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11.私のわがまま

「なんで、死んだはずじゃ……冗談よね。魔王だなんて、笑えないよ」


 乾いた笑いしかでてこなくて、顔がひきつる。胸元にある短剣が重く、冷たくなった気がした。ジェイドは私を見ても眉一つ動かさずに、淡々と言葉を紡ぐ。


「先代はジェイドというのか。勇者同士が知り合いというのは珍しい。あぁ……そういえば、前の魔王が死ぬと同時に勇者が選ばれたんだったな。それがお前か」


 ジェイドが話しているのに、声も口調も全く違った。気持ちが悪い。ジェイドを侮辱されているようで、手が痛くなるほど剣を握っていた。


「ジェイドじゃ、ない……」


 ジェイドと同じ顔で、彼は鼻で笑う。嘲るような笑い方を、ジェイドがするはずない。それなのに、黒い長剣を向ける姿が鍛錬をするジェイドに重なる。明らかに中身は別人なのに、姿に惑わされてしまう。否定したいのに否定しきれない。私の心がぐらぐら揺れる。


(こんな形で、会いたくなんてなかった)


 何度会いたいと、生きていてほしかったと思ったか分からない。この五年、戦いに疲れ、寂しさを覚える度に翡翠のピアスに触れた。その片割れが紺の髪の間から見えていて、胸が締め付けられた。ますますジェイドへの想いは強くなっている。

 魔王は髪を鬱陶しそうにかき上げ、背中に流すと自分の名を告げた。


「俺は魔王ギル。長髪は俺の趣味じゃないが、体を選ぶことはできないからな。まぁ、前の勇者が女じゃなかっただけましだ」


 こちらを見下すような視線を向けられて、不愉快さに鳥肌が立つ。そして同時に、魔王の言葉がひっかかった。本能が警鐘を鳴らす。訊くなと。でも、ジェイドを見た瞬間、残酷な運命に気づいてしまった……。


「どういう意味?」


 だから、私は努めて冷静に、剣先を向けて魔王と距離を取りながら訊き返す。すると、魔王は事も無げに答えた。それが常識だとでも言うように。


「そのままだ。勇者が次の魔王になる。それがこの500年続いた理だ……あぁ、そうか。人間は知らないのか」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


(意味が、わからない……。何のために? なら、勇者の魂はどこへ行ったの?)


 頭は色々な考えが混ざり合って、ごちゃごちゃになる。今まで信じていたものが、全く違っていたのかもしれないと思うと、不信感が広がっていき、足元に罅が入っていくようだ。

 魔王は押し黙った私を見ると、残虐な笑みを浮かべて喉の奥でくつくつと笑う。


「だが人間、喜べ。お前は最後の生贄だ。これ以上、勇者が生まれることはない」


 その言葉は枯渇した私の心に、じわじわと浸透していく。質の悪い希望だ。私の命はここで尽きても、もう勇者が犠牲となって仮初の平和を得なくても済むなら、それでいいと思ってしまう。魔王を倒そうとなんてせずに、命を投げ出してしまいたくなった……。


 けど、それをそのまま信じられるほどの純粋さはもうない。


「……何を企んでいるの?」


「さすがに信じるほど、馬鹿じゃないか」


 魔王は顔を歪ませ嗜虐性を滲ませると、左手を剣の柄から離して胸の前で掌を上に向けた。そこからぼんやりと光の球体が浮き出る。様々な色が混ざり合い、渦を巻いている奇妙な球体だ。


「これは今までの勇者の魂だ……やっと50個集まった」


 魂と聞いて目を見開き、じっと神経を集中させてそれを見る。


(あれのどれかが、ジェイド……)


 魔王が勇者の魂を持っていると分かったことで、私の意識は胸元の短剣にいく。この短剣を使って魂と魔王の繋がりを斬れば、ジェイドを、今までの勇者を救うことができる。そして魔王の魂を封じれば、世界は救われる。

 私が考えをまとめて行動の算段をつけている間に、魔王は悦に入ったのか饒舌に語り出した。


「全ては神の思し召し。50の強い魂を媒介に災害級の魔法を放って、この世界を滅ぼす。お前は選ばれた勇者だ。この世界の終わりを見届けるという栄誉を与えられているのだから」


 思考が止まる。聞き捨てならない言葉。


「この世界を、滅ぼす?」


 ぞわぞわと足元から寒気が立ち昇ってきた。信じていたものに、土台に罅が広がる。


「あぁ。神はおっしゃった。人間は醜いと。この箱庭が出来てから、人間は同種族で争いを繰り返し、何も学ばない。だから神は魔王というシステムを作られた。敵を作ることで、人間同士で戦わないようにと」


「シス、テム?」


 聞きなれない言葉に私は眉を顰める。いや、その言葉は前世の記憶の中にはあるけれど、ぼんやりとした概念で掴みきれなかった。ただ、分からない部分はあっても、その内容は理解できる。


「つまり、勇者も魔王も仕組まれたものだって言ってるの?」


 自分で言って吐き気がしてきた。今までどれだけの人が傷ついてきたか。50人の勇者がどんな思いでその身を犠牲にしたか。魔王は「あぁ」と頷いて肯定する。


「お前が何をしようが、世界は滅ぶ。何も救えない」


 その瞬間、足元が崩れ行くような感覚に襲われ、剣を下ろした。手に力が入らない。傷つくのも、絶望するのも、ここでジェイドたちを失ったのが最後だと思っていた。それなのに、世界はさらに非情で、絶望には底が無い。何より、ジェイドが目の前に立っているせいで、まざまざと突き付けられる。


(魔王の魂を封じたら、世界を救えるかもしれない……それでも、ジェイドはいない)


 その魂が魔王に捕らわれているなら解放しようと誓った。それが弔いだと。でも、ジェイドが動いている。魂は違っていても、生きていると錯覚してしまう。違うと分かっていても、ジェイドに剣を向けることができない。


「もう、無理だ……」


 私は諦めの言葉を口にして、勇者の剣を投げ捨てた。虚しく乾いた金属音が広間に響く。その行動に魔王は驚き、眉尻を上げた。


「なんだ勇者。もう終わりか?」


 魔王は興ざめしたと言わんばかりに、げんなりした顔になった。ジェイドではない表情を見るほどに、ジェイドに会いたくなる。私は頬にかかる髪を左手でかき上げ、耳にかけた。翡翠のピアスが悲しく揺れる。それに目を留めた魔王は合点がいったように「あぁ」と呟いた。


「なるほど。こいつと、恋人だったのか……ならばこい。楽に殺してやろう」


 私へと差し伸ばされた手。ジェイドが「おいで」と言ってくれているように見える。


(ジェイドなら、許してくれるかな……)


 私の、わがまま。

 吸い寄せられるように、ジェイドへと近づいていく。彼は長剣を鞘に収め、空いている左手に闇を凝縮させた。あれを体に受けたら、一瞬で全てが消える。苦痛すら感じる暇もなく。


「最期に、お別れを……」


 私はジェイドの胸に左手を当て、頬を寄せた。冷たい鎧が私の熱を奪う。馬鹿なことは止めろと、言われているみたいだった。そっと右手をジェイドの背中に回し、首の方へと這わせていく。

 顔を上げれば、星の輝きのような銀の瞳が私を見つめていて、ジェイドが戻ってきたみたいだ。何度もこうやって寄り添う夢を見た。見下ろしている彼から、黒紫の髪が数房落ちてきて、たまらなく胸が締め付けられた。ジェイドはもういないのに、縋りたい。左手を頬に伸ばせば温かかった。彼は無表情のまま、全てを飲み込む闇を私の背へと近づけていく。静かで安らかな死。


 私は涙を浮かべ、くしゃりと笑う。


「ジェイド……ごめんね」




 懺悔を口にすると同時に、私は右の袖口に移動させた短剣を抜き取り首筋に突き刺した。


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