第13話 取引(前)
「どうやら、あの化け物は去ったようだな」
聞き覚えの無い声に振り返ると、そこには魔族が4人たっていた。
どうやらこの4人の魔族は、グヴェルの攻撃に巻き込まれなかった様だ。
4人は既に召喚を完了させており、その背後では魔獣達が戦闘態勢に入っている。
グヴェルの事に気をとられ、奴らの接近に気づけなかった。
完全に失態だ。
「くっ……テオードっ!」
叫ぶが反応はない。
レーネを奪われ、彼は茫然自失のまま地面に膝をついている。
アーリンが心配げにその顔を覗き込むが、やはり反応はない。
このままではテオード抜き。
いや、それ所か彼を庇って戦わなければならない。
流石にそれはきつすぎる。
「尻尾を撒いて逃げ出した訳じゃなかったのか」
テオードを庇う様に、師匠が一歩前に出る。
それに俺も続いた。
レーネの事も気にはなるが、今はこいつらに集中しよう。
「そうしたかったのは山々だったが、あんなのを見せられては、逃げ様がないだろう?」
あんなのとは、グヴェルが人間と魔族をその圧倒的な力で殺した力の事だ。
逃げ出した途端、先に逃げ出した者達の二の舞になる。
彼らはその可能性の高さを考え、逃げ出さずにその場に残って様子を見ていたのだろう。
「提案がある。君達はあの化け物の事を知っているのだろう。その情報を提供してくれるのなら、この場を見逃してやってもいい」
どうやら、魔族もグヴェルは看過できない存在だと認識している様だ。
この場に戻って来る事も考えれば、情報だけ得てとっとと報告に戻りたいのだろう。
「伯父様!何を仰るのですか!!」
その言葉を聞いた途端、魔族の女がヒステリックに声を荒げた。
綺麗な顔立ちの女性だが、目つきが鋭く性格はきつそうだ。
「我々の目的は傭兵団の殲滅だったはず!ターゲットを目の前にして、おめおめと引き下がるなんて!」
どうやら狙いは俺達傭兵団だった様だ。
以前砦を8人で落として――7割がたレーネの力だが――以来、ラムウ傭兵団は注目される事が多くなってきていた訳だが……それは人間側だけでなく、敵側でも同じだったという訳か。
そう考えると、目立つのも善し悪しだ。
「正直言って。目の前の人間達より、あの化け物の方が我々魔族にとって遥かに脅威だ。それこそ存亡がかかるレベルでね。アムレ、お前も感じただろう?あの邪悪な力を」
ハッキリ言って、グヴェルは本気を出していなかった。
先程のあれは只のお遊戯に過ぎないだろう。
本気の奴の力は計り知れない。
――時を操り。
――空間を跳躍し。
――俺やテオードの剣を鼻歌交じりに捌いて。
――百名からが放った魔法を無効化。
更には逃亡した数百以上――敵味方合わせ――の命を、蟻を踏みつぶすかの様に容易く葬る強力な魔法まで操る化け物。
しかもそれを遊び半分で行えてしまえる様な相手だ。
本気で来られたら、冗談抜きで種が滅ぼされかねない。
それ程までにグヴェルの存在は危険なものだった。
戦いを好む魔族は強さに敏感と聞く。
だから一戦交えなくとも、遠くから見ただけでそれを俺以上に強く感じ取ったのだろう。
「それは……」
アムレと呼ばれた魔族が口ごもる。
彼女もきっと、その言葉には同意せざる得ないのだろう。
「いきなり人間から仕掛けられた戦争。しかも此方はかなり押されてしまっている状態だ。敵の戦力を削っておきたい気持ちは分かる。だが、今重要なのはあの化け物の情報をいち早く魔王様に報告する事だ。それも出来るだけ詳細に」
「く……分かりました」
彼女は納得したのか、一歩下がる。
但しその視線は鋭く此方を睨みつけたままだ。
まあ彼女の態度はこの際どうでもいい。
いま魔族の男がサラリと、とんでもない事を口にしていた。
人間側とは違う情報。
俺はそれがどうしても気になった。
どういう事だろうか?




