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23.エターナルへの想い

 私が話を終えると、アークは目を輝かせ、ジェイドもそれはいいと何度も頷く。

 そして全ての準備が整うと、エターナルに神託として語りかけた。それは大聖女を通した言葉ではなく、全世界に等しく聞こえる言葉。アークは緊張した面持ちで息を吐くと、気合を入れた顔をしてエターナルとの回線を開いた。


「私はアーク。この世界を支えるものです……皆様に伝えることがあります。どうか聞いてください」


 映像にはエターナルの街が映る。まるで降って来るかのように声が聞こえ、足を止めて天を見上げる人たちの姿が映っていた。神だと膝をついて祈りをささげる人もいる。アークは少し間を置いてから続きを話し出した。


「私は勇者と共に、魔王を永遠に滅ぼしました。もう魔王は復活せず、勇者が選ばれることもありません」


 そう言い切ると歓声が沸き起こる。真っ白な世界に大きな、何万もの人の声が響き、私たちは驚いて顔を見合わせた。みんなの喜びは大きく、一向に声は収まらない。しばらく待つと少し落ち着き始め、アークは本題へと入る。


「……ですが、私は今回の闘いで傷つき、眠りにつきます。今後、私の言葉は無くなりますが、皆さんはすでに自分の足で歩き、人生を切り開いています。だから最後に、私から願いを託します」


 ざわざわと人々が戸惑っているのが分かった。聖女以外は神との関わりはほとんどないし、生活していても意識はしない。それでも神話は皆知っているし、いて当たり前の存在だった。不安そうな顔をしつつも、ざわめきは少しずつ収まり皆が天を見上げて続きを待つ。一瞬、エターナル中が静寂に包まれた。


「エターナルに住む皆さん……私は、エターナルが平和であってほしいと願います。全ての人が幸せになれる世界であってほしいのです。後は、あなたたちを信じます。……エターナルに、最大の祝福を」


 そこで、アークの話は終わった。アークはエターナルとの回線を切り、ふぅと一息つく。さすがに緊張していたらしい。


「すごい、さすが神様ね」

「……マスター。脚本を作られたのはマスターでしょう?」

「君にこういう才能があったなんて、驚いたよ」


 アークからは少し責めるような視線を向けられ、ジェイドからは失礼な褒め方をされた。


「だって、舞台から降りるなら幕引きは必要でしょ?」


 神がいなくなるのだから、それなりのストーリーが必要だ。私はこの世界の神話も作ったから、こういうのを考えるのは得意なんだ。前世の記憶を思い出すまでは、まったくできなかったけど。


「さ、エターナルの再プログラムも終わったし、アークを送り届けるわよ」


 私はエターナルを神の意思ではなく人の意思で動くように手を加えた。権限はメンテナンスのみにして、後は自然に任せる。現実世界に近い状態にした。


「マスター……生まれ変わった私は、またマスターとお会いできるでしょうか」

「会えるわよ。どんな姿になっても、見つけてみせる……それに、アークには少し権限が残ってるから、好きな見た目くらいは選べると思うよ」


 エターナルに何かあった時のために、アークにはメンテナンスができる権限と能力を与えていた。あと、大聖女様にもこの力を受け継ぐつもりだ。神殿なら神と国に近いし、知識を語り継ぐことができると思ったからだ。


「マスター、本当にありがとうございました」


 アークは子供のように無邪気に笑い、私たちに頭を下げた。私はもう一度だけぎゅっと抱きしめ、肩を叩く。


「じゃ、エターナルを楽しんで」

「はい。マスターも、ジェイド様もお元気で。必ず会いにいきます」

「えぇ、お待ちしています」


 私はアークから体を離し、子どもの旅立ちを見るような気持になって、お別れの言葉を口にする。


「マスターオーダー……アークプログラムを解除。魂をエターナルの輪に転送……またね、アーク」

「オーダー受領。アークの魂は回収され、エターナルにて再構築されます……はい、マスター。またお会いしましょう」


 言い終わると同時に、アークの体は黄色い光に包まれ、ふわりと嬉しそうな微笑を残して消えていった。


「アーク……」


 アークの意味は箱舟。エターナルという楽園に人々を連れていってほしいと願いを込めて、私がつけた名前だ。箱舟は役目を終え、普通の船となって海へと出て行く。


「どんな姿で会えるのかな……」

「今から、楽しみですね」


 二人残った私たちは顔を見合わせ、笑いあった。やることは全て終わった。後は帰るだけだ。


「ジェイド、帰ろう」

「……えぇ。ですが、一ついいですか?」


 ジェイドは一歩私に歩み寄って、手を取った。温かい手で包まれると、不覚にもドキッとしてしまう。気が緩んだからか、ジェイドがいつもに増してかっこよく見えた。


「ヒスイ。魔王は滅び、勇者は必要なくなりました……私たちは、ただの人です」

「う、うん……」


 じっと熱い瞳を向けられると、そわそわしてきて視線があっちこっちに動いてしまう。


「ただの人に戻っても、君はたくさんの物を背負って生きるんでしょう」

「……それは」


 悲劇が繰り返されなくなっても、今までの悲劇が消えるわけじゃない。救えなかった命、奪われた仲間。アンとマッスンの顔が頭をよぎった。ジェイドは私の左頬に手を添え、指でヒスイのピアスを揺らす。彼の長い指は顎にもかかり、上を向かせられるともう逃げられない。


「だから、その重荷をこれからもずっと一緒に背負わせてください」


 甘く優しい声が私をじわじわと溶かしていく。今なら、素直になれる気がした。幸せになる資格なんてないと、押し込んでいた気持ちが動き出す。


「ジェイド……」

「だからヒスイ、私と結婚してください」


 告げられた言葉に私は目を見開き、息を飲んだ。現実味が無くて、嬉しさよりも戸惑いが大きい。好きだという言葉が引っ込んでしまって、紅くなった頬を見られたくないのに、ジェイドの手は逃がしてくれない。


(え、待って……ジェイドが近)


 それどころか、ジェイドの顔が迫って来たと思ったら、唇に柔らかく温かいものが触れた。彼の息づかいを感じて、心臓が爆発しそうになる。


(私、まだ、何も言ってない!)


 突然のことに急襲を受けた時よりも動揺して、私は息をするのすら忘れていた。ジェイドは全く離してくれず、腰に回された腕がさらに強く体を密着させる。


(待って、私前世も含めてほとんど経験ないの!)


 頭は沸騰直前で、息が苦しい。私は耐えられなくなってジェイドを突き飛ばす。


「もう無理! マスターオーダー! エターナルへ帰還!」


 何が何だか分からなくて、早口で命令しエターナルへと戻った。気づけば記録の間の水晶の前だ。大聖女様がずっと待っていたみたいで、すぐに駆け寄って無事を確かめてくれる。私の顔が真っ赤だから、熱があるのかしらと氷嚢を用意するように指示を飛ばしていた。


「あぁ、本当に無事でよかった……戦闘をされたのですね。ジェイド様も頬に殴られた跡がありますから、手当をしましょう」


 そう言われてジェイドを睨むように見れば、頬が赤く腫れていた。そういえば右拳が少し痛い気がするけど、気のせいだと思うことにする。


 その後私たちは手当てを受け、大聖女様に全てを話した。定期的なエターナルのメンテナンスは神殿が引き受けてくれることになり、今後具体的な方策が話し合われるらしい。私たちは三日間神殿で留め置かれ、質問攻めにされてから解放された。


 その三日間は恥ずかしくて、なんだか腹が立って、ジェイドと口を効かなかった。大聖女様には「痴話げんかですか?」と棘のある声でからかわれたから、「絶対に違います」と言い返したら、生暖かい眼差しを向けられた。


「……ヒスイ」


 神殿を出た私に、ジェイドが手を差し伸べてくる。その顔は決まりの悪そうで、私はしかたがないなぁと手を取った。


「もう勝手にしないでよね」

「わかりました……許可をもらってからにしますね」

「ちょっと、何も分かってない」


 王都はいつも通り賑わっていて、人々の顔は晴れやかだ。神託について話題にしている人たちもいて、私はそれを穏やかな気持ちで見ていた。この景色を、アークにも見せてあげたくなる。


 そんな中を、私たちは一緒に帰っていく。私たちの新しい居場所へと。


次の更新で最後です。本日の夜ぐらいかと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あああ……ようやく肩の荷が下りたような。ホッとしたようなキラキラ気分。ありがとうございますありがとうございます。でもヒスイ、殴っちゃダメだから(T▽T) ワクワクo(-ω-o)(o-ω-…
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