8話 大会
「母さん行ってくるよ!」
大声で母に出かけると声をかけ、俺は実家のパン屋を飛び出した。
今日はレイクリア武道大会、未成年の部の地区予選の日だ。
毎年この大会には出場しているのだが、去年一昨年は予選一回戦敗退と情けない結果に終わっている。
だが今年は違う。
この一年間で俺の身体能力は飛躍的に伸び、剣の腕も明らかに上達していた。
これならそこそこ良い所まで行ける気がする。
――俺は去年までとは明らかに違う自分が嬉しくもあり、そして恐ろしくもあった。
何故ならば、これは間違いなく魔神グヴェルから与えられた努力倍加の恩恵によって手に入れた強さだからだ。
奴から与えられた加護によって、俺の努力はそれまでとは比べ物にならない程の成果を齎していた。
「魔神グヴェルか……」
魔神グヴェル。
これ程の加護を容易く与え、時間すら支配する超越者。
その力が想像を絶する物である事は間違いない。
果たして、俺に奴を倒す事ができるのだろうか……
先の事を考えると、少し不安になる。
だけど立ち止まってはいられない。
俺は必ず奴よりも強くなり、そして奴を……倒す。
俺に力を与えた事を、必ず奴に後悔させて見せる。
「見ていろ!魔神グヴェル!俺に力を与えた事を必ず後悔させてやる!」
足を止め。
空に向かって自らの決意を叫んだ。
これは覚悟を決めると同時に、戦線布告でもあった。
奴はきっと、俺の言葉を何処からか聞いているに違いない。
何故だか分からないが、俺にはそれが確信できた。
「おいおい。いきなりわけわかんない事叫んで、遂に頭おかしくなったんじゃねーか?」
声に振り返ると、3人組が目に入った。
テオードと、お供のサムとケリーだ。
テオードと真面に顔を合わせるのは約一年ぶりだが、この一年で彼は更に一回り大きくなった様に見えた。
また一段と強くなっているに違いない。
「ネッド、お前魔神だなんだってまだ言ってんのかよ」
「……」
一年前、グヴェルとの遭遇を俺は母や周りの大人達に伝えている。
だが周りは誰もそれを信じず。
風呂でのぼせて幻覚でも見たのだろうと、俺の言葉は一笑に付されている。
俺は何とかそれを証明しようと必死だったが、奴の存在を唯一証明できる加護は何故かステータス欄には表示されず、結局奴の存在を証明する事はできずに終わっていた。
そのため、世界はまだ奴という脅威を認識出来ていない。
「お前も大会にでるのか?」
「ああ」
「そうか……精々頑張れ」
短くそれだけ言うと、テオードは会場に向けてさっさと歩いて行ってしまう。
心なしかその表情は嬉しそうに見えたが、きっと気のせいだろう。
「あ、まってくださいよ!テオードさん!」
「じゃあな、魔神君!」
テオードの後をサムとケリーが慌てて追いかけて行く。
て言うか、誰が魔神君だ。
その渾名は縁起が悪いにも程がある。
俺も止まっていた足を動かし、会場へと向かう。
この大会で確かめるつもりだ。
今の俺の強さがどの程度なのかを……
「目指すは地区大会優勝だ!」
今度はそう叫ぶと、俺は会場に向けて勢いよく駆けだした。
――大会が始まる。
そして俺の物語もまた、此処から始まる事になる。
それは世界を救う、魔神との戦いの物語。




