表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/24

18.大聖女と創造神

 クリスマスの翌日から三日をかけて王都にたどり着いた私たちは、正体がばれると面倒なので雪除けのフードを目深に被って大通りを歩く。クリスマスが終わったら年越しで、街の人たちは新年を祝う食べ物や飾り物を買って備えていた。どこを見ても平和で、ジェイドはその様子を嬉しそうに眺めていた。心の中でお人よしだなぁと思う。


(でも、本当に帰ってきたんだ……)


 五年前に送り出され、アレンに乗って疾走した大通りを逆に進む。もう生きてここに戻ることはないと思っていたから、不思議な感じだ。見えてきた神殿は白磁の壁に覆われていて、太陽の光を受けて輝いている。門も柱も細かいレリーフが彫られていて、改めてみると前世のギリシャっぽい。そんな感想が出てくるくらい、私は前より前世の情報が増えていた。


 神殿に入ると、案内の人に呼び止められて事情を説明する。古くからいる中年の聖女で、私とジェイドの顔を覚えていたらしく、目を真ん丸にして奥にすっとんでいった。若い聖女見習いが青い顔をして私たちを応接室に案内して、お茶とお菓子を出してくれる。


(すごい……お化けでも見た顔してる)


 今まで魔王を倒した勇者が帰って来たことはなく、しかも10年前に死んだと思われていた先代勇者も一緒だからさらに混乱しているんだろう。私たちが大人しくケーキと紅茶をいただいていると、ほどなく大聖女様がやってきた。私たちが立ちあがって礼を取ろうとすると、彼女は手でそれを制して「座ってください」と優しい声で促した。

 5年が経ち、さらに大人の女性になった大聖女様は、私たちが座るソファーの向かいに座ると、お茶の用意をさせてから世話をする人たちを全員下がらせる。そして私たちの顔を交互に見ると、深々と頭を下げた。


「ジェイドさん、ヒスイさん……よく、無事で帰ってきてくれました。数日前の神託で神は、魔王が死んだことはお伝えになったのですが、まさか勇者様たちが戻ってきてくれるなんて」


 帰ることのない勇者を見送ってきた彼女には万感の想いがあるんだと思う。うっすら目を潤ませて、安心した顔をしていた。でも、喜んでくれているところ悪いけど、話しておかないことがある。挨拶は簡単に済ませ、私は本題を切り出す。


「あの、大聖女様……。信じられないかもしれませんが、この世界の真実について伝えたい事があるのです」

「この世界の、真実ですか」

「はい……」 


 私はジェイドと目を合わせ頷くと、私とジェイドが知ったこの世界の成り立ちと、魔王と勇者について互いに補足を入れながら話した。彼女は途中から口に手を当て、辛そうに眉尻を下げながら相槌を打ってくれる。慈愛の大聖女と呼ばれるだけあって、世界の不条理に涙し、共感してくれた。聞き方が上手なのか、時折かけてくれる言葉が思いやりに溢れているからか、話していると気持ちが楽になってくる。きっと、これが彼女が大聖女として長年務めている理由なんだろう。

 そして私たちが話し終わると、彼女はもう一度深々と頭を下げ振り絞るように声を出した。


「ジェイドさん、ヒスイさん……そのような重く、辛い役割を背負わせてしまい申し訳ありませんでした。そして、この世界の滅びを食い止めてくださりありがとうございます」


 彼女は私たちをまっすぐ見て、謝罪と感謝の言葉を口にした。胸の奥がくすぐったくて、温かい。なんだか照れてしまって、「役割ですから」とそっけなく返してしまった。そしてふと思う。


(こうやって直接謝られて、感謝されるの初めてかも……)


 勇者として活動して、救った人たちにはいつも感謝された。でもその一方で、救われるのが当然だとも思っているのが透けて見えたから、素直には喜べなかった。だけど彼女は勇者の重荷をよく理解していて、その上で申し訳なく思ってくれている。そういう人からの感謝の言葉は心に響く。その心地よさに、私は気づく。


(そっか……私、この言葉が欲しかったんだ)


 素直な、ごめんなさいとありがとう。それだけでよかった。それに気づくと心が軽くなって、楽になる。私がじんわりと感動に浸っていると、ジェイドが話を進めた。


「それで大聖女様。私たちは神を止め、この世界を変えようと思っています。なので、神と会う方法についてご存知なら教えていただきたいのです」


 そうジェイドが尋ねると、彼女は顔を曇らせて少し考え込んだ。やがて口を開くと、硬い声音で話し出す。


「私も、不審に思ってはいたのです……。私が神からいただく言葉は短く、勇者が現れた、そして魔王が滅んだ。この2つだけです。……ですが、大昔の文献をあたると、以前はもっと具体的な神託があったらしいのです。私の力が及ばないからかと思っていましたが、ヒスイさんの話を聞く限りでは、きっと神も壊れかけているのだと思います。時間が経つと共に古い魂の記録は劣化し、現実世界の情報も膨大な記録の中に埋もれています」


 彼女は冷たくなった紅茶で喉を潤し、悲し気に言葉を続ける。


「ですからできるなら、神を……そしてこの世界を救ってください。恥ずかしながら無力な私たちは、二人に縋るしかないのです」


 彼女はどこまでも汚れなく、慢心もしない。だから、彼女が願うなら、力になりたいと素直に思った。それにアークもどうしてか放っておけない。


「ヒスイさんが聞いたというシステムや、エラー、マスターという単語は神の言葉として、今までの神託を記録した書物に書き記されています。そこに神への道を開く言葉があるんです」


 神へ至る言葉と聞いて、私たちはじっと耳を傾ける。それこそ欲しかった情報かもしれない。


「代々大聖女がその言葉を唱えても、神への道は開かれませんでした。その言葉は、システム・コネクト……この言葉を記録の間の水晶に手を当てて唱えれば、神のいる世界に行けると伝わっています」


 システム・コネクト。つまり、神がいるシステムへの接続を意味する言葉だ。私はパッと道が開けたような気分になって、口角を上げる。


(どうやって止めたらいいのかは分からないけれど、これでまずは会えるかもしれない)


 ダメだったら、その時また考えればいい。なにより今は、少しでも前進したことが嬉しかった。


「大聖女様、ありがとうございます。必ず、この世界を変えてみせます」


 ジェイドと大聖女様の影響か、私はいつになく前向きな気分になれていた。ジェイドも「任せてください」と微笑んで彼女を安心させる。そして彼女はまた頭を下げた。


「お願いします。あぁ、それと神とお会いになるのでしたら、いくつか残っている文献があるのでお読みください。門外不出なので、書物庫での閲覧となりますが」


 文献と聞いて、今までろくに本を読んでこなかった私は気が遠くなる。だけど、何の準備もせずに神に会うわけにもいかない。


(それを読むことで、少しでも前世の記憶を思い出せるかもしれないし……)


 頑張ろうとは思うけど、ついお願いとジェイドに視線を向けてしまった。ずっと剣を振って筋肉を鍛えてきたから、いまさら文字を読んで理解する脳は残っていない。「筋肉があれば全てを解決できる」と、筋肉をみせびらかしてポージングをするマッスンが浮かんでしまった。脳筋と馬鹿にしていたのに、もうマッスンを笑えない……。

 ジェイドは私の学の無さについてはよくわかっているはずなので、呆れた顔をしている。私はジェイドが読んで理解したのをまとめて教えてもらうくらいがちょうどいい。ジェイドは仕方がないと聖女に顔を向け、軽く頭を下げた。


「では、その文献をもとに対策を考えたいと思います」


 そこで世界についての話は終わり、彼女は世話付きの人たちを呼んで温かいお茶をいれてもらった。甘いクッキーも追加されて、頭を使って疲れた私は喜んで手を伸ばす。談笑が始まり、ジェイドはこの10年間にあった出来事を熱心に聞いていた。


 そして一時間ほど話し、ジェイドはまだ時間があるからと先に書物庫へ向かった。私は本に囲まれていても頭が痛くなるだけなので、素振りでもするつもりだ。中庭にでも行こうかと立ち上がると、大聖女様がからかうような笑みを浮かべて近づいて来た。


「ヒスイさん……ついにジェイドさんと恋人になられたんですね」

「ひぇっ!?」


 私は不意を突かれたこともあって、顔を赤くし首を激しく横に振る。


「ち、違います! これは、形見をそのままにしていたというか。いやもう形見じゃないんですけど。あぁ、それにこっちのピアスは深い意味はなく、ただ翡翠のを外すのも面倒だっただけで!」


 しどろもどろになってしまい、大聖女様はますますおもしろそうに、にっと口端を上げた。神に仕え人々を導く聖人の顔ではなく、恋の話が好きな女性の顔になっている。慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、「全てわかってますから」とでも言いたそうだ。


「本当にそういう関係じゃないんですからね!」

「そうですか。ではそういうことにしておきましょう……。ヒスイさんの雰囲気が柔らかくなったから、てっきり幸せになったのかと邪推してしまいました」


 そう言って彼女は頬に手を当て、溜息をつく。じとっと見つめられればなんだか居心地が悪い。


「お二人は辛いことがあったとはいえ、お若い姿のままで、しかも恋人まで手に入れられたのなら羨ましいと思ったのです。大聖女として恥ずべきですね……」

「いえ、大聖女様も素敵なので……」


 落ち込む彼女に、思わず励ますような言葉をかけようとするが、そもそも大聖女は結婚できないことを思い出して口をつぐむ。聖女はまだ身分が俗世にあると考えられているので、結婚は許されているが、大聖女は神に準ずると考えられているのでその役目が終わるまで結婚はできない決まりだ。


「いいのです。大聖女になる時に覚悟しましたもの。でも、幸せな二人を見るとつい思ってしまうのです。私も聖女に戻って、ささやかな愛がほしいと……。すっかり適齢期は過ぎてしまいましたわ……」


 おそらく彼女は30を過ぎているはずだ。その言葉が胸にささって、私は乾いた笑みを浮かべる。


「えっと……なら、もし神様に会えたら、大聖女が結婚できないか訊いてみます」


 それが私にできる精いっぱいで、彼女はパッと表情を明るくして花が開くように笑った。


「お願いしますね」

「は、はい……」


 私は神を止め、世界を変えるという使命に、大聖女を結婚可能にするというものまで加わり、妙なプレッシャーを感じるのだった。


書いているうちにヒスイが神に対して、助けたいと思うようになったので、第一話目のヒスイが神に対して抱いている想いを、マイルドに変えました。特に話の筋に影響はありません。 12/30

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ