そんな至極くだらないことを考えてニコニコしていたら、彼は私から顔を隠すようにしてティーカップを手に取った。
そのまま、紅茶を口に含む彼。
取り寄せたニルギリの茶葉に、摘んできた苺を加えてホットティーにしたものだ。
「……うん。悪くはないんじゃない」
「気に入っていただけたようで何よりです。是非、スコーンも一緒に召し上がってくださいませ」
きっと気に入っていてくださるだろうと思っていた。ゲームでも、病に臥したシャルロにティアがこの紅茶を淹れて距離が縮まるエピソードが出てくる。
スコーンを載せたお皿を、やや緊張しながら、差し出す。
さっぱりとした味を好まれる彼に合わせて作った、砂糖控えめのスコーンと苺ジャム。
シャルロ様が、長細い指で優雅にスコーンをつまみ、苺のジャムを掬い取って口に運ぶ。
そんな何気ない仕草にも気品が漂っていて、ちゃらちゃらしていてもやっぱり王子様なんだなぁと感心させられる。
じっくりとスコーンを咀嚼するシャルロ様を、ドキドキしながら眺める。
お気に召していただけるだろうか。
やがて食べ終えた彼は、何か考えこむように瞳を伏せた。
あまりにも黙りこくったままなので、不安になり、思わず自分の方から口火を切ってしまった。
「あの。お口に、あわなかったでしょうか?」
「いや。ただ、不思議なんだ」
「えっ?」
「ネリは昔から、悔しくなるくらいに僕の好みをよく分かっている。一度も僕の好物の話なんてしたことはないのに」
思いがけない言葉に、心臓が飛び跳ねる。
動揺を悟られまいと、慌てて茶化した。
「私のシャルロ様愛はもう十二年目になりますので」
「……よく言うよ。そんなこと、思ってもいないくせに」
彼は投げやりに仰ると、どこか自嘲気味に笑った。
シャルロ様がヴァイオリンの稽古に出かけていくまで、他愛もないことをお話した。




