第13話 取引(後)
「ちょっと待ってくれ?人間側がいきなり仕掛けてきた?戦争は魔族の宣戦布告があったからだぞ」
どうやら師匠も気づいた様だ。
戦争は魔族の王、ラミアルがブルームーン王を殺害して宣戦布告した事で始まっている。
しかも殺されたのはうちの国の王様だけじゃない。
この戦争に参加している他2国の王も、ラミアルの手によって殺されている。
だからこそ、人類対魔族の全面戦争が再開したのだ
「何を戯言を!条約を無視して攻め込んできておいて!」
魔族の一人が師匠の言葉に激高し、声を荒ぶらせる。
その様子から、嘘を押し通そうとしている様には見えなかった。
どうやらこの魔族は、本気でそう思い込んでいる様だ。
「よしなさい」
「しかし……」
魔族の男――最初に話しかけて来た――に制され、激高していた男が黙り込む。
恐らく彼がリーダーなのだろう。
「人間側が急に攻め込んできた。というのが我々の認識なのですがね。だからこそ我々は対応が遅れ、後手後手になってここまで追い込まれている訳ですし」
確かに……魔族側から仕掛けられたものにしては、魔族の対応はかなりお粗末な物だった。
とても戦争の準備をしていたとは思えないレベルの。
最初は人間の事を舐めきっていただけだと思っていたが、彼らの言葉が真実なら、魔族側の後手後手の動きも納得できるという物だ。
「ふむ……魔族は戦いの種族だ。それが戦争準備をして、宣戦布告までしておいてこの体たらく。確かに俺も可笑しいとは思っていた」
師匠はかつての戦争にも参加していた。
その為、魔族の事は嫌という程よく知っている。
「それに力を信奉する魔族の長である魔王が、人間の王を暗殺をしていくなんて話。正直最初聞いた時は、俺も我が耳を疑った」
「暗殺ですって!ふざけないで!あの子がそんなことする訳無いじゃない!」
魔王による暗殺。
その言葉を聞いて、アムレが一歩前に出る。
その眼には本気の殺意が込められていた。
やる気だ。
俺は剣を強く握り込み、相手を睨み返す。
だがそれを師匠と相手のリーダー。
それぞれが俺達の前に手を出して、それを制した。
「だが国王が殺されたのは事実だ。赤毛の小さな魔獣を引き連れた、女魔族によってな」
「赤毛の小さな魔獣……そんな……」
アムレの表情が驚きに変わる。
どうやら、思い当たる節がある様だった。
「その場に居た選りすぐりの者達も皆、手も足も出ずやられている。そいつの実力が魔王レベルなのは間違いない」
「暗殺は、何時の話ですか?」
魔族のリーダーが険しい表情で尋ねてくる。
「開戦の丁度2週間前だった筈」
「開戦の2週間前……ですか。その日は確か……」
魔族のリーダーがちらりと視線をアムレへと流す。
それを受けて、女は苦し気に口を開いた。
「ラミアルが……丸1日休みを取った日よ……」
たった1日の休み。
その際に暗殺と宣戦布告をする事は……普通に考えれば無理だとは思う。
だが相手は魔王だ。
それ位やってのける力があってもおかしくはない。
「……ふむ。まあその話はここまでにして。本題に戻りましょうか」
本題。
それは戦うか、グヴェルの情報提供をするかだ。
俺個人としては、魔族にグヴェルの情報を渡すのは構わないと思っている。
奴はこの世界全ての敵なのだから。
それに――
グヴェルへの恐怖から逃げ出さなかったこの場の4人は、かなりの腕利きに違いない。
特にリーダーとアムレはの2人は、相当な実力者だと感じる。
そんな相手とテオードを欠いた状態で戦うとなると、かなり辛い戦いになる筈だ。
正直戦いを避けられるというのなら、出来れば今は避けたかった。
「いいだろう。ネッド、グヴェルの話を奴らにしてやってくれ」
師匠も俺と同じ判断の様だ。
「団長!こいつらがそんな約束守る分けないわ!話を聞いた後、襲って来るに決まってるわよ!」
アーリンが師匠の判断に異を唱える。
それは俺も一瞬考えた。
だが――
「国の情報ならともかく、化け物の情報だ。くれてやっても痛くも痒くもないだろう。それで話を聞いて襲って来る様なら、その時は相手になるだけの話だ」
団長の言う通り、襲ってきたらその時は諦めて戦えば良いだけの話だった。
それに話している間にテオードが正気に戻る可能性だってある。
時間稼ぎの意味も込めて、情報提供はしておくべきだろう。
「グヴェルは――」
俺は魔族達に、知りうる全てのグヴェルに関する情報を伝える。




