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9.託された想い

 私の目の前に置かれたのは、4つのかばんだった。魔王城に入る直前、必要のない荷物は宿屋に預けたことを忘れていた。必要最低限のものだけで、身軽に魔王城に行きたかったってのが理由だったけど、半分は遺品のつもりだったんだ。あの時点で、誰もあの宿屋に戻って来られるとは思っていなくて、家族への手紙や思い出の品をかばんに残して旅立った。私たちが帰らなければ、神殿に届けてほしいと言い残して。


 4つのかばんはどれも見覚えがあるものだけど、パンパンにつめていたはずなのにぺしゃんこになっていた。不思議に思って持ってきた聖女見習いに視線を向けたら、「相手が分かったものはすでに形見分けをしました」と返って来た。その見習いもすぐにいなくなって、私は一人部屋に残される。


 アレンは私の隣で机に前足をかけ、寂しそうに鳴きながらジェイドのかばんの匂いを嗅いでいた。気は進まないけれど、私はかばんを開けて中を確認する。私のところに持ってきたということは、きっとまだ何か残っているのだろう。アレンがジェイドのかばんが欲しいと目で訴えてくるから、最初にジェイドのを開ける。虚しいくらい軽くて、中には手紙が一通入っていた。


(なんで手紙?)


 手紙は皆家族に残すために書いていたけど、それならとっくの前に家族のもとに届いているはず。私はそれを手に取って宛名を見た瞬間、息が止まって指先が震えた。


(……私あて?)


 ヒスイと、ジェイドの字で書かれていて、ぐっと奥歯を噛みしめる。


(もう、決めてたんだ。私を置いて行くって。だから!)


 そうじゃなきゃ、死ぬはずの私に手紙なんて書けない。私は開ける気になれなくて、ひとまず机に手紙を置いた。空になったかばんをアレンは咥え、日があたる窓辺まで引きずって抱きこむように丸まった。しっぽがゆらゆらと揺れており、亡き主人を思い出しているのだろう。


(ジェイドの……ばか)


 物悲しい気持ちになりながら、私はマッスンのかばんを開けた。意外と重くて、何が入っているのかと思えば一冊の本だった。タイトルは『正しい筋肉の作り方』。自慢の筋肉を見せつけるようにポージングを決めるマッスンが思い浮かんで、口角が上がった。


(あ、まだ顔動くんだ……)


  もう笑うことなんてできないって思ってたけど、少しなら笑えるみたい。そこまで考えてたのかは知らないけど、マッスンの筋肉への情熱を一欠けらぐらい受け継いでもいいなと思えた。ずっと水晶の中にいたから、すっかり体は鈍っている。


(アンからは……髪飾りかな)


 最後にアンのかばんを引き寄せ、重みがあることに驚く。お洒落好きのアンだから、髪飾りやブレスレットかと思ったんだけど……。私の髪は腰まであって、いつも戦いの邪魔になるからポニーテールにしていた。それだと味気ないと言って、アンはリボンやガラス細工の髪留めを勝手につけて来たんだ。

 でも、そんな予想をしながらかばんを開けたら、思いもよらないものが入っていて目を瞬かせる。


「……短剣だ」


 余計な装飾はなく、簡素な鞘に収められている。護身用のような軽い剣だ。


(アンが打ったものかな)


 アンは巫女兼鍛冶師で、私が使っていた中剣もアンが打ってくれたものだった。アンの剣は使いやすくて、少し魔力を流しただけで何倍にも威力が跳ねあがる。最高の鍛冶師だった。私は何の気もなく、鞘から剣を抜いた。


「え……」


 その呟きと共に、鞘が手から零れ落ちる。無機質な音を立てて床に落ち、アレンが驚いたのか足元に寄って来た。私は震える声で、そこに刻まれた文字を読み上げる。


「……あとは、託す」


 アンはどの剣にも銘を刻んでいた。そこに刻まれたメッセージに、アンの覚悟が感じられて私は短剣を机に突き刺した。


「なんで! なんで私を置いて行ったの!? みんな、私を置いて行くって決めてたんだ……仲間だって、言ってくれたのに!?」


 裏切られたと心が叫ぶ。目の前が真っ暗になるようで、もう何も信じられない。ここで死んでしまいたいと思うのに、勇者としての使命がそれを許さない。アレンは昂っている私を心配してか、私の足の周りをぐるぐる回っていた。


 もう全てがどうでもよくなってきて、投げやりな気持ちのままジェイドの手紙に手を伸ばした。ジェイドからの手紙なんて初めてで、きっと謝罪でもしてるんだろうなと冷めた想いで開けば、やっぱり最初は謝罪から始まっていた。


(何が申し訳ありませんよ……勝手に置いて行って……えっ)


 でも、読み進めるうちに文字は声となり、想いが伝わってくる。何も言わずに置いて行って申し訳ありませんと、いつもの丁寧な口調で始まっていた手紙は、置いて行った理由とその想いを伝えてくれる。


 “私には、ヒスイが次の勇者だと分かっていました。あの燃え盛る村で初めて見た時、剣が震え教えてくれたんです。だから、私は二人と相談してあなたを育て、夢を託すことにしました。この無意味な連鎖を断ち切るという夢を”


 勇者に次の勇者が分かるなんて初めて知った。けど、広い世界で誰が勇者に選ばれるかなんて分からないから、先代の勇者と出会えるなんてそうそうないんだと思う。私はごちゃごちゃの心を鎮めながら、きれいな字を目で追う。


 “この世界は10年に一度の勇者たちの犠牲によって生き延びています。でも、勇者の魂が救われていないのは、勇者となったヒスイはもう知ったでしょう? だから私は、その勇者たちの魂を救う方法を探したんです。……それが、アンが打った短剣でした。その短剣は、魂の繋がりを切り、封じることができます。私は勇者の魂は魔王の中にあると踏んでます。ですから、その短剣で本体とのつながりを切り、魔王の魂を封じてください”


 そう短剣について書かれていて、私は激情に任せて刺してしまったそれを引き抜いてその刃に顔を映す。仄暗い目をした私は、ジェイドたちが想いを託すのにふさわしかったのか分からない。この小さな短剣が魂を切れるようなすごいものには見えない。魂を切って封じるなんて剣は聞いたことがないから、アンが試行錯誤した結晶なんだと思う。


(なんで私なの? ジェイドが自分で救えばよかったんじゃないの?)


 今短剣があるということは、あの時にはすでにできていたはず。どうしてと、疑問は尽きない。だからそのまま読み進めて、その理由を知った私は思わず声を上げた。


「この剣、光の属性なんだ……」


 魔法剣の場合、必ず属性が宿り、その属性の持ち主しか手に取ることができない。そして剣にどの属性が宿るかは、打ち終わるその時までわからないらしい。この世界の属性は、光、闇、火、水、雷、土の6つ。アンは欲しい属性が出ないと絶叫して、また一から打ち直しだと嘆いていたのをよく覚えている。


(たぶん、もう打ち直す材料がなかったんだ……)


 私は剣を鑑定する技能は持っていないけど、魂に干渉できるような剣ならその材料だけで家が買えるほどの価値がありそうだもの。


(だから……私に……)


 私は光属性を持っているから、この短剣を使える……。この剣を打ち出してしまった時、皆はどんな気持ちだったんだろう。私はアンがこんなのを打ってたなんて知らなかったし、だれも私を置いて行くようなそぶりは見せたことがなかった。複雑な思いになりながら、私は手紙の最後へと目を向ける。


 “ヒスイ。君は勝手に置いて行って、押し付けてと怒るでしょうね。それでも、君には少しでも長く生きて欲しかったのです。旅が永遠に続けばいいと、何度思ったかわかりません。最後になりますが、私はヒスイに出会えて幸せでした。勝手に希望を押し付けていった私を許さないでください。私はいつでも、あなたと、あなたに贈ったピアスと共にいます”


 許さないでください、という文字に水滴が落ち、滲んでいく。もう、文字は全体がぼやけて見えなくなっていた。ぽたぽたと、涙が頬を伝って落ちていく。アレンが大きくなってその柔らかい毛並みで私を包むように寄り添ってくれた。私は我慢ができなくなって、机に短剣と手紙を置き、アレンの首に抱き着くと柔らかな毛に顔をうずめ、声を上げて泣く。


(本当に勝手だよ! 自分はさっさと役目を終わらせてさ! 最後まで一緒にいてよ!)


 胸が張りさけそうで、悲しいと、寂しいと、心が叫んでいた。みんなの想いが両肩にのしかかって来る。頭に浮かぶのはみんなの顔と声。笑ってる顔に喧嘩した時の顔。心配そうな顔。そして一番ジェイドの顔が頭から離れなかった。


 慟哭。


 私は封印から目覚めて、初めて感情を露わにして泣いた。今だけは許される気がした。アレンは切なげに鳴き声を漏らし、私の顔を舐めてくれる。ジェイドはいつもアレンを撫でまわし、可愛がっていた。アレンの匂いの中にジェイドがいる気がして、ことさら胸を締め付けられる。


「ジェイ……ド」


 喪失感とは別の苦しみに、私はははっと乾いた笑い声をあげた。なんでか分からないけど、ジェイドの姿を思い描いた瞬間、気づいてしまった。私は右の頬をアレンに摺り寄せ、左手で左耳に残された翡翠のピアスに触れる。


(失ってから気づくなんて、遅すぎるよ……)


 キシキシと痛む心。それは仲間の死を悼むと同時に、ジェイドへの想いを告げる。


(私……ジェイドのことが好きだったんだ)


 気づいたところでどうにもならない想い。何もかもが遅くて、私はずるずると座り込む。アレンは切なそうに鳴いて、私を包むように座り込んだ。アレンはきっと、私の気持ちを分かってくれているんだろう。


「アレン……今だけ、今だけ、おねがい」


 久しぶりに叫んだせいで、喉が痛い。涙がとめどなく頬を伝い、アレンの毛を湿らせていく。そして泣きつかれた私はアレンに身を預けたまま、泥のように眠った……。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ、アレン可愛い……モフは癒やしです。そうだったんですね……それで置いて行かれちゃったのかぁ……せつない……(TxT) 楽しい夢もウフフな希望もないよってな状況ですが、ヒスイは投げ出す訳…
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