19.神の世界
大聖女様と話してから1週間後。私とジェイドは大聖女様の立ち合いのもと、記録の間にいた。四方を本だなと本に囲まれていて、絶えず本が浮遊している。ここだけ空気が変わっていて、神聖で産毛が立つようなピリッとした感じがある。
この一週間でジェイドは山のような神と転生者に関する文献を読み、情報を分析、整理して私に教えてくれた。さすがお貴族様は教養が高いと茶化したら睨まれたので、大人しく聞いたけれど……。
ジェイドがまとめたくれた話によると、神託にある不思議な言葉はこの世界を創り、動かすための言葉らしい。そして動かすには相応の権限が必要で、創始者であるマスター、サブマスター、コントローラー、サブコントローラーの四段階がある。アークはコントローラーの権限を持っているらしいけど、記録を見た感じではサブマスターになったはずだ。そして私は転生者だったからか、サブコントローラーに選ばれた。
たしかできることは、記録の閲覧とアークへの指示。だけど文献から、マスターの定めた範囲内における指示しかできないことが新たに分かった。つまり……。
(最後のマスターが魔王のプログラムを設定してしまったから、それを覆す指示はできない……)
そのことに気づいた時、私とジェイドは黙り込んでしまった。せっかく光が見えたと思っていただけに、ショックが大きい。それでもなんとか対抗できないかと、古代語を片っ端から頭に入れた。キャンセル、コール、リジェクト、オーダー……魔法の呪文みたいだ。
(できるか分からなくても、会ってみないと始まらない……やるしかない!)
私はジェイド、大聖女様と視線を合わせて頷く。できるだけの準備はした。飛ばされてすぐに戦闘になった時のことも考えて、二人とも腰に剣を佩いている。深呼吸をしてから水晶に手を当てれば、ひんやりとした水晶に感覚が研ぎ澄まされる。繋がるかなんてわからない。失敗したらと思うと怖くなる。
(だけど、今はジェイドがいるから……頑張れる!)
私は覚悟を決めて接続の呪文を口にした。
「システム・コネクト」
不安で口の中が渇く。無駄だったのかなと弱気になった時、無機質な声が返って来た。
「サブコントローラー権限により、コネクト……成功しました。サブコントローラーを転送します」
成功したと二人の顔色が明るくなり、私はとっさに命令をだす。
「オーダー! ジェイドも連れていって!」
「……サブコントローラーよりオーダー。……了承。これより、ヒスイ、ジェイド、二名を転送します」
そして次の瞬間、私たちは白い世界に立っていた……。
(そう……そうやって、私たちはここまで来たんだ……)
頭の中を通り過ぎていった今までの過去。辛く思い出したくないものもあったけれど、何が欠けても今の私はない。いつの間にか足が地についていて、急いで辺りを把握する。
「ジェイド!」
「ヒスイ!」
無事ジェイドは隣にいた。離れ離れにならなくて、ほっと安心する。そして見覚えのある景色に息を飲んだ。私たちは同時に剣の柄に手を添え、臨戦態勢を取る。
「ここ、ですか」
「うん。アークがいた場所」
白い部屋。途切れ途切れの映像が映る壁。反対の壁には5枚の写真が飾ってあった。息をひそめ、周囲を警戒する。
「ようこそ……サブコントローラー」
消え入りそうな弱い声が背後から聞こえて、私は剣を抜いて振り向き、正面に構えた。目に入った彼女の姿に驚く。
「アーク……?」
中性的なアークの姿は記録と変わらなかったけど、映像が乱れているみたいに輪郭が消えそうになっている。
「何か、指示がございますか」
記録の中にいたアークに比べれば、能面のような顔になっていて人間っぽさが無くなっていた。その姿になぜか胸が締め付けられて、構えていた剣を鞘に戻す。彼女から敵意は感じられない。いや、精気すらも……。
「ヒスイ、彼女は……」
「アーク……もう、壊れちゃったんだね」
両親が死んだ時、神なんていないと、救ってくれないと諦めた。そしてジェイドたちを失った時に、神を呪った。そして記憶と記録を見て、神を憎めなくなった。
私はアークに触れようとするけれど、手はすり抜けてしまう。そもそも実態はなかったのかもしれない。アークは私に顔を向けてくれているけれど、焦点はあっていなかった。
「ヒスイ、様……エターナルは、平和な世界に、なりましたか?」
途切れ途切れの言葉。私はぐっと言葉に詰まって、次々に切り替わっている映像に目を向けた。白黒の画質の悪い映像は、新年を迎えたエターナルの世界を映している。
(きっと、もう長い間この映像も見ることができていないんだ……)
だから、今のエターナルを知らない。神託も、意味をなしてなかった……。私はぐっと言葉を飲み込んで、アークに顔を戻し優しく答える。
「そう……だね。魔王がいるから、大昔みたいな人間同士の大きな戦争は起こってないよ」
するとアークはわずかに顔を動かし、うれしそうに微笑んだ。それが本来の彼女の姿で、エターナルをよくしたいと思っていることが伝わってきた。私も、ジェイドも顔を曇らせる。
「……リセットは、彼女の意思ではなかったのですか?」
ジェイドがそう言葉を零した。リセットという単語にアークが反応し、無機質な声が飛び出した。
「エターナル・リセット……。現実世界の記録の損傷、魂の劣化が、問題。エターナル維持のため、オートプログラムにより魔王プログラムの最終段階に、組み込まれました」
プログラムによる応答がアークの口から聞こえる。それが物悲しくて、私は下唇を噛みしめた。この悲しく虚しい因果を変えないといけない。
「アーク……魔王プログラムを解除したいの。エターナルもリセットしたくない……。どうしたらいい?」
アークはぼんやり私を見ながら、淡々と答える。
「サブコントローラー権限では、魔王プログラムの解除は、不可能。マスター権限が必要です」
プログラムが、エターナル自身がそう答えている。希望の扉がバタンと閉じられた気がして、私はぐっと拳を握りしめた。ジェイドが隣に立って、私の肩に腕を回して抱き寄せてくれる。正直、アークに会えたら何か変えられると思ってた。そんな甘い希望は打ち砕かれて、無情にも絶望が背後に迫って来る。
「ヒスイ……」
ジェイドもどうしていいかわからないみたいで、言葉が続かない。それでも、その優しさと存在がありがたい。悔しくて、虚しくて、やりきれない思いに涙が出てくる。
「どうしたら、いいの……? ここまで来たのに。エターナルを、アークを救いたいのに! アーク! お願い答えて! あなたもこの世界を救いたいんでしょ!?」
「……ヒスイ、様。エターナルを、平和に……。マスター……指示を、指示をください」
今にも消えそうなアーク。私は涙がこぼれて来て、壊れてしまったアークと、滅びゆくエターナルが見ていられない。
(こんなつもりじゃなかったのに……こんな、アーク……ごめん)
何故だか申し訳なくて、悲しくて。私と、私の中の奥底から叫ぶ声がある。アークを見ているとたくさんの記憶が蘇ってくる。エターナルのために頑張るアーク、たくさんのコードが並ぶパソコンの画面、喜ぶ仲間たちは4人。断片的に浮かんでは消え、そこから何かが掴めそうで掴めない。
「私に、何ができるの……? ここで世界を管理しているなら、教えてよ!」
お願いと絶叫したその時、目の前が真っ白になった。