7.魔王との対決
「みんな!」
部屋に転がり込むように入り、私は絶句した。戦闘の激しさが分かる荒れ果てた室内。その中央に漆黒の鎧を身に纏った魔王がいて、真っ黒な長剣を持っていた。その剣は、ジェイドの背中から伸び、血に濡れた輝きを放っている。
「い、いやぁぁぁ!」
間に合わなかった。また、力になれなかった。私の悲鳴に、兜をかぶった魔王が顔をこちらに向けた。ジェイドも肩越しに振り返り、「ヒスイ」と苦しそうな顔で私の名を口にする。そして「ごめん」と、さっきと同じ形に口が動いた後、ジェイドの体から剣が抜かれて崩れ落ちた。
「ジェイド……?」
私は動くことも、剣を上げることもできない。憎い、滅ぼすべき魔王がいるのに、床に縫い付けられたようだった。視界の隅に、アンとマッスンも転がっていた。どちらも血の海に体を横たえ、手足がねじ曲がっている。それがあの日の、救えなかった両親に重なった。
「……まだ、仲間がいたのか」
低い、地を這うような声。全身を舐められたような嫌悪感に鳥肌が立つ。キッと魔王を睨みつけると、その鎧にはジェイドの長剣が刺さっていた。
(ジェイドが、やったんだ……)
だがその刹那、勇者の剣は光の粒子となり宙に浮かぶ。それは、勇者の命が尽きたということ。そんなこと、知りたくなかった。
「うあぁ、あぁぁっぁ! 許さない! お前は、私が殺す!」
油に火が投げ込まれたように、私の中で憎しみと殺意が燃え上がった。私は両手で剣を握り直し、右足を後ろに下げて踏ん張る。切っ先は少し後ろに引いて下ろしたまま、剣に魔力を流した。剣先に光が集まり凝縮されていく。
ジェイドが魔王に致命傷を与えてくれたみたいで、体力も消耗しているように見えた。
「小娘一匹くらいなら、残された時間で片付けられるか」
気だるそうな声。剣を炎が纏い、魔王はそれを振りかぶり、大きく振り下ろした。
「炎の刃」
床を削りながら進む炎を跳んで避け、踏み切って距離を詰める。斬り上げれば難なく受けられ、跳ね返された。
(剣で貫かれ、傷を負っているはずなのに!)
信じられないほど強い。この魔王に、三人で挑んだんだ。私は唇を噛みしめ、宙に跳んで迫っていた剣を回避する。着地し、お返しにと溜めていた魔力を剣先から放とうとした時、上空から光が突き進んできた。
「なっ!」
新手の攻撃かと跳んで避ける前に、その光は私の目の前で止まり剣の形を取った。ドクンと全身が脈を打ち、魂が吸い寄せられる。「取れ」と、訴えかけられているように思えた。
「まさか……」
魔王の戸惑った声が聞こえ、私は考える間もなくその柄を握る。すると光が弾け、中から剣が現れた。柄には七色に輝く石が嵌っている中剣。長さは私にぴったりで、握り心地も何十年も共にしてきたように合う。
「お前が、次の勇者だと?」
魔王は剣を下ろし、呻く。これは勇者の剣だった。本来であれば勇者の剣は一度神木に戻り、5年後に次の勇者を選ぶ。でも今、私が選ばれた。力が湧いてくる。魔王を殺せと剣が訴えてくる。
「そうみたい。これで、お前を殺せる!」
私は嗤った。きっと、憎しみに染まった醜い顔をしてる。勇者には程遠いと思う。でも、勇者が正義というわけでもない。
「ちっ、これでは殺せない」
苦々しい声が聞こえ、魔王の殺気が弱まった。その隙を逃さず、私は喜々として距離を詰めて剣を振り下ろした。
(みんなの仇! 私が魔王を殺して、ずっと続く平和を作るんだ!)
そのためなら、この憎しみが晴らせるなら、私はどうなっても構わなかった。魔王は私が迫っていても動かない。兜の隙間から出ている首筋を狙って、確実にやれると思った。なのに、首筋に剣先が届く寸前で何かに阻まれた。
「え?」
硬い何かを斬りつけたような痺れが伝わり、困惑する。そこに、目の前に魔王がいるのに。みんなの仇が取れるのに。斬り上げようが、突こうが、剣が魔王に届くことはない。見えない結界でもあるようで、怒りに気が狂いそうになる。
「なんで、なんで殺せないのよ!」
勇者のはずなのに。私は怒りで充血した目で、魔王を睨みあげていた。魔王の表情は見えない。
「お前は俺を殺せない。そしてお前を殺すのは俺ではない。イレギュラーだ。……ちっ、仕方がない」
魔王の左手から紫色の炎が立ち昇った。攻撃を警戒して身構えた瞬間、私の足元から紫の炎が巻き起こった。前に斬りかかろうとしても足が動かない。
「機能停止」
「何、これ!」
足もとから徐々に炎は結晶になっていく。身動きが取れない。
「負けるもんか!」
私は少しでも魔王に傷をつけようと、最後のあがきで剣を投げた。だけど、それも容易く剣で斬り落とされ、しまいには手も動かせなくなる。落下した剣は光の粒子となって私の体の中に吸い込まれた。
(ほんとに勇者の剣なんだ……あ)
視線を落とした私は、魔王から血が流れ出ていることに気づいた。あの血の量なら、助かるはずがない。知らないうちに笑みが零れた。
(ジェイドたちがやってくれたんだ。それなら、いいや。ここで終わっても、だいじょう……ぶ)
顔まで結晶に包まれ、もう、息ができない。
視界が暗くなり、ジェイドの顔を見ておくんだったと思ったのが最後だった……。