5話 接触②
「ふむ、こいつで良いか」
「どうかなされましたか?」
思わず呟いた一言に、鉄格子の前で命令待ちしていたミケが反応する。
今日の俺の下僕――看守――はミケとイモだ。
ミケは黒髪黒目の小柄な女で、大きな胸が特徴だ。
顔に関しては……よくわからん。
多分不細工では無いんだろうが、この体になってからは人間の美醜がよく分からなくなってきた。
まあミケが美人だろうが不細工だろうが俺にはどうでも良い事ではあるので、特に問題はないが。
イモの方は筋肉質な体をしたした、ずんぐりムックリのおっさんだ。
こいつも背は小さい。
ミケと同じぐらいだから160はないだろう。
顔には立派な髭を蓄え、ほとんど言葉を発しない無口な奴だ。
他の奴らは俺からの褒美欲しさに尻尾を振りまくるが、こいつだけはそう言ったそぶりを一切見せない。
一応下された命令は忠実に実行するが、正直何を考えているのかよく分からない奴だ。
「ああ、気にするな」
先ほどの独り言は、最初の育成対象を見つけた呟きだ。
下僕達には関係ないので、手を振って食い気味のミケを下がらせた。
ネッド・ガイラス
それが俺の見つけたターゲットの名だ。
才能0の剣士見習い。
やる気はあるが無能。
――うん、良い素材だ。
こういったポンコツを一流に育てるのが、育成ゲームの醍醐味とも言える。
時間をかけてゆっくりとコモンから覚醒させて、ウルトラレアを目指すとしよう。
しかしそれにしても、見れば見る程酷いステータスをしている。
只の村人Aと言っても差し支えないだろう。
とても剣士を目指して10年頑張ってきた奴とは思えない強さだ。
真面目に頑張っていたにもかかわらず、道場を首になる逸材は流石に格が違う。
正にコモン中のコモン。
コモンマスターの称号を与えてやりたいぐらいだ。
しかしここまで弱いと、事前に考えていたプランは若干変更が必要だな。
何か課題をクリアさせ、その度に強化する王道的育成を行なおうと思っていたのだが、このままだと最初のちょっとした課題をクリアする事自体が無理ゲーくさい。
正直無償で何かを施すのは好みじゃないのだか、初の育成キャラだ。
初回サービスとして、何らかの能力をくれてやるとしよう。
「差し当たっては、あのライバルキャラっぽい幼馴染との勝負だな」
「何か――」
「ああ、気にするな」
「はい」
また口に出てしまった。
昔っからある俺の悪い癖だ。
別に下僕共に聞かれて困るわけではないが、自分でもちょっとキモく感じる癖なので何とかしたい所だったが、こればっかりは神から貰った力でもどうしようもない。
まあ諦めるしかないだろう。
――とにかく。
当面の育成目的は、優秀な幼馴染への下克上だな。
見下している幼馴染をぶっ飛ばすカタルシス。
それは正に非現実ならではと言えるだろう。
ウサギと亀の様な、どちらかが怠ける状況ならともかく、優秀な奴が努力し続けた場合、無能がどれ程努力してもその力関係は早々覆らない。
それどころか、現実では怠ける兎に当たり前の様に亀が負けるケースも少なくなかった。
――そう、現実とは厳しいものなのだ。
だがだからこそだ。
現実が非常で厳しいからこそ、夢物語は魅力的で楽しいと言えるのだ。
「少し出かける」
俺は立ち上がり、下僕達に一声かけておく。
一応こいつらは看守だからな。
「行ってらっしゃいませ」
俺は大仰に頭を下げるミケに片手軽くを上げて答え、ネッドに力を授けてやるために奴の自宅へと転移した。
◆◆◆◆◆◆
奴の母親がいたので姿を消したまま、暫く様子を見る。
二人の話を聞いていると、どうやらネッドは剣の道を諦めるつもりの様だった。
折角わざわざやってきたのに、つまらん。
もう帰るか……いや、俺からの加護を受ければ奴もきっと考えを改めるはず。
せっかく此処まで来たんだ、話だけでもしていって損はないだろう。
母親が去り、ネッドが風呂に潜る。
俺はそのタイミングで姿を現し、風呂釜の淵に両腕で頬杖をついてニヤニヤしながら奴が頭を出すのを待つ。
俺を見た時の奴の反応が楽しみだ。
おっとそうだ。
奴が大声を出しても良いように、この風呂場以外の時間は止めておこう。
少々力を消耗するが、これで奴の声を聞いて母親が飛び込んでくる事もなくなるだろう。
――時間を自在に操る能力。
これは転生する直前に乱入してきた、翼を持った神から授かった加護だ。
強力な加護ではあるが、世界全体の時間を止めるのには相当な力が必要になる。
その為、強力ではあるが余り多用は出来ない。
10秒ほど待っていると、ネッドが湯船から顔を出した。
そこにすかさず先制攻撃だ。
「剣の道を諦めるのか?」
「う……うわああぁぁぁ!」
俺と目が合った瞬間、ネッドが目を見開き大声をあげる。
いい驚きっぷりだ。
ここまで良い反応をしてくれると、驚かし冥利に尽きるというもの。
目の前で口をパクパクさせているネッドの様子を一通り堪能した俺は、指先に魔力を込めた。
そしてその指でネットの額をはじく。
所謂デコピンというやつだ。
但し魔法の籠った特別性ではあるが。
かけた魔法は精神の異常を鎮静化させるもので、それまで過呼吸気味だったネッドの呼吸はゆっくりと収まっていく。
ネッドが落ち着いたところで不敵に笑い。
俺は彼への要件を口にした。
「ネッド、力が欲しくないか?剣士としての力が」