13.願いを託した短剣
短剣を突き刺した瞬間、魔王の断末魔が聞こえて闇が霧散する。魂に直接干渉したから、意識が保てないはずだ。同時にその短剣を持つ私の魂も影響を受け、魔王側に引っ張られた。
(え?)
視界が真っ暗になる。浮遊感はあるけど感覚は変わらない。さっきまでと同じように短剣を持って闇の中に立っていた。魂だけの私は半透明で、頼りなく見える。
「小娘、どこにいる。今すぐ八つ裂きにしてやろう!」
上の方から魔王の魂を感じる。見つかるわけにはいかない。魂を傷つけられれば、再起不能になると直感が告げていた。
(早く、ジェイドの魂を見つけないと……)
私は漆黒の闇の中をジェイドの魂を探すために落下するように降りていく。
「どこ!? ジェイド! 勇者たち!」
呼びかけながら加速して降りていくと、キラリと底のほうで光が見えた。それは瞬く間に大きくなり、押し寄せてくる。
「ジェイド!」
先ほど見た魂の塊が、救いを求めるように昇って来た。よく見れば、魂は真紅の核と鎖で繋がれている。短剣がそれを斬れと脈を打った。
「安らかに眠って!」
私を取り囲むようにして止まった魂の牢獄を断ち切っていく。鎖を斬れば、光の玉は人の形となった。死んでいるからか、私とは違ってはっきりと見える。年は20代くらいで、男も女もいた。自由になった魂は口々に礼を言い、頭上の光へと向かって進む。そこが出口らしい。私は次々に魂を解放していく。
「ジェイド、どこ!?」
「させるか!」
突如降って来た声に顔を上げれば、魔王が迫ってきているのが見えた。黒い長剣を握り、急降下している。遠目に見た魔王の姿は半透明で、姿が変わっていた。紅い髪は短く、瞳は黒い。私は急いで残りの鎖を断ち、最後の一つへと駆け寄った。
「最後の一人!」
黒と青色が混ざった魂の鎖を断つと同時に、私の頭上に剣が迫る。咄嗟に結界を張るが簡単に突き破られた。
(やられる!)
体を捻って避けようとするが、感覚で避けきれないと悟ってしまう。反撃にかけようと痛みを覚悟した時、金属音が鼓膜をつんざいた。ハッと目を見開くと視界に黒紫が広がる。息を飲んで顔を上げれば、剣身に手を添えて剣戟を防ぐジェイドがいた。幅のある両刃の剣が魔王の突きを防いでおり、その姿を見て泣きそうになる。必死な顔で魔王を睨みつけているジェイドは、隣で戦っていたあのジェイドだった。
(ジェイドがいる……魂は無事だったんだ。それに、体もある。もしかしたら、生き返るかもしれない)
エターナルに蘇生術はないけれど、ジェイドの体は生きていて魂もその中にあるなら、魔王の魂さえ封じてしまえば体を取り戻すことができると思う。そう考えると、絶望しかなかった闇に光が差した。またジェイドと一緒に旅ができる。そう思うだけで、力が湧いてきた。
「ジェイド……」
緊張を含んだ声で呼びかければ、ジェイドは私に顔を向け、気まずそうに微笑んだ。その優しく穏やかな表情が、会いたかったジェイドで涙がにじむ。
「ヒスイ……君なら必ずその短剣を使いこなせると信じていました。あのような形での別れになってすみませんでした……」
やわらかく私を包んでくれるような声に、心が振さぶられる。堪えられなくなって、涙が頬を伝った。私の反応にジェイドは驚いたみたいで、目を見開き、魔王を警戒しながらも注意を向けてくれている。
「ジェイド、会いたかった」
言いたいことはたくさんあるけど、今は言葉にならない。ただ嬉しくて、救われた気がした。
「つまらん。感動の再会はよそでやれ」
魔王は私たちを見ると苛立たし気に舌打ちをし、長剣を肩に担ぐと私が持つ短剣に視線を向けた。
「魂を斬る剣なんざ、聞いたことがない……。神が手を加えたのか?」
魔王の瞳は黄色く光っていて、うすら寒さを感じる。なんだか見透かされているような気になった。しばらく睨み合いが続き、魔王は憎々し気に顔を歪めた。
「いや、人間が作ったのか。ちっ、魂を封じることもできる……なるほど。それで俺を封じるつもりだったと」
魔王はどうもその眼で鑑定したらしい。普通は簡単に物の価値を詳細まで知ることはできないけど、魔王ほど魔力と熟練度があれば可能なのだろう。私は短剣を構えなおし、視線を魔王から外さない。
(ここで決める)
私は深く呼吸をし、飛びかかる時を待っていた。ジェイドとの共闘は身にしみついている。
「馬鹿だな。俺一人封じたところで、魔王は復活する。無意味だぞ」
「ヒスイ。耳を貸してはいけませんよ。戯言です」
「ならやってみな。俺は死んでもまた蘇る。けど先代勇者、お前は無理だ。そしてそこの小娘は、次の魔王になる。全ては神が管理されている。何も変わらないんだよ、この箱庭はな!」
そう吐き捨てて剣に炎を纏わせた魔王に対して、ジェイドは剣に水を纏わせ振り上げる。
(え、どういうこと? ジェイドは魂と体があるのに、助からないの? それに、私は次の魔王になる……?)
ジェイドに耳を貸すなと言われても、魔王の言葉は重く、私の覚悟を揺さぶる。希望が見えたと思ったのに、それは簡単につぶされてしまった。動揺してしまって剣先が震えている。そんな私と違って、ジェイドは極めて冷静に魔王と対峙していた。まるで、最初からわかってたみたいに。
「それでも、私はこの世界が好きですからね。勝手に終わらせはしません」
一瞬の静寂。
両者が同時に踏み切り、渾身の力で剣を振り切った。衝撃波が押し寄せて来て、なんとか踏みとどまる。そこから打ち合いが続き、闇の中を縦横無尽に動いていく。
(すごい……)
力と力のぶつかり合い。炎が迸り、水流が渦を巻く。強さは拮抗していて、息つく暇がない。魔王はジェイドの剣を受け流し、剣を薙ぎ払って炎の矢を放った。ジェイドは水の盾を作り出し、矢を防ぐ。戦いは始まったのに、私は動けない。
(私は、どうしたらいい?)
ジェイドを見ていると、覚悟が揺らぎそうになる。短剣に視線を落とし、柄を握る手に力を込める。じわじわと魔王が言っていた意味を理解し始め、無力感に襲われる。
(ジェイドの魂と、体……魔王の魂……次の魔王)
普段使わない頭を懸命に動かし、解決の糸口を探す。計画通り魔王の魂を封印するだけでは、何の解決にもならない。頭が爆発しそうだ。
(あ~だめ! 考えても分からない! それなら、やるしかない!)
私は頭を振って雑念を払い、短剣を握り直した。弱い自分を叱咤し、二人の戦闘を目で追う。一瞬でいい。
(私はこの短剣を信じる! 諦めずに進めば必ず光は見えてくるわ!)
ジェイドと魔王は離れてはぶつかる。剣からは火花が散り、衝撃波が私の髪を揺らす。ジェイドが剣を振るう度に、闇が溶けたような黒に近い紺の髪が広がり、動きに遅れて流れていく。そして身を翻し魔王の剣を受け流すと、その背に回った。
(今だ!)
背中が空いた隙をジェイドは逃さない。長剣が振り下ろされると同時に、私は二人へと駆けだした。一閃。斜めに切り下ろされたジェイドの剣は、確実に魔王を捉えた。魔王の動きが一瞬止まる。
「くそっ! だから剣は嫌なんだ!」
魔王は悪態をつくとジェイドと距離を置き、顔を歪めた。背中の傷から血は出ていないけど、白い粒子がこぼれ出ている。
「ヒスイ! 早く魔王の魂を!」
その声が聞こえた時には、私はジェイドに隠れるようにして迫り、一気に加速していた。これで終わる。魔王は窮地に陥ったのに嘲るように笑い、吐き捨てた。その姿が近づく。
「その刃は俺には届かないさ。神になど到底な!」
ジェイドの背中に迫り、魔王の間合いに入りかけたその時……。
「うっ!?」
「次の魔王になって、せいぜいもがき苦しむがいい!」
魔王は呪詛のような言葉を残して消滅した。その声にかき消されたのはジェイドの声で、私の短剣はジェイドの肩口に刺さっている。
「ひ、ヒスイ……? なんで……」
驚愕し、怒りすら滲む顔でジェイドは肩越しに振り返った。罪悪感はあるけど、これが私の覚悟で、わがまま。
「ごめんね、ジェイド……だけど、私は諦められない」
短剣を、アンを信じて叫ぶ。この願いが、想いが現実になれと。
「魂の封印! 聖なる修復!」
ありったけの魔力を込めて術を発動させる。短剣から眩い光が放たれ、私は思わず目を閉じた。一拍遅れて外に投げ出された感覚があり、魔力が枯渇したことによる脱力感に襲われる。目を開くと、玉座のある広間に短剣を持ったまま立っていた。目の前に倒れているジェイドがいる。
「ジェイド……今、助けるから……」
瞼が重く、視界がぼやける。私はジェイドの上に重なるように崩れ落ち、震える腕を持ち上げた。短剣だけは死んでも離さない。
「お願い……帰って来て」
私の願いに、祈りに短剣が応えてくれたなら、きっとジェイドの魂は無事でいるはず。私は最後にもう一度「ごめんね」と呟いてから、優しくジェイドの背に短剣を突き立てた。
「魂の解放……」
その言葉に反応して、短剣が淡く七色に光る。まるで祝福してくれているような、優しい光。
(お願い、うまくいって……)
意識は朦朧としてきて、私は霞む視界でなんとか見届けようと瞼に力をいれる。そして光が収まると同時に、女性の声が響いた。
“エラー。エターナルのリセットはキャンセルされました。魔王プログラムを続行します……対象確認、完了。ヒスイに魔王の魂の核を埋め込みました。次の勇者……”
感情のこもっていない声だ。聞きなれない単語と薄れゆく意識のせいで理解ができない。
(何、この声……もう、む、り……)
そしてその声が終わらないうちに、私は意識を手放してしまった。