11.再び相見える時
私はそれから5年、一人で旅を続けた。魔物を倒して回り、人々に感謝されても私の心は微塵も動かない。前は彼らを守れたことに喜びを見出していたのに、今はそれすらなくただ作業のように魔物を葬っていく。
(腹が立つ。ジェイドたちの犠牲の上に今があるのに、もういなかったことにされてるなんて)
誰もが私を見れば勇者だと膝をつき、感謝をする。裏で憐れみ、魔物を取りこぼせば罵るくせに。彼らが先代の、それよりも前の勇者の話をすることはない。今の勇者を称え、死地に送り出し、自分の子が次の勇者に選ばれないように祈る。
(そんな薄汚い連中、守る価値なんてない)
だから私は彼らを守るなんてこれっぽっちも思ってない。私はただこの憎しみを、やりきれなさを、虚しさを、晴らしたいだけなんだ。本当は死んでしまってもよかった。こんな世界、何の価値もないもの。それでも私を繋ぎとめたのは、望みがあるから。
私は再び魔王城の最上階、大扉の前にいた。アレンはここに来た時に自由にして置いてきた。私について来ようとしたけど、どうせ私は死ぬ。もう、仲間が死ぬところは見たくなかった。
胸元に忍ばせた短剣を出し、その刃を見つめる。これが一縷の望み。
銀の光を返す刃に私の顔が映る。暗く濁った瞳はジェイドが好きだと言っていた翡翠色の輝きはない。アンがふわふわしていて羨ましいと言ってくれた髪もくすみ、肩口で切りそろえていた。私の左耳で、ジェイドにもらった翡翠のピアスが悲しく揺れる。マッスンにチビとからかわれた体は少し大きくなり、中剣は少し重くなった。もう20だ。
(ここに立ってたジェイドと、同じ年になったや……)
私は勇者の剣の鞘に触れた。この剣は初代勇者の力を、その魂が剣の形になっている。魂は剣になる。つまり、魂は剣に宿る。そう信じてアンは打ち上げたんだ。魂を切り、貫いた相手の魂を宿す短剣を。
(これで、ジェイドを助ける)
私は一人じゃない。三人の想いを胸に、重いドアを開けた。
ゆっくりと扉が開く。隙間から見える景色に、倒れるジェイドたちが見えた気がした。広間はあの時の事がなかったかのようにきれいで、奥に玉座が一つ。漆黒の鎧。顔の見えない兜。あの時と同じ魔王の姿に、私は雄たけびを上げて剣を抜き斬りかかった。
「躾がなっていないな」
立ち上がった魔王の低く籠った声が、あの惨状を思い出させる。血が沸騰した。冷静でなんていられない。
「みんなの仇!」
一気に距離を詰めて、左から斬り上げる。黒い長剣で受けられ火花が散った。魔王が剣を抜くのは速かった。でも、私だって前より速さも力も上がっている。鍔迫り合いに持ち込み、力が拮抗する。
(戦える。私は強い!)
魔王の黒剣から闇が溢れ、技の発動を感知して飛びずさる。こちらも魔力を剣に流して、反撃を伺う。
(闇の魔力も持っていたなんて)
前に見た時は炎を操っていたけど、魔物の頂点に君臨する魔王だから不思議じゃない。むしろ手ごわい方が、楽しめる。私は気づかないうちに笑っていた。
「戦いを楽しむか、女」
魔王は剣から闇を立ち昇らせ、剣先を私に向ける。私もそれに応えるように光が迸る剣を顔の隣で構え、重心を低くした。
「やっと殺せるから。私はこのために今まで生きてきたのよ」
「哀れな女だ。闇喰らい《ダーク・イーター》」
剣が横に薙ぎ払われた。剣先から私の体を飲み込めそうなほどの闇の球体が5つ放たれる。
(あれに触れるとまずい!)
闇魔法はジェイドが使っていたからよく知っている。ダーク・イーターは触れたものを飲み込む高位魔法。私は広間を駆け回り、飛んでくる球体を避けていく。そして5つ目が壁を飲み込むと同時に、剣を振り下ろした。
「光の太刀!」
魔王目掛けて一直線に破壊の光が突き進む。床はめくれ上がり、その速度は光と同じ。これを避けられる魔物はいなかったのに、私の視界には黒が入り込んだ。反射的にそちらに剣を向ければ、衝撃が肩へと抜ける。
魔王が斬りこんできたと理解すると同時に、私は相手の懐に入って突き上げる。私は魔王より身長が低く、剣は短い。距離を取られると不利になる。だから、接近して間近で技を叩きこむしかない。
突き。回避して体を反転させ、勢いそのままに薙ぎ払う。黒剣は私の首元を抜け、髪を散らした。後ろに回りこんで斬りかかっても難なく受け止められる。
(全部、受けられる……何なの)
まるで私の闘い方を知っているかのように、技が噛み合っていく。ぞわぞわとよく分からない違和感が背中を這って来る。その気味の悪さを振り払うように、私は攻撃の手を緩めなかった。
「ちょこまかと」
苛立った声。鍔迫り合いにもつれこんでいた魔王がふっと消え、後ろから斬りかかられる。それを刃が届く寸前でかわし、剣を振り上げてから一瞬で身を低くした。魔王が戸惑った雰囲気が伝わる。身長差を生かした、ジェイドが教えてくれた技。相手の視線を誘導し、その隙に視界から外れる。
(好機は一瞬)
狙うは首筋。私は懐にある短剣の位置を確認する。鎧と兜の隙間に剣をねじ込み、その後短剣を突き立てる。剣の筋道は見えていた。血しぶきがあがるところまで見えていたのに、剣はわずかにそれた。
「なっ!」
上へとずれた剣先は兜の眉間を捉える。空いている胴を狙って剣が迫っていて、横に転がって避けた。思わず舌打ちが漏れる。兜は硬く貫けなかった。黒い兜には罅が入り、徐々に裂け目が広がっていく。
「魔王の顔、ね」
興味なんてない。でも顔が出ていれば、表情から思考を読み取れるし、それだけ傷を負わせやすくなりそうだ。私は呼吸を整えて、斬りかかるタイミングを計っていた。だけど兜が割れ落ちた瞬間、息が止まる。
「……え」
信じられない。信じたくない。兜から解き放たれフワリと広がった黒に近い藍色の長髪。無感情な瞳は銀色。そして右耳には髪の合間に揺れる私と同じ翡翠のピアス。見間違うはずがない。ジェイドだった。