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4.もふもふとあたたかい料理

 勇者たちは、村の外れにある森の中で野営をしていたらしい。手前に焚火のあとがあった。慌てて火を消した後があったから、村の異変に気付いてすぐに来てくれたのが分かる。それを見ると八つ当たりをして責めたのが申し訳なくなって、胸が痛くなった。そして少し向こうへ視線を飛ばすと、思わぬものが目に入って、じっと見てしまう。


(あれ、なんか白いのがいる)


 それはテントの前で丸まっていた。丸い毛玉は、私たちが近づくと頭を上げ、嬉しそうにしっぽを振って駆け寄って来た。


「いい子で待っていましたね、アレン」


 勇者は足元にすり寄ってきた白く大きな犬を屈んで抱きしめ、わしゃわしゃと撫でまわす。銀色の目が細められ、頬を舐めてくる犬に嬉しそうに抱き着いていた。


(え、誰それ)


 勇者の顔は緩みきっており、内心引いてしまう。確かに犬の毛はふわふわで、撫でたら気持ちよさそうだけど……。私がじっと見ていることに気づいたのか、犬は円らな瞳をこちらに向けて舌を出して寄って来た。


(か、可愛い)


 これは不思議な吸引力があるというか、なでなでしたくなる。


「アレンはそう見えても聖獣で、巨大化して戦うこともできるんですよ。アレン、彼女は新しい仲間のヒスイです」


 お利口にお座りをして、まるで撫でられるのを待っているみたいだ。私はふわりと笑って、腰を下ろした。遠慮がちによしよしと撫でたら、物足りないのかアレンは体を摺り寄せてきた。


「ちょっと、くすぐった!」


 頬にかかる毛が柔らかく、私は立ち上がったアレンの首をぎゅっと抱きしめた。極上のクッションに包まれたように柔らかく、落ち着く匂いがする。その温かさが私のささくれた心を癒してくれた。


「やっと笑ってくれましたね」


 そう言ってこちらを見ていた勇者は、安心したように微笑んでいた。まだ申し訳なさそうな顔をしており、私は彼を傷つけたんだと後悔する。


「勇者様……ごめんなさい。八つ当たりをしてしまいました。勇者様のせいじゃないって、わかってます。私が弱かったから、守れなかったって……分かってます」


 話し出したら、また涙が出てきた。アレンが心配そうに私を見つめて、頬に伝う涙を舐めてくれた。


「かまいませんよ。わかっています……それに、駆けつけるのが遅れたことは事実です。ですから私は、君に協力します」

「ありがとう、ございます」

「それに、勇者様は堅苦しくて好きではありませんね。皆のようにジェイドと呼んでください」

「……ジェイド」


 小さな声でそう呼ぶと、彼は嬉しそうに微笑んだ。他の二人はテントの方で火を起こして、食事の準備をしているようだ。


「ヒスイ。ご飯ができるまで勇者について、少し話をしましょうか」


 ジェイドは私の隣に座り、作業をしている二人に視線をやってぽつぽつと話し始めた。この世界における勇者の役割を……。


「遥か昔、魔族と人間は共存していました。今に伝わる魔法の多くは、魔族たちからもたらされたものだそうです。ですが人間は争いを始め、時に魔族を迫害しました」


 私もその伝承は少し知っている。村のおじいさんがする昔話だ。


「そして1000年前に邪神が現れたことにより、魔族の侵攻は苛烈を極めたのです。人々が絶望に突き落とされた時、一人の青年が自らの命と引き換えに邪神を討ち滅ぼしました。命が燃え尽きる間際に、彼は自分の力を剣に封じて地面に突き刺したのです。それは地面に根を張り、神木と崇められることになります」


 私は相槌を打ちながら話を聞く。それからはしばらく平和な時代が続いたけど、争いがなくなることはなかったらしい。


「ですが、500年ほど前、魔王を名乗るものが現れました。すると、神木から光が放たれ剣の形となり、一人の青年の下に現れたのです。これが今に続く勇者の選定です。私が持つ剣も英雄の力を引き継いでいるそうです」


 そう言ってから、ジェイドは手を胸の前に突き出した。次の瞬間には手に光が集まり、抜き身の剣が握られていてびっくりした。柄には大きな青い石が嵌り、剣身は鋭い輝きを返している。私は初めて見る勇者の剣に目を輝かせた。


「すごい。これが……」

「はい。そして魔王の侵攻が激しさを増す中、初代の勇者は魔王を討ちとりました」

「でも、勇者たちは帰ってこなかったんですよね」


 そこからは何度か大人たちに聞いたことがあった。みんな勇者について話すときは尊敬しながらも、どこか憐れんでいた。それは……。


「そうです。そして、10年後に魔王は復活しました。それ以降、魔王を倒しても勇者たちは戻らず、魔王は復活します」


 だから、勇者たちは“魔王への生贄”とも言われている。勇者たちの命と引き換えに、人間達は10年の安息を得る。そして魔王が復活するタイミングで勇者を送り込み、また滅ぼしてもらう。それの繰り返しだった。

 当然、これまでに色々な方法を試したらしい。でも、勇者以外の者が倒せば、すぐに魔王は生き返りその場にいたものは死ぬ。魔王を討ち滅ぼさない場合は、大規模な蹂躙が始まり、国が1つ滅んだ。だから、選ばれた勇者が魔王の復活と同時に、身を犠牲にして滅ぼすしかないらしい。勇者は魔王の死後五年が経った時に選ばれ、ジェイドが選ばれたのは3年前だと村の人たちが言っていた。


「あと2年で魔王は復活します。ですから私たちは、魔物を狩りながら力を蓄え、来たる日を待っているのです」

「これからは、私も一緒です」


 私も力になりたいと素直に思えた。もしかしたら、もうあの村に帰ることはできないかもしれないけど。それでも、もう魔物のせいで苦しむのは嫌だった。


 それから、私はジェイドから今までどこを旅して、何をしたかを簡単に聞いた。私には魔力があり、魔法の才能があるらしい。ちょっと信じられない。竜に襲われた時に、白い半球の結界みたいなのが現れたことを話すと、とっさに魔法を使ったんだろうって。魔法と言われてもやっぱりピンとこないんだよね。だって、私はただの村娘だもの。


「後は、食べながら話しましょうか。二人を紹介したいですし」


 おいしそうな香りが漂ってきて、私のお腹が反応する。今日はまだ何も食べていなかった。


「二人とも~、こっちにおいで! ご飯できたよ~!」


 お団子頭の女の子がこっちを向いて叫んでいる。おたまを振っていて、可愛い。筋肉だるまは火の前に座って、こちらに手招きをしていた。

 私たちは火の側に寄り、丸太の上に腰を下ろす。丸太は三つ。私とジェイドが一緒に座り、お団子の子は湯気が出ているお皿と木のスプーンを私たちに渡してから、空いている丸太に座った。少し離れたところに石を積み上げてつくったかまどがあり、そこで料理をしていたらしい。


「おいしそう……」


 中に入っていたのはシチューだった。全員が目を瞑り、神への祈りを済ませてから食べ始める。白いクリームの中に、大きなじゃがいもと人参、そしてお肉が入っていた。木のお皿からじんわり指先に熱が伝わり、それだけで心が安らいでいく。

 スプーンで熱々のシチューをすくい、息を吹きかける。冷えた体はすぐにでも温かいものを欲しているけど、このままじゃ舌を火傷してしまう。少し冷ましてから、まずはじゃがいもを口に入れた。噛んだとたん、ほろりとじゃがいもは崩れ、優しいミルクの味わいとじゃがいもが混ざって溶けていく。


「おいしい……」


 にんじんも、お肉もおいしくて、温かさが体に染みわたっていく。


(あぁ、私、生きてる……生きてるんだ)


 ようやく人心地つけた気がした。ほっとしたからか、涙でシチューが滲む。


「ヒスイちゃん、もう大丈夫だからね」


 お団子頭の女の子は、そう言ってやさしい言葉をかけてくれる。この料理はそんな彼女の優しさが詰まっていて、温かかった。


「泣くだけ泣いて、すっきりしたら体を鍛えればいい。体が強くなれば、精神も強くなるぞ」


 がつがつと食べながら、二ッと歯を見せて笑う筋肉。ジェイドはどこか呆れ顔で、黙ってシチューを食べていた。そして私が落ち着くのを待って、二人は自己紹介をしてくれた。


「私は、アン。16歳。ダゴンの里出身で、巫女兼鍛冶師よ。気軽にアンちゃんって呼んでね」


 ダゴンの里は、古くからある鍛冶師の里だった気がする。名剣を生み出していて、神職に就いているため魔力が付与された剣を打ち出すことができるらしい。アンは巫女装束で、初めてみる紅い袴は素敵だった。


「俺はマッスン、18歳。俺は戦士、盾で攻撃を防ぐのが役目だ。磨き上げられた筋肉は槍をも弾くってな!」


 豪快に笑うマッスンは、冬なのにノースリーブで筋肉を惜しげもなく見せていた。アンが小声で、「戦う時はフルアーマーになるけどね」と教えてくれる。アンの視線を追ってテントを見れば、中に銀色に光る鎧が置かれていた。

 そして自然と私の目はジェイドに向けられる。名前は聞いたけど、それ以外はまだだった。視線に気づいたジェイドは、私もですかと呟いてから、咳払いをした。


「えっと、ジェイド・ギルアスです。年は18で、3年前に勇者に選ばれました」

「ギルアスってことは、お貴族様?」


 この国で家名があるのは貴族だけだ。そう訊き返すと、ジェイドは「一応」と寂し気に笑った。


「そうなんだ……あ、私はヒスイ。13です。何ができるかわからないけど、頑張ろうと思います」

「普通の話し方でいいよ~。これからよろしくね! ヒスイちゃんは魔力があるから、私が魔法を教えるし、マッスンは武術、ジェイドは剣術だね」


 こうして、私はみんなの旅について行くことになって、魔法や剣術を教わっていった。私の魔力適性は光と火で、ジェイドの闇と氷とは真逆だ。マッスンには毎日ジェイドと一緒に走らされ、筋トレをさせられた。その後でジェイドと剣を振るう。私は身長も高くないので中剣を使った。


(う~死ぬ)


 何回そう思って、地面に倒れ込んだかわからない。私は何かに秀でているわけではなかったから、どれも人一倍食らいついてがむしゃらに練習した。魔物を倒し、困っている人を助けて旅をし、魔王が復活する時を待つ。


 そうして月日が過ぎていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] モフモフ、みんなの優しさ、温かい料理に癒されました。頑張るヒスイ、幸せになってほしいです(。´Д⊂) ジェイドが嬉しそうにモフモフしてるのが可愛いかったー!(*´ω`*) [気になる点]…
[良い点] アレンーー!!! モフモフきたぁ(*´▽`*) うぅ、ヒスイちゃん。何とか生き残ったけどって感じだ。10年の平和か……短いし、あっという間ですね。そして勇者が生贄とは面白い設定です。 [気…
[一言] モフ来たぁ! 犬型モフ最高!!(テンション高めでお送りしております) ジェイド……撫でたい気持ち分かるよ。そんな目で見られたらモフるよ誰でも。 あったかいシチューきましたね! 火傷しそうな…
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