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5.ある冬の日の思い出

 ジェイドたちと旅を始めて一年が過ぎた頃、私は14になってだいぶ笑えるようになった。背も伸び、大人用の軽鎧が体に合うようになった。髪は後ろで束ねていて、剣士の顔つきになったと言われるのが嬉しい。最初はジェイドやアンに当たったりもしたけれど、今は仲間の一人として背中を預けて戦っている。マッスンはいまだに暑苦しくて、ちょっと距離をおきたくなるけどね。


 季節は冬。こんな寒い日は、ジェイドたちに出会った時のことを思い出してしまう。


(お母さんに、お父さん……)


 雪がちらつく街の大通りをみんなと歩いていると、隣を歩くジェイドがふいに頭を撫でてくれた。


「思い出しますか」


 短い言葉の中に、優しさと申し訳なさがつまっている。私は弾かれたようにジェイドに顔を向けると、静かに首を横に振った。


「ううん、大丈夫。寒いなって思っただけ」


 本当は少し思い出していたけど、ジェイドに心配をかけたくなかった。ジェイドはまだ救出が間に合わなかったことを後悔しているみたいで、ことあるごとに謝罪の言葉を口にしていた。


(もういいのに。優しすぎるんだから)


 でもその優しさにたくさん救われた。私がまた笑えるようになったのは、ジェイドと心優しい仲間たちのおかげだもの。


「でも、辛くなったら言ってくださいね」


 ジェイドは首を少し傾け微笑んだ。藍色の長い髪が頬にかかり、髪の隙間から翡翠のピアスが光る。それだけで絵になるのだから、イケメンはずるい。そう思いながらジェイドを見ていると、アレンが足元にすり寄って来たから頭を撫でてあげる。アレンは私によくなついていて、ジェイドが少し羨ましそうな顔をしていた。空気を読んだアレンがさっとジェイドへ寄っていくのがおもしろい。


「よ~し。今日はクリスマスだから、チキン食べるわよ! もちろんケーキも!」


 前を歩くアンが振り返って、おだんごを揺らしながら夕食を提案してきた。クリスマスを意識して、リボンは赤色、柊の葉のかんざしを挿している。そしてゆったりとしたローブはトナカイの刺繍があって可愛い。文句なしのパーティーの花。


 この世界には、前世と同じようなクリスマスが存在していた。


「いいな。今日は豪勢にいくか! そんで、新しい武器を買うのもいいな。自分へのプレゼントとして」


 アンの隣を歩くマッスンは陽気にそう返す。彼はこの寒空だというのに半そで半ズボンで、筋肉を惜しげもなく見せびらかしていた。見ているだけで寒そうだけど、筋肉があれば寒くないらしい。信じられないけど、なんだか腕から湯気が出ている気がする……。


 そして旅をしてから知ったのは、この二人が恋人同士だってこと。なんでも、ジェイドが最初に仲間にしたのが傭兵だったマッスンで、そのマッスンにダゴンの里にいたアンが一目惚れしてついてきたと酒に酔ったマッスンが語ってくれた。壮大なラブストーリーで、マッスンを見直してしまったぐらいだ。


「マッスンはアンにプレゼントをあげないと」


 だから私はそうやっていつもからかう。アンが嬉しそうに期待する目をマッスンに向けた。そして照れたマッスンが私を見て鼻で笑う。


「チビゴリラは俺の心配より、自分の心配をするんだな。あとジェイドも」


 くるりと体をこちらに向け、後ろ歩きをしながらそう憐れみの目を向けてきた。私はひくっと頬を引きつらせ、右足で地面を踏み切って瞬時に加速すると、筋肉が浮き出ている鳩尾へと拳を叩きこんだ。体を低く保ち、体ごとぶつかるイメージとマッスンが教えてくれた技だ。


「ぐはっ」


 きれいに鳩尾に入り、マッスンは膝をついた。


「お、俺の筋肉が衝撃に震えている……」


 わざとらしく痛がっており、私は呆れてため息を返した。マッスンの熱血指導のおかげで基礎体力が上がり、筋肉は付かなかったものの力と技の威力は高い。そのためマッスンは「チビゴリラ」という不名誉なあだ名を私につけたんだ。からかわれ、鳩尾に一発決めるまでが様式美というものだ。

 そのやりとりをアンとジェイドはくすくす笑って見ていた。二人から教わっている魔法も剣術も、着実に力をつけている。オールラウンダーといえば聞こえはいいけれど、突出したものがないから満遍なくするしかなかった結果だった。

 そしてレストランへ行くために広場を横切った時、聞き覚えのある音楽が聞こえた。


「あ、この曲……」


 広場の噴水前にはバイオリンを持った男の子がいて、前の世界で流行ったクリスマスソングを弾いていた。なんだか無性にチキンが食べたくなってくる。パリパリの皮に、一口食べれば肉汁があふれ出すジューシーなもも肉。衣に少しスパイスがかかっていて、ピリッとするのもまたおいしい。いっしょに赤い服を着たおじいさんの顔も出てくるけど、これが何か私にはわからなかった。この世界にもこんな目立つおじさんはいない。


「珍しい曲ですが、知っているのですか?」

「あ、うん。前の世界の曲なの。きっとあの子も転生者なのね」


 ちなみに、三人は転生者じゃない。旅に加わって少し経った時に、転生者であることを打ちあけた。すると三人は別に驚きもせず、何か使える知識や技能はあるの? と訊かれた。特にないと返すと、そっかと頷かれただけだ。この世界の転生者なんて、そんなものだ。


(あ~、私も特別な知識や技能があったらなぁ)


 この世界で転生者の多くは、どこかの世界の文化をぼんやり知っている人が多い。稀に芸術や料理、鍛冶、魔法に特化した知識を持った人もいて、重宝されている。せめて戦いにいかせる知識や技能を持っていたかった。


(そういえば、あっちの世界じゃチートがあったけど、たぶんないよね)


 私は比較的成長が早いと驚かれているけど、これは前世ってより生まれつき身体能力が高かったって気もするからね。そんなことを考えていると、アンが店の前で足を止めて振り返った。


「今日の夜ごはんはここにするよ~!」


 お洒落なイタリアンレストランだ。店に入ると、ショパンが聞こえてきた。音の方向へ顔を向けると、ピアノを弾いている女の人がいる。初めて聞く曲のはずなのに、情報が出てくるのだから転生者の脳って不思議。


「たくさん食べようぜ!」


 そして席に座り、クリスマスの料理を注文してホットワインも頼んだ。寒い日はシナモンが効いた甘いホットワインがいい。ワインが入った銀のコップが全員に行き届き、私たちはジェイドに視線を向けた。勇者でリーダーでもあるジェイドは物腰柔らかで、穏やかだけど誰よりも強くて情に厚い。そんな人だから、皆命を預けて戦うんだ。


「少し早いですが、これからの勝利を祈って。メリークリスマス」


 ジェイドの言葉に合わせて、私たちはグラスを掲げる。


「メリークリスマス!」


 ワインとシナモンの香りが鼻に抜け、アルコールでむせないように少しずつ飲む。これが寒い日にはじんわり体に染みてきて、生きててよかったと思える。胃がカッと熱くなって、すぐにほわほわと全身が温かくなってきた。


「おいし~」


 もちろんお肉もサラダも全てがおいしい。


「ヒスイ」


 チキンにかぶりついていると、ジェイドに名前を呼ばれた。うん? とチキンを口に入れたまま顔を向けると、こちらにコップを向けて持っている。乾杯したいってことだろうと、私はチキンをテーブルに置いてコップを持ち上げた。


「君と出会えてよかったです。魔王復活まであと一年。よろしくお願いしますね」


「もちろん、絶対魔王を倒すからね!」


 目を合わせ頷いてからコップを打ち鳴らした。



 だけどこれが、四人で過ごした最後のクリスマスになった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 第5部分、すごく好きです。 涙ながらに何度も読み返しています。 かけがえのない父母を失って、その後に手にしたかけがえのない仲間達との楽しく温かい時間……この永遠に続いて欲しい穏やかな時間。…
[良い点] うーん、最後の一文がとても良い……。これから起こる悲劇の予感にワクワクが(!?)止まらない! [一言] 予め決まっている悲劇的な出来事へと進む過去編、好きなんですよ。特に事件の前に穏やかな…
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