第1話 転生
「残念だけど、天国なんて物はないわ」
気づくとよく分からない場所に私は居た。
目の前には亜麻色の髪をした美しい女性が椅子に腰かけ、優しい笑顔で微笑んでいる。
「貴方は?」
「私の名はレジェ。女神よ」
彼女は自らを神という。
私はその言葉素直に信じた。
何故か疑う気にはなれなかったのだ。
「ここは?天国ですか?」
だとしたら彼は今どこに。
そう思い周りを見渡すが、辺りは黒い靄に包まれてよく見えない。
「残念だけど、ここは天国じゃないわ。ていうか、そもそも天国とかないしね。死んだら皆消えてなくなるだけよ」
「そんな……」
彼とはもう2度と会えない。
女神からそうはっきりと突きつけられて、胸が苦しくなる。
もう2度とあの笑顔を見る事は出来ない。
死ぬときでさえ、ひょっとしたらもう一度会えるんじゃないかと思っていた希望が完全に砕かれてしまう。
「でも喜んで。貴方を転生させてあげるわ。そうね、今度生まれる時はとびっきりの美人さんよ。前世とは違って、楽しい人生が待っているわよ」
転生……楽しい人生……この人は何もわかっていない。
女神の癖に。
私に必要なのは彼の笑顔。
それ以外の物なんて、私にとって何の価値も無いのだ。
だがそんな事を一々説明する気は無い。
きっと彼女には理解できないだろう。
彼への、私の気持ちなど……
「彼と会えないなら、生まれ変わっても仕方ありません」
「あら、困ったわねぇ。転生は決定事項なのよ。断る事は出来ないわ」
「そうですか……だったらもう一度死ぬだけです」
死ぬのは凄く痛かった。
またあんな辛い思いをしなくてはならないのか。
目の前の女神は面倒な事をしてくれたものだ。
「生きてさえいれば楽しい事色々あると思うんだけどなぁ」
「ありません」
ある訳がない。
私は顔を伏せ、投げやりに答える。
段々目の前の女が煩わしく感じて来た。
転生なりなんなり、さっさとさせればいいのに。
「ん~、いきなり死なれちゃうのはやっぱあれよねぇ。何だったら貴方のお友達も転生させてあげましょうか」
!?
私は伏せていた顔を勢いよく跳ね上げ、彼女の顔を見つめる。
その眼は私の顔を見て楽し気に細められた。
「本当……ですか?本当に!」
「女神なんだから嘘は言わないわよぉ。で?どうする?」
どうするもこうするも無い。
答えは決まっている。
「お願いします!!」
彼ともう一度会える。
あの笑顔をもう一度……
そう考えると、私の瞳から涙が溢れ出した。
嬉しい……
「でもその場合、転生用のチートが目減りしちゃけど構わない?」
チート?
目減り?
何の話だろうか?
私にはその意味がよく分からない。
だがそんな事はどうでもいい。
重要なのは彼と――
「構いません!お願い押します!」
「ふふ、いい返事ね。じゃあお友達2人共転生させてあげるわね」
2人共、その言葉に私は固まる。
女神を見ると、凄く嫌な笑顔をしていた。
きっと態とだ。
この女は態と私に選ばせようとしている。
彼女の事を嫌いでは無かった。
本当に良い子だったのは分かっている。
だけど私は……
「彼だけを……転生させてください」
「ふふふ、素直な子。嫌いじゃないわよ」
そう言うと女神は自らの人差し指に口づけする。
そしてその指を私の額に押し付けた。
言葉にできない感覚が全身を満たす。
不安な様で、それでいて幸福な感覚。
きっとこれが生まれ変わるという事なのだろう。
私は本能的にそれを悟る。
「約束通り、貴方へのチートを削って思い人を転生してあげるわ」
「あり……がとう」
上手く舌が周らず、言葉が詰まる。
体が凄く暖かい。
ぽかぽかして頭がぼーっとしてきた。
「ただ、消滅した命を転生させるのには時間がかかるから。すこーし時間的に差が出来ちゃうのは許してね」
「……え……」
「100年か200年か……」
女神は笑顔で恐ろしい事を口にしだす。
100年もずれたら私は死んでしまっている。
それでは意味がない。
「だいじょーぶよぉ。転生の恩恵で貴方は凄く長生きできるし。転生した彼とちゃんと出会えるように運命を弄っておいてあげるから、安心しなさい。じゃあね」
一瞬背筋が寒くなったが。
どうやら彼と出会う事は出来る様だ。
彼と再会出来さえするのならば、100年や200年だろうとどうって事はない。
幾らだって待って見せるわ。
視界が歪む。
意識が遠のき、私は眠る様に次の人生へと落ちていった。




