17.温かくもふもふな聖なる日
一日が欲しいと言ったジェイドに連れられ、私は宿の外に出た。空気はまだ冷たくて、身震いする。吐く息は白く、夜には雪が降りそうだ。
「ヒスイ……離れないでくださいね」
ジェイドに手を差し伸べられ、私は少しむっとした顔をしてその手を取る。
「……もう子どもじゃないのに」
子ども扱いされたみたいでおもしろくない。でも温かさはありがたいから、手は繋いだ。私はジェイドの右に並んで歩く。
「別に子ども扱いはしていませんよ。私が繋ぎたかったのです」
そう嬉しそうに微笑みかけられれば、言い返す気も起らなかった。もともと顔は整っているから、一つ一つの動作に華がある。その証拠に歩いているだけで街の人たちの視線が釘付けだ。これだからイケメンはと思うと同時に、違う可能性に気づく。
「ねぇ、ジェイドのこと覚えている人もいるんじゃない?」
もう10年前とはいえ、ジェイドは勇者だった。生きていることが分かったら騒ぎが起きるかもしれない。
「もし覚えている人がいても、他人の空似でごまかしますよ。それより、ヒスイのほうが覚えられているでしょう」
「あーたしかに。けど、別にばれても困らないかな。もう私は勇者じゃないし」
「でも、まだ勇者の剣はあるのでしょう?」
昨日、アレンに乗って街へ向かう間に、私の中にまだ勇者の剣が宿っていることを確認していた。でも魔王が滅んだ直後は魔物の出没が減り、平和になるから勇者の出番はない。だから、まだ魔王のプログラムが続くのなら、この剣は5年後に新しい勇者を選びにいくのだと思う。私は神木代わりということだ。
「あるけど……もう勇者なんてごめんよ」
「それは、同感ですね」
ぽつぽつと話をしながら、私はジェイドについて行く。行く当てはないみたいで、クリスマスに色めいている町を見ながら、気ままに歩いた。途中で気になった店に入ったり、屋台のホットワインを飲んで体を温めたりしていれば時間は過ぎる。
「そろそろお昼ご飯にしましょうか」
「そうだね」
ほどよくお腹も空いていて、私たちは近くにあった店に入る。店の中はすでに賑わっていて、クリスマスだからかカップルが多かった。私たちは暖炉の近くの席に案内され、注文すると暖炉の温かさを感じながら穏やかな気持ちで話をする。しばらくとりとめのない話をしていると、料理がやってきた。
「本日のおすすめ、オニオングラタンスープです」
そう言って置かれた料理は寒さのあまり即決してしまったもの。ジェイドも同じものを頼んでいて、丸く膨らんだパイ生地からは香ばしい匂いがしていて食欲をそそる。私はスプーンを取り上げて、パイ生地の真ん中に差し入れた。サクッと音がしてパイが割れると、中から湯気とともにオニオンスープの香りが昇って来る。
「中にバゲットとモッツァレラチーズも入ってる」
豪華でしっかりお腹も膨れそうだ。私はさっそくとスープをすくい、息を吹きかけてから口の中に入れた。甘くとろけた玉ねぎを、コンソメとバターの味わいが包んでいる。ほっと一息ついて、ゆっくりご飯を味わえることをありがたく思う。
「おいしい……」
一人の時は生きるために、お腹が空くから仕方なくご飯を食べていた。しかも気楽にご飯を食べている人たちが目につくから、たいてい屋台で何かを買って部屋で食べることが多かった。けど今は、ジェイドがいるから安心してご飯を食べることができる。
「おいしいですね。生きていてよかったと思えます」
その言葉はスープと一緒に、私の中にじんわり入って来る。
「うん、そうだね」
村が竜に襲われて両親が死んだときも、一人残された時も、死んだ方がましだと思った。だけど、こうやって穏やかな時間が過ごせるなら、生きているのも悪くない。おいしいご飯を食べると、なおさらそう思う。
スープをしっかり吸ったバゲットに、伸びるモッツァレラ。しっとりしたパイ生地を玉ねぎと一緒に食べれば幸せが広がる。朝食もそうだったけど、あまりにおいしくて私たちは言葉数少なに食べ進めた。
そしてスープを食べ終え、デザートを待つ間にジェイドは「ヒスイ……」と呼び掛けて、胸元から小さな箱を取り出しテーブルに置いた。飾り気のない小さな箱で、何だろうと首を捻る。
「クリスマスプレゼントです。時間が無かったので、簡単なものですが……」
「え、いいのに。私、何も用意してない。……いつ買ったの?」
用意するも何も、この町に着いたのは昨日の夜だったし、買い物に行く時間なんてなかった。それはジェイドも同じはずなんだけど……。
「今日の朝です。ヒスイはまだ寝ていましたけど。だから気にしないでください。ほんの気持ちですから」
目で開けるように促され、その箱を手に取ると軽かった。そっと開けると、キラリと光るものが小さなクッションに挟まれている。。
「……え?」
箱の中に入っていたのはピアス……でも、ただのピアスじゃない。
「……これ」
金具に石がついたピンのようなピアスで、飾り石の大きさは小指の爪ぐらい。よくある形のピアスだけど、飾りは二つの石を半分に割って合わせていた。二つの違う石が、一つの石のようになっている。そして、その石の色は特別だった。
「ルビーにアメジスト……赤に、紫」
私は一つを手に取って、じっと見つめる。店の明かりを反射させ輝く二つの宝石は、マッスンとアンを思い出させた。赤い短髪の暑苦しいマッスンに、小豆色のお団子頭のアン。二人のように石は寄り添っている。
胸に押し寄せるものがあって、私はしばらく無言でそのピアスを見つめていた。二人との思い出が頭の中に浮かんでは消えていく。しんみりとした私に、ジェイドは優しく声をかけた。
「マッスンも、アンも、大切な仲間ですから」
「……うん。そうだね」
私は翡翠のピアスが嵌っていない右耳に髪をかけ、耳たぶに触れた。前世だとピアスの穴を開けるのに道具が必要だったり、ケアをしたりしないといけなかったけど、ここなら魔法を制御すればすぐできる。痛みも少ないし、血も出ない。
私は耳たぶに魔法で小さな穴を開け、回復魔法で穴をふさがないように傷を治す。それから二人をイメージしたピアスをつけた。ジェイドも同様にピアスがついていない左耳にそれをつける。
「おそろいが増えましたね」
向かい合った私たちは鏡のようにおそろいのアクセサリーが耳についている。おそろいと言われて、頬が熱くなった。今までは形見だと思っていたから気にしていなかったけれど、これは恋人たちがよくしているペアリングのようなものだと気づく。
「……特別な意味はないからね」
すごく恥ずかしくなってきて、私はふいっと拗ねた表情をして顔を背けた。赤くなった顔を見られたくない。つっけんどんな言い方になって、まだ素直になれないし認めたくない。ジェイドはそんな私を見て喉の奥で笑い、極上の笑みを浮かべた。幸せそうでとろける微笑。心臓に悪い。
「今はそういうことにしておきましょう。ヒスイがそう望むなら」
「……本当に深い意味はないからね。おそろいじゃなくても、よかったし」
「そうですか。なら、ヒスイのイヤリングを返してもらいましょうか」
ジェイドは物腰柔らかな口調なのに、余裕そうでちょっと小憎たらしい。勇者だった時は物静かで落ち着いた感じだったのに。
「こ、これはもう私のだからダメ! ちょっとジェイド、性格変わったんじゃない?」
「そうですか? まぁ、一度死にましたから性格くらい変わるかもしれませんね」
何を言ってもジェイドには敵わない気がした。私はちょうどよくやって来たデザートのアイスを食べ、熱くなった体を冷ます。ミルクが濃くておいしい。ジェイドはチョコレートのアイスを食べながら、楽しそうに私を見ていた。
その後も私たちは街を回り、武器や防具を見た。そしてお留守番をしているアレンの好物を買って帰り、アレンのご機嫌を取った後はジェイドのお楽しみタイムとなる。アレンのブラッシングをして毛並みを堪能し、街で買った小物でアレンを飾り立てる。旅の仲間となる獣は、特に騎乗タイプは鎧や装飾品が充実している。その中でもジェイドは戦闘に向かなさそうなリボンや、アクセサリーを付けては可愛さに悶えていた。
「あぁ……アレン、可愛い。この柔らかさに、香り。黒のリボンがよく似合ってるよ」
昔からの彼の趣味なので、私は生暖かい視線を向けながら椅子に座って紅茶を飲む。ジェイドはアレンとの世界に入ると、しばらく戻ってこないのだ。ファッションショーに付き合い、大人しく撫でられているアレンだが、哀愁の漂う目をこちらに向けていた。しっぽが抗議するように、ピシりピシりと床を打っている。
(ごめん、アレン……ジェイドの癒しになってあげて。それにアレンも、構ってくれる人が欲しそうだったじゃん)
私と二人旅の時は、騎獣として大変お世話になった。戦闘能力も高く、いい相棒という位置づけだ。労いの意味を込めて頭を撫でることはあっても、ジェイドのように全身をもふるということはない。だからかたまに物足りないと鳴いて体をすりつけてきたこともあったのに……。
(構われると、やっぱり嫌なんだね)
あの全てを諦めたような目は、昔もよくしていた。それでもジェイドが大好きで、くっついて眠る姿は可愛いい。私は頑張れと心の中で応援をして、少しずつ戻って来た日常を噛みしめていた。