20.マスターコード
視界が真っ白になって、アークから無機質な声が聞こえる。
「サブコントローラー、魂の管理情報要求……破損データを修復……記憶にログインさせます」
そして次の瞬間、テレビがついたみたいに映像が流れ始めた。ただそれは白黒で、人がいるとは分かっても顔の細部は見えない。かろうじて音だけはちゃんと聞こえた。
「主任! おめでとうございます! すごい、アークが目を開けましたよ。声が出てる……」
若い男の人の声。他の人たちも、大きなモニターを見ながら喜んでいる。そこに、ぼんやりとだけどアークがいるのがわかった。
「マスターたち、初めまして。アークです」
「すっげぇ。主任、これでエターナルの完成に近づきましたね!」
たぶん、アークが誕生した時の記憶なんだと思う。なんだか懐かしい気がすると同時に、あれ? とひっかかりを感じた。そこで映像が切り替わる。
「主任、エターナルいい感じで稼働してます。情報の蓄積も順調です」
「そうね。保存の容量もあと1000年は大丈夫だし、アークもいい感じで神様をやっているみたいね」
「神話もばっちり仕込みましたからね。けど主任、邪神とか英雄ってけっこうそういうの好きだったんですね」
「あら、意外? ファンタジーな世界なんだから、必要でしょ。後は維持プログラムがうまくこの設定を使ってくれるわ」
その声は記憶の主から出ているみたいで……。その話を聞いて、エターナルの創世記は1000年後、邪神を英雄が滅ぼしたところから始めたことを思い出した。つまり、エターナルはちょうど1000年が経ったことになる。ここまでくると、男の人が話している人が誰なのか分かって来た。
(もしかして、私……エターナルを作った人たちの一人だったの?)
小さな部屋にはしゃべっている男の人を加えて、四人。でも、アークがいるここに飾られていたマスターの写真は5つだった。ピースが一つはまって、切実に祈る。
(なら、思い出して! もしマスターだったなら、この世界を変えられる!)
ぐっと集中させると、脳が焼ききれそうなくらい熱くなっている気がする。遠くから、アークの声が聞こえてきた。
「イマージェンシー。処理に多大な負荷がかかっています。強制的にログアウトさせます」
「ヒスイ! 戻ってきてください!」
私の意識は現実と記憶の間にあって、ぐらぐらと体が揺らされている気がする。
(待って、あと少しで分かりそうなの!)
映像が切り替わり、年老いた男性が目の前にいた。私は寝ているようで、彼を見上げている。
「主任……先にいっちゃうんですか。エターナルの生活、楽しいといいですね」
「あなたはゆっくりおいでよ。それにもう主任じゃないわ……あの子は、ちゃんとマスターコードを使えたかしら」
「えぇ、ちゃんと引き継いでいましたよ。主任の意思を継いで、アークと一緒にエターナルをさらにいいものにしてくれますよ」
頭が割れるように痛くなってきた。それでもあと少しで届きそうで、私は歯を食いしばって踏みとどまる。
「ヒスイ!」
逼迫した声に、私はハッと意識を現実に戻された。目の前には顔が青いジェイドがいて、私の意識が戻ったとわかるとぎゅっと抱きしめられる。
「無茶をしないでください! 息が止まってたんですよ!」
「ご、ごめん……」
心拍数が上がっていて、目の前がぐらぐらする。ぜぇぜぇと息が切れていて、私は無理矢理深呼吸をした。脳に酸素が届いていなくて、気持ちが悪い。
「でも、思い出したよ……」
エターナルの映像を見れば、今までとは違う情報が頭に入って来る。私の中に蘇った、前世の私が口を出した。
「この世界は、記録が多くなりすぎて容量がパンクし始めてるんだ……処理速度も遅くなって、管理プログラムがうまく動いてない」
「……ヒスイ?」
「大丈夫だよ、ジェイド……」
戸惑った顔をしているジェイド。私はいつの間にか泣いていた。マスターの一人だった私は、変わり果ててしまったエターナルを見て悲しんでいる。壊れてしまったアークは自分の子どもと同じ。助けてあげてと訴えてくる。その鍵は、もうもらった。
前世の私の言葉を、今の私が口にする。
「マスターコード。ブレス・エターナル108」
何度も口にした言葉だった。私とアークを、エターナルを繋ぐ言葉。
「マスターコード、認証しました。マスターたまき、お久しぶりです。指示を、どうぞ」
アークの無機質な声。だけど、その表情は少し柔らかくなっていた。私は母親のようにアークに笑いかけ、涙を拭った。まずは、悲しい因縁を断ち切る。
「マスターオーダー。勇者と魔王のプログラムを解除」
「マスターオーダー、受領…………魔王プログラム、解除しました。今後、魔王と勇者は発生しません」
その応答に、私とジェイドは安堵の息をもらす。そして消えそうなアークに顔を向けた。
「安心して、アーク。この世界は必ず直してみせるから……マスターオーダー。メンテナンス。古く優先度の低い情報を統合、削除」
頭の中に図面が浮かぶ。どうしたらいいのか、前世の私はわかっていた。だって作ったのは私たち。この先どんな問題が起こるかもシミュレーションしていた。保存するメモリを情報が圧迫しているなら、いらないものは捨てればいい。
「そして、現実世界の情報のうち、この世界に不必要なものを削除。最後に、アークの再起動を」
もう現実世界とはつながらない。それなら、この世界にあわないものはただのごみになる。貴重な情報だけど、エターナルに持ち込めないものもあるから廃棄する。前世の私は名残惜しさを感じながらも、エターナルのために決断を下した。
私がそこまで指示を出すと、エターナルを写していた映像はコントロール画面に切り替わり、アークが応答する。
「マスターオーダー、受領。メンテナンスを実行します」
そしてメンテナンスのパーセントと、終了予想時間が表示されている。ジェイドは隣でぽかーんとその画面を食い入るように見ていた。説明してほしそうに私に視線を送って来る。
「ジェイド。これで、この世界はひとまず大丈夫だと思うわ。ざっと500年くらいは」
「えっと、全く分からないのですが、これは何ですか?」
そりゃそうだ。これはエターナルには全くない科学の結晶なのだから。
「この世界は違う世界の人たちが創ったものだったでしょう? 私、その創った人の一人だったみたいなの。だから、直してみせるわ」
予想時間はあと1時間。私はふぅっと息を吐いた。
(今後、メンテナンスをできる人を育てないと……)
少なくともデータ処理をする人は必要だと考えていると、ぞわっと体の奥底から何かがせりあがって来た。邪悪な気配があふれ出す。
「ヒスイ!?」
その変化にジェイドは真っ先に気づいたようで、剣の柄に手をかける。私は一歩、二歩と後退り息苦しくて胸に手を当てる。頭に低く憎い声が響いた。
“魔王プログラムがなくなっても、俺はまだここにいる。エターナルなど滅びればいいのだ。俺は魔王、神の間とは都合がいい。ここを破壊すれば、エターナルは止まるだろう?”
胸の奥から真っ黒な魂が飛び出し、白い世界に出ると徐々に人の形を取っていく。
「……嘘でしょ?」
「魔王か……」
漆黒の鎧に身を包んだ若い男が、大剣をかついでそこに立っていた。




