秋の靴
柿、栗、さんま、読書、カーディガン。
色々とあるものの、私が秋と聞いてまず連想するのは靴だ。
私には2歳年下の妹がいて、姉妹と言うものはどこの家でもそうかもしれないが、仲が悪かった。
本を読んだり絵を描いたりする1人遊びが好きな私と違って、妹は典型的な妹気質というのだろうか、常に人がかまってあげなければ機嫌が悪くなる子供であった。
姉が何か自分以外のことに夢中になっているのが我慢できないのか、読書なら熱中し始めた頃、絵なら筆が乗ってきたあたりで決まって邪魔をしてくるのだ。
1人で暇をつぶせない子供は多くいる。
とっくに成人した今だから分かるのだが、当時は本気で苛ついたものだ。
毎日のように喧嘩をした。
あの日もことの発端は忘れてしまったが喧嘩をし、
「妹なんていなければ良いのに」
「お姉ちゃんなんていらない!」
と感情のままに怒鳴りあい、母親に怒られ家を出た。
◆
「妹の方が小さいんだから優しくしてあげなさい」
だってさ。わたしだって可愛い妹ならそうするわよ。
まったくうちの妹と来たら本当に可愛くない。
今日だってわたしが絵を描いて遊んでるのに暇だからか邪魔してきて、結局描いてる絵にクレヨンでラクガキしちゃってさ。
ほんと。それで怒られないんだから妹ってずるい。
妹の子守なんてもうウンザリ。
外に行ったってやることは無いのだけど、お母さんってばピリピリしちゃってさ。
家にいるのも嫌だと衝動のままサンダルを突っかけて部屋を飛び出す。
家族で住んでいるのは築30年だっけ。おんぼろのマンションだ。30年ってなにさ?昭和?もう信じらんない!
エレベーターの1Fのスイッチを殴りつけるようにして押す。
どこに行こう。
今日は秋祭りだから、神社に行けば友達に会えるかしら。
ほんとは、お母さんと妹と行く約束だったのだけどイライラするしもう知らない。
1Fについたエレベータがぐんと揺れて扉が開く。エレベータまでおんぼろだなんて!
9月で残暑のまっただ中とは言え暦の上ではもう秋だ。
日中はまだまだ暑いが今くらいの時間だと風も涼しくて気持ちいい。
秋を代表するような高い空に鳥の羽根のような雲。行くあても無いやるせなさに涙がにじむ。気分転換のコツは考えないことだ。首をふりふり神社に向かう。
町内のお祭りとはいえ神社はそこそこに賑わっていた。
小さな町のイベントだ。みんなここに来るのだろう。
体育館の敷地くらいの小さい神社がずらりと並んだ提灯で飾られている。
夜のライトアップは見にこられるかしら。お母さんの機嫌はなおってるかなあ。
夜の神社なんか普段は怖くて絶対近寄れないのだけど今日は特別。お祭りだもの。
りんごあめ、たこ焼き、みるくせんべい。ほこりっぽいおもちゃを並べたくじ引き屋、わなげゲームの屋台。喧騒のなかぐるりと一周してみる。
友人がいるかと思ったけどそう都合よくは見つからない。
神社の裏手にまわると表の喧噪は嘘のようにひっそりしている。
ここで飼われている大きな白い犬がいつもと同じようにつながれている。
犬は好きだ。
噛まないか少し不安に思いつつ触りたくてにじり寄る。
今日は撫でさせてくれるかなあ。なかなかの大きさと迫力にいつも引いてしまってチャレンジ出来ないのだけど今日はお祭りなんだし特別なことがあっても良いんじゃないかしら。
犬はじっとこちらをみてるけど、吠えたりはしない。そろりそろりともう少し寄ってみる。
近くでみると白い毛は薄汚れていて、きちんとブラッシングされてなさそう。背中のとこに落ち葉なんてつけちゃって。撫でるついでに払ってあげよう。
おそるおそる手を伸ばし背の上を撫でようとした瞬間、犬がギャンとないた。
わっとなって慌てて後ろずさりに逃げる。
サンダルが脱げてしまった。
とりに行きたいのだけど、急にどうしてそうなったのか、犬の方は私を敵視し始めたようで少しでも近づくと唸って威嚇してくる。
どうしてサンダルなんてはいて来ちゃったんだろう。
泣きたい気持ちをこらえて、何度か挑戦してみるのだけどやっぱり唸って追い払われてしまう。
唸りたいのはこっちなんだけど!
◆
日が暮れた。
門限は18時だ。とっくに家に帰ってなければ怒られる。
お母さんの機嫌も悪くなっているころだろう。でも門限をやぶった上、裸足でなんて帰れない。
妹と喧嘩もしたままだし、なんで今日はこんなに嫌なことが続くんだろう。
神社の表の方の喧騒が耳につく。
置いて行かれていった気持ちになってうつむいた拍子に涙が落ちた。つまらない。
「おねえちゃん!!」
振り返ると妹だ。私を見つけたのが嬉しいのか小さい手足をバタバタさせて走り寄ってくる。
泣いてるところをみられたかもしれない気まずさで、ついキツいことをいってしまう。
「なによ。いま、忙しいんだからあっちいってな」
カッと真っ赤になる妹。怒りやすいところは私にそっくり。
つい、意地悪を言ってしまう。
「あんたなんて嫌いだし、わたし、サンダルを犬に取られたからもう一生家にかえらないかもしれない!」
目をまん丸にする妹。バカだからそのまんま信じてる。まあ、あんたもわたしなんていない方が楽しいでしょう。
ひねくれた気持ちで犬の方を向き、サンダルをどうするか考えるふりをすると、ひっくひっくとしゃくりあげる音が聞こえた。
「なんで、帰らないの? なんで嫌いっていうの?」
妹が顔を真っ赤にして泣いてる。
「あたしの靴かしてあげるから帰ろうよお」
聞き取りにくい声で必死に訴えてくる。
また泣かせてしまったし帰ったら怒られるんだろうなあ。泣きたいのはこっちなのに。今日は本当についてないや。
「あーもういいよ。帰るよ」
空腹というのもあったし、サンダルはどうにもならなそうだし、切り上げ時だ。帰るか。妹が靴を押しつけてくる。
「これ、はいてもいいから」
いらないよと手のひらで押し返しその靴の小ささに驚く。
私の手のひらくらいのサイズしかないのか。
こんな、小さな靴を履いた女の子が顔を真っ赤にして私に靴を譲ろうとしてる。
これまで、うとましく思っていた妹が急にいじらしく見えた。
「これ、はいてよう」
妹の中で靴を受け取るのと、私が家に帰るのがごっちゃになってしまっているのか、頑なに靴を押しつけてくる。
自分の小ささとか、意地悪ばっかりしちゃったことが急に恥ずかしくなる。
妹って、こんなに小さかったのか。
大丈夫だといっても聞き分けないので、靴を渋々うけとる。
小さな靴をつま先だけ入れる形ではき、妹をおんぶしてやる。
帰ろう。いつの間にか提灯でライトアップされた神社を背に歩き出す。
サイズの合わない靴で、しかも妹を背負っての帰宅は大変だった。
行きの倍以上の時間がかかった。靴からはみ出た足はドロドロだ。
帰宅が遅くなったこと、サンダルをなくしたこと、怒られた。
妹の靴の形が崩れてしまったこと、足をドロドロに汚して帰ったことも追加で怒られた。
まったくわりにあわない。
いつも怒られるのは姉の私ばっかり。
でも、まあ、仕方ないのかもしれない。
だって、妹はこんなに小さいのだから。
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