6.魔王の間
私がジェイドたちと出会って2年が過ぎようとしたころ、魔王が復活した。魔王が復活すれば神殿にいる大聖女に神託が下る。神殿はこの世の魂を管理する場所で、死んだ魂は全て神殿へ帰り、人生が記録されるらしい。私は見たことがないけど、勇者であるジェイドは魂の記録を見たと言っていた。記録された魂は浄化され、何かに生まれ変わるのだという。古い教えで子どものころから何度も聞かされているけど、いまいち理解はできていない。
神殿の長である大聖女は、慈愛に満ちた表情で私たちを送り出してくれた。私たちは魔物を倒しながら魔王城へと向かい、城の中にうじゃうじゃと沸いている魔物を蹴散らし、やっとの思いで最上階へと進んだ。目の前には大きな扉があり、奥から強大な魔力が漏れてきている。
(ここが、決戦の場)
この先に魔王がいる。そう考えただけ血が沸き立ち、今すぐにでも斬りかかりたくなった。この2年、たくさんの魔物と闘い、傷ついた人たちを見てきた。その度に、魔王への怒りと憎しみは強くなり、必ずこの手で葬ると誓ったんだ。
私はジェイド、アン、マッスンと順番に視線を巡らす。皆固い表情をしていて、緊張が伝わって来た。聖獣であるアレンはここまでの闘いで足に怪我を負ったため、外の安全なところで待機している。
「さ、ちゃっちゃと倒して、おいしいクリスマスケーキを食べるわよ!」
クリスマスは一週間後。アンはお団子のリボンをクリスマスカラーにして、そう張り切っていた。その指にはマッスンからもらった指輪が嵌っている。
「おう! 今日も俺の筋肉が火を噴くぜ!」
さすがのマッスンも今日は筋肉を晒してはいない。重鎧できめていた。私たちの視線は自然と、今日まで先頭を切って引っ張ってくれたジェイドに向く。ジェイドは艶のある黒に近い藍色の髪を肩から滑らせ、意志の強い瞳で皆を見回した。
「皆、ここまで一緒に命を懸けてくれてありがとうございます。これが、最後です。魔王を倒して皆を、そして歴代の勇者を救いましょう」
その顔は少し強張っていて、さすがのジェイドも緊張しているみたい。それでも、目が合うとふわりと優しく笑いかけてくれる。その笑みを見ると少し緊張が和らいだ。
「ヒスイ。少しいいですか」
決戦前にジェイドに話しかけられ、私は黙ったまま見つめ返して頷く。この扉をくぐって戻ってきた人たちはいない。ここはまさに生と死の境目であり、私だってさすがに緊張する。そんな私を見ながら、ジェイドは左耳から翡翠のピアスを外した。
「ジェイド?」
そのピアスはジェイドの大切なものだと聞いていた。詳しくは知らないけど、以前魔物との戦いでピアスが壊れかけた時の激昂っぷりはすごかったから、そうとう大切なんだと思う。何をするんだろうと思っているとジェイドが近づいて、手を伸ばしてきた。
「これを、あなたにあげます。クリスマスには早いですが、私たちがいた証として」
「……え?」
ジェイドと目が合う。銀の世界に驚いた私が映っていて、胸がざわつく。悲しそうな瞳。そして口が小さく動き、耳に痛みが走ったところで私の記憶は途切れた……。
それからどれくらい時間が経ったのか分からない。体を伝う細かな振動を感じて、私は意識を取り戻した。最初に目に飛び込んできたのは、薄茶色の光る半球。
「ジェイド!」
直前の光景が鮮明に思い出され、慌てて体を起こすけど私は一人だった。私の周りには何重にも結界が施されていて、状況が頭に染みこんでいくほど血の気が引いていく。
(何で!? 置いて行かれたの!?)
私は慌てて結界を解こうとするけど、叩こうが剣で切りつけようが傷一つ付かない。そりゃそうだ。だってこれは、結界魔法が得意なアンのものだもの。一番手前にある結界は薄茶色で、土属性であるアンのもの。次に薄黄色は雷属性のマッスン。そして水色と、薄墨色の二枚の結界はジェイドのもの。
「何でよ! 私も闘えるわ! 見くびらないで!」
私は拳が白くなるほど剣の柄を強く握りしめ、皆が奥で戦っている扉を見ながら斬り続けた。さっきから、戦いの余波が扉を揺らし、床を振動させている。皆が必死に戦っているのに、一人ここにいることが辛い。
(どうしてよ! 私だって仲間でしょ? 私だって、魔王を倒したいよ!)
悔しくて、情けなくて、裏切られたような気がして。私は泣くもんかと唇を噛みしめた。その時、ピシリと嫌な音がする。
薄黄色。マッスンがかけた結界に罅が入った。
「だ、だめ!」
それはみるみる広がり、結界が弾け飛ぶ。
「マッスン!」
結界が消えたということは、術者の魔力が尽きたということだ。つまり……。
「お願い! 出して!」
剣で切りつけているうちに、今度は薄茶色の結界に罅が入り始めた。
「嫌! ダメ!」
出たいのに、結界は消えてほしくない。矛盾した思いがぐるぐると胸の中を渦巻く。中の戦闘は激しさを増し、振動が強くなっている。
そしてアンの結界が弾け飛び、同時にジェイドの結界も罅が入った。一番外側の、薄墨色の結界はすでに消えかかっている。それだけ、術者が衰弱しているということ。
「アン! ジェイド!」
私はその罅を目掛けて渾身の力で剣を突き刺す。手ごたえとともに罅が広がり、結界は消えた。私はそのまま前に転び、受け身を取ってすぐに立ち上がる。
(ジェイド! お願い、間に合って!)
痛みを感じる暇もなく、私は立ち上がってドアを蹴破った。