表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/24

20.マスターコード

 視界が真っ白になって、アークから無機質な声が聞こえる。


「サブコントローラー、魂の管理情報要求……破損データを修復……記憶にログインさせます」


 そして次の瞬間、テレビがついたみたいに映像が流れ始めた。ただそれは白黒で、人がいるとは分かっても顔の細部は見えない。かろうじて音だけはちゃんと聞こえた。



「主任! おめでとうございます! すごい、アークが目を開けましたよ。声が出てる……」


 若い男の人の声。他の人たちも、大きなモニターを見ながら喜んでいる。そこに、ぼんやりとだけどアークがいるのがわかった。


「マスターたち、初めまして。アークです」

「すっげぇ。主任、これでエターナルの完成に近づきましたね!」


 たぶん、アークが誕生した時の記憶なんだと思う。なんだか懐かしい気がすると同時に、あれ? とひっかかりを感じた。そこで映像が切り替わる。



「主任、エターナルいい感じで稼働してます。情報の蓄積も順調です」

「そうね。保存の容量もあと1000年は大丈夫だし、アークもいい感じで神様をやっているみたいね」

「神話もばっちり仕込みましたからね。けど主任、邪神とか英雄ってけっこうそういうの好きだったんですね」

「あら、意外? ファンタジーな世界なんだから、必要でしょ。後は維持プログラムがうまくこの設定を使ってくれるわ」


 その声は記憶の主から出ているみたいで……。その話を聞いて、エターナルの創世記は1000年後、邪神を英雄が滅ぼしたところから始めたことを思い出した。つまり、エターナルはちょうど1000年が経ったことになる。ここまでくると、男の人が話している人が誰なのか分かって来た。


(もしかして、私……エターナルを作った人たちの一人だったの?)


 小さな部屋にはしゃべっている男の人を加えて、四人。でも、アークがいるここに飾られていたマスターの写真は5つだった。ピースが一つはまって、切実に祈る。


(なら、思い出して! もしマスターだったなら、この世界を変えられる!)


 ぐっと集中させると、脳が焼ききれそうなくらい熱くなっている気がする。遠くから、アークの声が聞こえてきた。


「イマージェンシー。処理に多大な負荷がかかっています。強制的にログアウトさせます」

「ヒスイ! 戻ってきてください!」


 私の意識は現実と記憶の間にあって、ぐらぐらと体が揺らされている気がする。


(待って、あと少しで分かりそうなの!)


 映像が切り替わり、年老いた男性が目の前にいた。私は寝ているようで、彼を見上げている。



「主任……先にいっちゃうんですか。エターナルの生活、楽しいといいですね」

「あなたはゆっくりおいでよ。それにもう主任じゃないわ……あの子は、ちゃんとマスターコードを使えたかしら」

「えぇ、ちゃんと引き継いでいましたよ。主任の意思を継いで、アークと一緒にエターナルをさらにいいものにしてくれますよ」


 頭が割れるように痛くなってきた。それでもあと少しで届きそうで、私は歯を食いしばって踏みとどまる。


「ヒスイ!」


 逼迫した声に、私はハッと意識を現実に戻された。目の前には顔が青いジェイドがいて、私の意識が戻ったとわかるとぎゅっと抱きしめられる。


「無茶をしないでください! 息が止まってたんですよ!」

「ご、ごめん……」


 心拍数が上がっていて、目の前がぐらぐらする。ぜぇぜぇと息が切れていて、私は無理矢理深呼吸をした。脳に酸素が届いていなくて、気持ちが悪い。


「でも、思い出したよ……」


 エターナルの映像を見れば、今までとは違う情報が頭に入って来る。私の中に蘇った、前世の私が口を出した。


「この世界は、記録が多くなりすぎて容量がパンクし始めてるんだ……処理速度も遅くなって、管理プログラムがうまく動いてない」

「……ヒスイ?」

「大丈夫だよ、ジェイド……」


 戸惑った顔をしているジェイド。私はいつの間にか泣いていた。マスターの一人だった私は、変わり果ててしまったエターナルを見て悲しんでいる。壊れてしまったアークは自分の子どもと同じ。助けてあげてと訴えてくる。その鍵は、もうもらった。


 前世の私の言葉を、今の私が口にする。


「マスターコード。ブレス・エターナル108」


 何度も口にした言葉だった。私とアークを、エターナルを繋ぐ言葉。


「マスターコード、認証しました。マスターたまき、お久しぶりです。指示を、どうぞ」


 アークの無機質な声。だけど、その表情は少し柔らかくなっていた。私は母親のようにアークに笑いかけ、涙を拭った。まずは、悲しい因縁を断ち切る。


「マスターオーダー。勇者と魔王のプログラムを解除」

「マスターオーダー、受領…………魔王プログラム、解除しました。今後、魔王と勇者は発生しません」


 その応答に、私とジェイドは安堵の息をもらす。そして消えそうなアークに顔を向けた。


「安心して、アーク。この世界は必ず直してみせるから……マスターオーダー。メンテナンス。古く優先度の低い情報を統合、削除」


 頭の中に図面が浮かぶ。どうしたらいいのか、前世の私はわかっていた。だって作ったのは私たち。この先どんな問題が起こるかもシミュレーションしていた。保存するメモリを情報が圧迫しているなら、いらないものは捨てればいい。


「そして、現実世界の情報のうち、この世界に不必要なものを削除。最後に、アークの再起動を」


 もう現実世界とはつながらない。それなら、この世界にあわないものはただのごみになる。貴重な情報だけど、エターナルに持ち込めないものもあるから廃棄する。前世の私は名残惜しさを感じながらも、エターナルのために決断を下した。

 私がそこまで指示を出すと、エターナルを写していた映像はコントロール画面に切り替わり、アークが応答する。


「マスターオーダー、受領。メンテナンスを実行します」


 そしてメンテナンスのパーセントと、終了予想時間が表示されている。ジェイドは隣でぽかーんとその画面を食い入るように見ていた。説明してほしそうに私に視線を送って来る。


「ジェイド。これで、この世界はひとまず大丈夫だと思うわ。ざっと500年くらいは」

「えっと、全く分からないのですが、これは何ですか?」


 そりゃそうだ。これはエターナルには全くない科学の結晶なのだから。


「この世界は違う世界の人たちが創ったものだったでしょう? 私、その創った人の一人だったみたいなの。だから、直してみせるわ」


 予想時間はあと1時間。私はふぅっと息を吐いた。


(今後、メンテナンスをできる人を育てないと……)


 少なくともデータ処理をする人は必要だと考えていると、ぞわっと体の奥底から何かがせりあがって来た。邪悪な気配があふれ出す。


「ヒスイ!?」


 その変化にジェイドは真っ先に気づいたようで、剣の柄に手をかける。私は一歩、二歩と後退り息苦しくて胸に手を当てる。頭に低く憎い声が響いた。


“魔王プログラムがなくなっても、俺はまだここにいる。エターナルなど滅びればいいのだ。俺は魔王、神の間とは都合がいい。ここを破壊すれば、エターナルは止まるだろう?”


 胸の奥から真っ黒な魂が飛び出し、白い世界に出ると徐々に人の形を取っていく。


「……嘘でしょ?」

「魔王か……」


 漆黒の鎧に身を包んだ若い男が、大剣をかついでそこに立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 悪役令嬢に続き更新お疲れ様です! はあ~、そうだったんですね……これがある意味ヒスイの特殊能力?! 謎が解けてスッキリ。お見事です。そしてアークが救われたようで良かった。 でも何故かまた魔…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ