16.神に反逆するものたち
翌日、ゆっくり休むために、私たちは朝食を食べてから部屋で休んでいた。窓際にある小さな丸テーブルに向かい合って座っている。アレンはジェイドの足元で眠っていて、やっぱり私よりジェイドが好きなんだとつま先でつつきたくなった。
宿は大通りに面していて、窓からは道を行きかう人たちの声や品物を売る店員の声が聞こえてきている。視線を向ければ、街はクリスマスカラーで小物や食べ物、武器がたくさん売られていた。今日がちょうどクリスマスで、ジェイドは外に視線を向けて懐かしそうにしている。
「皆が、幸せそうでよかったです。それにヒスイとクリスマスを祝えるなんて、夢のようですね」
決戦の前に、四人でもう一度クリスマスを祝おうと言ったきりだった。ヒスイも勇者になってからクリスマスを祝ったことはなく、久しぶりに穏やかなクリスマスを過ごしている。
それに、今朝早く神殿の大聖女に神託があったみたいで、魔王が滅んだことが全世界に伝えられた。朝食を食べた下の料理屋では、みんな口々に最高のクリスマスプレゼントだと喜び、祝杯をあげていたのだ。
「本当にジェイドはやさしいね。私は、私たちの苦労も知らないで浮かれてるって腹立たしく思うけど」
正直な想いを口にすると、ジェイドは苦笑を浮かべてテーブルに置いてあったカップを手に取った。下の料理屋でホットココアをもらってきていて、二人して息を吹きかけて冷まし、ゆっくり飲む。ほどよい甘さにカカオとミルクの香りがして、温かさが全身に広がっていく。その甘さと温かさに、少しだけ優しくなれる気がしたから、言葉を続ける。
「けど、ジェイドが嬉しそうにしてるから、私も喜ぶわ」
「嬉しそうにしてますか?」
「うん……そういう姿を見てると、やっぱりジェイドのほうが勇者の資質あったんだなって思う」
世界のために、関係のない人たちのために頑張れて、平和に生きている姿を喜んでいる。のうのうと生きていて恨みがましく思った私とは大違いだ。
温かいココアをゆっくり飲んでいると、ジェイドがじっと見つめていることに気が付いた。なんだか恥ずかしくなって、不機嫌っぽい声を出してしまう。
「……何?」
「いえ。大人になったんだなと思って……。いつの間にか私たちは同い年ですからね。信じられません」
ジェイドは魔王に敗れた後、眠らされていたのか、肉体は全く年を取っていなかった。ジェイド自身が意識を取り戻したのは、私が魂の鎖を斬った時らしくて彼の時間は10年前で止まっているらしい。逆に私は最初に魔王に挑んだのが15歳で、そこから5年封印されて、その5年後に勇者として魔王城に行ったから、今は20歳。まだなんだか違和感がある。
「まぁ、ちょうどいいんじゃない?」
何がとは言わないし、言えない。ジェイドも「そうですね」と分かっているのか分かっていないのか、曖昧に言葉を濁していた。私たちの関係は、仲間なのか、恋人なのか。
(はっきりさせると、終わりが来そうで怖いもの……)
アンとマッスンという素敵な恋人たちがいた。目を背けたくなるほど熱々で、決戦の前には婚約もしていた。でも、二人がその先の幸せを掴むことはなかった……。
「ヒスイ……これから、どうしますか?」
考え込みそうになって、私はハッとして顔を上げる。暗い表情になっていたかもしれない。ジェイドは気遣った顔をしていて、私はごまかすように笑った。
「そう、だね……。この世界については、昨日だいたい話したでしょ。だから、私は神を止めに行こうと思う」
昨日、アレンの上で知っている情報を出し合った。ジェイドも魔王になったためか、勇者と魔王は決められたもので、終わりが近づいていることは知っていた。ジェイドの知識はこの世界だけにとどまっていて、エターナルの真実について話すと愕然としていた。そりゃそうだ。誰だって、別の世界の住人がこの世界を創って滅ぼそうとしているなんて信じられない。
たぶん私が世界の真実を知ることができたのは、前世の記憶を持った転生者だからだと思う。細かくは思い出せないけれど、機械のような声がそんなことを言っていた気がする。
「神……管理者のアークですね。アークの名は創造神、そして邪神を倒した神として聖書にも書かれています。信じがたい話ですが、全て神の意志だっただなんて」
「……まぁ、記録を見た感じでは、彼女が望んだってわけではなかったみたいだけど。止めることもできないみたい」
私の中に入った情報は断片的で、前世のことも結局よく分からなかった。自分は誰で、何をしていたのかすら。
(ただ、あのアークって子は、なんかほっとけないんだよね)
アークの記録を見た限り、この世界を良くしようと頑張っていたように思えた。不思議と力になりたいと思ったんだ。
「そうですか……それで、どうやってアークを止めるつもりなんですか?」
神なんて存在は、神話の中だけ。神託によって存在は認められていても、居場所なんて分からない。そもそも会えるものなのかすら。ただ、気になるところはある。
「……全然分からないんだけど、まずは神殿に行こうと思うの。大聖女様は神託を受けているから、神様のこと知ってるかもしれないでしょ? それに、あの記録の間の雰囲気が、特別な気がして……」
あの時は鬱屈としていて、辺りに注意を払うこともできていなかったけれど、あの場所の空気は違っていた。自然と背筋が伸びる感じで、神聖なものを感じた気もする。
「大聖女様ですか……いいかもしれませんね」
「ここから王都までは距離があるから、明日にでも出発しようと思う」
ここは魔王城から一番近い街で、王都にはアレンに乗っても三日はかかる。
「わかりました。それでいきましょう」
そして私はすっかり冷めたココアを飲み干してカップを置くと、ジェイドを正面から見つめ返した。最後に、確認しておくことがある。
「ねぇ、今までの魔王やジェイドの話も合わせると、魔王の魂が入れられた私は眠りについているはずなんだよね」
「……えぇ。死んでいないからという可能性もありますが、今まで勇者が生きて帰ったという話はないので、どちらにせよ動けているのは奇跡です」
「なら、きっと私にはまだ役割があるんだと思う。……もし、魔王になるならおそらく10年後。魔王が復活する直前だと思う」
魔王の魂の核は埋め込まれたらしいけど、今のところ何も変化はない。これから徐々に魔王の魂が育って、乗っ取られるのかと考えると少し怖いけれど、分からない未来のことを考えてもしかたがない。
「……考えたくありませんが、その可能性が高いでしょう」
でもそのタイムリミットは、今までの絶望に比べたら軽いもの。私は軽く笑みを浮かべて、言葉に力を込める。
「なら、受けて立つわ。もう一人じゃないもの。魔王の魂になんて負けないし、その前に世界を変える」
ジェイドが一緒なら、おかしいくらい勇気と希望がわいてくる。そしてテーブルに置いていた手に、ジェイドの手が重なった。
「えぇ……必ず守ってみせます。一緒に世界を変えましょう」
そう力強く言い切ってから間を開けると、ふわりと微笑んだ。その誰もが羨む美貌の笑顔に、私の心臓は跳ね上がった。どんな窮地に立っても冷静でいられたのに、ひどいありさまだ……。そして私の手を包み込んで、少し首を傾けた。その仕草はずるい。
「だからヒスイ。もし、私のことを特別に思ってくれているなら……今日一日、私にくれませんか?」
甘く囁いてくるジェイドに、魔王に挑む前すら静かだった心臓がうるさく主張する。顔が赤くなるのを見られたくなくてジェイドの空になったカップを奪い取り、「下に返しにいく」と逃げ出した……。
やっと、浮上してきました……。さっさといちゃつけばいい……。




