14.世界の真実
“魔王の魂の培養……成功。魂のリムーブ……失敗。対象をスリープ……失敗。エラー。エラーコード1、対象は管理者権限を保持。対象は転生者です。エラー……”
ふわふわと浮遊感だけがある。夢を見ているのか、現実なのかよく分からない状態で、無機質な声だけが響いている。視界は真っ白で体も動かせないし、声も出せない。
“イマージェンシー。管理者権限保持により、サブコントローラーに認定。記憶の封印が強制解除されます。解除まで、5、4……”
理解できない言葉が並んでいて、私の意識は再び闇に沈みそうになる。もう少し眠ろうとした時、頭にすざましい量の映像が流れ込んできた。その情報量の多さに耐え切れず、私は再び意識を手放した。数多の中で、無数の情報が組み合わされ整理されていく。それは一つの映画のように物語を映し出した……。
「世界が一つだと信じていた時代が終わりを告げてから100年。科学が発達した地球の国、二ホンから新しいシステムを提供します」
車が空を飛び、高層ビルが立ち並ぶ世界。人間はついに異世界を発見し、魔法文明や古代文明、超科学文明と様々な世界と交流し、地球世界は発展していた。
街のいたるところに設置されたホログラムが女性を写し、新しい時代の幕開けを告げている。中性的な顔立ちで、黒髪は短く顔だけだと男性にも見えた。彼女は人当たりのいい笑みを浮かべて、説明を続ける。
「それは、魂の世界、エターナルです。ここでは魂と情報を保管することができます。今まで幾度の戦火によって、貴重な文化が失われてしまいました。ですが、このエターナルにその記憶をもった魂を保管することで、情報として残すことができます。また、この世界は魔法文明の世界をもとにしており、生まれ変わって生活することが可能です」
エターナル。それは、永遠を意味する言葉。街の人たちは足を止めて、新発表に釘付けになっていた。どよめきが生まれ、危険視する人、不安を顔に出している人、異世界転生だと騒ぐ人。反応はそれぞれ。
「もちろん全ての魂を受け入れることはできません。優れた能力を有する人や人格者、不慮の事故や病気で亡くなった方を優先的に選抜します。ご希望の方は、弊社エターナルの窓口よりお手続きください。なお、自殺者の魂は受け入れられませんので、お気を付けください。詳しくは弊社のホームページで確認ができます。申し遅れましたが、私はエターナルを管理している魂の存在、アークです。では、共に永遠を生きましょう」
アークと名乗った女性が頭を下げた。ここからエターナルの時代が始まる。
時が少し進む。コンピューターがたくさんある部屋はエターナルを管理する本部のメインコントロールルームだった。正面のスクリーンにはエターナルの街が映っている。手前のサブスクリーンにアークが映っていて、受け入れた魂について報告をしていた。その報告を聞いているのは四人。他にもコンピューターに向き合ってキーボードを叩いている人たちがたくさんいて、無事システムは稼働している。
「現在、受け入れた魂は異世界も含めて一万になります。初期段階のため、青年期からスタートしています。なお、システム維持のために作られた人たちと合わせると、五万です。各世界の著名人や知識人が多く含まれており、その知識は記録の間に残され、いつでも引き出すことが可能です」
その報告を聞いていた一人の男性が振り返り、安心したように微笑んだ。
「社会に大きな混乱もありませんし、法律面も全てクリアしています。これでエターナルは後世まで受け継がれていきますよ」
「えぇ、ありがとう。アークも、管理者としてお願いね」
「お任せください」
アークは子供っぽい笑みを浮かべて、「ではまた」と画面の向こうに消えた。彼女は神としてエターナルを維持する役割がある。ここからは彼女と、エターナルで生きる人たちが世界を動かしていくことになるのだ。ここで一度映像が途切れる。
“エラー。記憶の劣化が激しく、一部読み取り不能。コマンド221、管理者権限により情報開示請求。アークに蓄積された記録を読み込みます……エラー、一部の記録が破損。読み込み可能な記録のみ参照”
無機質な声は、先ほどのアークのものに似ていた。でも、映像のアークの声はもっと人間らしくて、生き生きとしていたが、こちらは機械のような声だ。しばらくすると、また映像が流れてくる。アークの視点から見た記録のようで、白い部屋に映像が映し出されていた。感情まで伝わって来て、まるで私がアークになったようだった。その映像は病室のようで、寂し気な声が響く。
「最後の創始者が逝ってしまった……」
視点が動き、目に入ったのは5枚の写真。
「マスターたちは楽しく生活してるかな……次は、誰がマスターになるんだろう」
虚しい響きを含んだ言葉。そこから映像は断片的になり、エターナルは100年、200年と月日を重ねていく。最初に受け入れた魂は全て寿命を迎え、記録の間にその生涯を記録されて新しい命として生まれ変わっていた。エターナルが開始してから数十年に一度、外の世界から魂が送られている。時々記録の間に保管されている情報が引き出されることもあって、アークは忙しい日々を過ごしていた。
だけど徐々に外の世界からの指示が減り、通信も途絶え始めた。アークは外の情報を得ることができない。それでもたまにある通信から、全世界を巻き込んだ戦争が起こっていることが理解できた。
さらに時は過ぎ、500年が経ったころに久しぶりの通信が入った。その頃には完全に魂の供給が止まったため、エターナルはすでにある魂のみが循環する閉じた世界となっていた。外の世界の記憶は薄れ、記録だけが残っていく。現実世界はおとぎ話のようになり、争いが繰り返される。
「外でも、中でも、人間は戦争ばかり……」
白い世界に映し出されているのは、争いを続ける人間たちの姿。その映像をアークは白い床に座ってぼんやりと見ていた。聖女を使って神託をしても、戦争は無くならず、神への信仰が薄れるばかり。それどころか、信仰に厚すぎる人たちは神のために他者を滅ぼそうとする。アークには理解ができなかった。
最初と様変わりをし、エターナルの意義も失われつつある中、アークはこの世界をどう導けばいいのか分からなくなっていた。そんな時、通信が入ったのだ。
「……こちら二ホン本部です。マスターコード入力完了。マスターを引き継ぎました」
若い男の声で、久しぶりの他者の存在にアークは嬉しくなって立ち上がる。
「マスター! アークです。指示をください!」
マスターからの指示は、アークにとって天啓だった。彼らの指示に応えるのがアークの仕事であり、存在意義であるように作られている。だが、その男が口にしたのは思いがけない事実だった。
「アーク……申し訳ありませんが、もうこちらから指示は出せません。もうすぐここの動力は落ち、エターナルを扱える人間もいなくなります」
淡々と気力に乏しい声で、アークは必死にその声に向けて想いを訴える。
「どうしてですか!? まだエターナルは不完全で、私ではどうしていいかわかりません。ずっと戦争が起きていて……」
「あぁ、そちらでも戦争ですか。本当に、人間は救いようがありませんね……」
厭世的な声。すでに無力さに押しつぶされたような覇気のなさに、アークは嫌な予感がした。破滅の足音が聞こえる。
「こちらも戦争が続き、もうここも落ちます。敵の狙いはエターナルでした。魂の保管庫……それを奪えば、殺戮兵器を生み出せると」
「そんな……」
血の気が引いていく。最初のマスターたちが手塩にかけて創りあげ、その後のマスターとアークが育ててきた世界。それを奪おうとするなんて許せない。
「だから、こちらの世界との接続を完全に切ります。データも全て消します……。エターナルはすでに独立した世界となっているので、こちらと断絶しても問題はありません」
あくまで事務連絡のように彼は話す。でも、アークにとっては一大事で、頼れる人がいなくなるという事実にうろたえ、混乱する。
「そんな! これから私一人で世界を管理するのですか!?」
「……はい。今まで通り、その世界を平和に、永遠の楽園にしてください」
そこには現実世界がそうではないという皮肉が込められており、アークは胸が苦しくなる。
「なら、あなたも来てください! すぐに受け入れますから! 私のサポートを!」
「いえ、私は永遠を望みません。それに魂の道も閉ざされますよ……。魔法の世界、憧れではありましたけどね。あぁ、例えば、人間に共通の敵がいれば団結できるかもしれませんよ。魔王と勇者……根強い夢物語です。あぁ、もう時間はないようです。では、アーク。エターナルで過ごす全ての魂に平和と愛を……さようなら」
「マスター!」
その言葉を最後に、プツリと繋がりが切れたのが分かった。同時に管理者としてのプログラムが作動し、口が動いて無機質な声が出た。
「現実世界と通信途絶。エターナルを隔離し、独立させます。そのため、アークがサブマスターとなります。これ以降の管理者にはサブコントローラーの権限が与えられます。サブコントローラーは、記録の閲覧とアークへの指示が可能です」
声に感情はないのに、アークの頬には涙が伝った。作られた魂でも、感情はあり痛みも感じる。エターナルで暮らす人たちと何の変わりもなかった。
そしてさらに、オートプログラムが発動し、アークが意図しなかった言葉が口から出る。
「マスターコマンド。魔王プログラムを発動。邪神と英雄の設定をもとに、魔王と勇者を生み出します。魔王を人間の共通の敵とすることで、争いが低減すると予想されます」
マスターの最後の提案が指示と捉えられたようで、予め創始者たちによって組み込まれていたアークのオートプログラムが反応したのだ。
「え、それでも戦いがなくなるわけじゃないよ! もっと、平和的な解決方法が欲しいの! コマンドキャンセル!」
アークは慌てて取り消そうとするが、すぐに自分の口から返答があった。
「サブマスター権限ではキャンセルできません。このプログラムのキャンセルには、マスター権限が必要です」
何度キャンセルをしようとしても同じだった。無機質な自分の声が同じ返答を繰り返す。ふと映し出されたエターナルの世界を見れば、魔王が現れ大軍を率いて一つの国に攻め入っていた。皮肉なことに、人間同士の戦争は止まっている。
「嘘! ダメ! 魂が、どんどん死んでいく……」
映像の隅に出ている魂が生まれ変わったことを示すメーターが急速に回転していた。
「どうしよう……どうしたらいいの? マスター……」
そこで映像は終わり、私は揺さぶられているのを感じて意識を浮上させた。