第12話 天才
レーネは、俺がグヴェルから与えられた加護がグヴェルの時間停止と同系統と言う。
周囲の時間の動きを極限まで鈍らせた結果、それが時間停止になると。
つまりこの加護の力を極める事さえ出来れば、俺はグヴェルに対抗する事が出来るという事だ。
だがそうなるとやはり問題になるのは、この力がグヴェルから与えられた物だという点だった。
俺を脅威と感じた時点で、奴は俺からこの加護を奪うに違いない。
流石にそのまま残してくれるなんて事は無いだろう。
折角手に入れた見込みだが、直ぐにそれが幻だと気づき、俺は小さく溜息を吐いた。
「ふふん、その顔。加護を取り上げられたら意味がないって思ってるでしょ?」
魔獣の徘徊する遺跡の地下通路を進んでいるというのに、レーネは相変わらずそんな事など一切気にせず大声で話す。
まあ、そこまで強力な魔獣はいなさそうなので別に良いっちゃ良いのだが。
「心配ないわ。加護ってのは、一度与えちゃうとそう簡単には取り除けないものよ」
「そ……そうなのか?」
与える事が出来るなら、奪う事も容易く感じるのだが。
何せ元は奴の力なのだから。
「一度与えたら、それはもう貰った人間の力になっちゃうからね。元は自分の物でも、そう簡単にはいかないのよ。お菓子を上げても、相手が食べちゃったら取り戻しようがないのと同じでね」
「そ、そういうもんか?」
加護をお菓子に例えるのはどうかと思うが、もしレーネのいう事が本当なら奪われる心配は確かに無くなる。
「そういうもんよ!」
レーネは大きく胸を張った。
2年前の時点でもかなりの物だったが、この2年でそこは更にパワーアップしている。
まさにマーベラスだ。
って、こんな所で何を考えてるんだ俺は。
軽く首を振って邪念を頭から追い払い、辺りの気配察知へと集中しなおす。
「しかし、良くそんな事知ってるな?そういうのも学院で研究してるのか?」
「ま……まあね……」
いつもハキハキ物事に答えるレーネが言葉を濁す。
ひょっとしたら、学院の機密に関わる話なのかもしれない。
まあ何にせよ、これで希望が見えた訳だ。
「そっか、じゃあ後は奴から手に入れた加護を極めるだけだな」
「そうね、理想は。でも多分、極めなくても時間停止は妨害できるわ」
「え!?」
驚いて、後ろを歩くレーネに振り返る。
目のあった彼女は楽しげに笑って、Vサインを突き付けてきた。
一体何に向けての勝利のサインなのだろうか?
相変わらず読めん。
まあそんな事より、俺は黙って言葉の続きを待った。
「ちょ、ちょっと。そんなにじっと見つめられたら、照れ臭いじゃないの」
「あ、ああ。ごめん」
レーネが恥ずかしそうに顔を逸らす。
俺も何だか気恥ずかしくなって、前を向いた。
ったく、相手はレーネだぞ。
何を意識してるんだ……俺は。
「ま、まあ同系統の力だから。相手の出掛かりを、その……力で潰してしまえば妨害は可能なのよ」
「本当にそんな事が――」
途中で言葉を飲み込み、身構える。
音が聞こえたからだ。
耳を澄ますと、それは遠くから聞こえてきた。
「敵なの?」
「ああ、まだ距離はあるみたいだけど」
俺は通路の奥を睨みつける。
音はその場から動いていない。
まだ俺達に気づいていないのだろう。
だが避けるわけには行かない。
その先が、俺達が目指す最奥なのだから。
「この先って事は、宝の守護者って所ね」
「だろうな」
遺跡の探索途中、内部構造の記された掲示板を俺達は発見している。
遺跡内部は放射状に広がる構造で、最も最奥の点となる場所を俺達は目指していた。
なにせその部分に、御丁寧に書かれていたのだ。
“ここが装具の在処だと”グヴェルのサイン入りで。
本当にふざけた奴だ。
いつか必ず吠え面を描かせてやるから、覚悟してろよ。
「あ、待って」
奥に進もうとするとレーネが俺を呼び止め、魔法を唱えだした。
先制攻撃用だろうか?
だがここから音の元までは、まだかなりの距離がある。
幾らなんでもまだ早すぎるのでは?
そう考えていると、レーネが横に来て、俺の喉元に光る刃を突き付けた。
「うぉ!?なんだ!?」
「ふふん!レーネちゃん式魔法剣よ」
「魔法剣って……お前そんなの使えたのか?それにそれ……」
レーネの手にする物、それはよく見ると杖だった。
杖の先端から雷光を纏った炎が刃の様に伸びて、まるで剣の様な形をしている。
パールの魔法剣は特殊な加工をした剣に魔法を纏わせ、剣に属性を付与して破壊力を上げるというものだ。
それに対してレーネのそれは、刃自体が魔法で構成されていた。
俺は魔法に詳しくはないが。
レーネとパールの扱う魔法が根幹的に違う事ぐらいはわかる。
「あくまでもレーネちゃん式ね。あ!言っておくけど、威力は保証済みよ。パールにもレーネちゃん式は太鼓判押されてるし。その上今回は炎と雷の混合魔法スペシャルだから、破壊力は抜群よ」
俺は彼女から杖を受け取り、その刃を顔の前で水平にして見つめた。
持ち手は杖なので少々握り辛いが、魔法によって生み出された刃からは確かに凄い力の様な物を感じる。
試しに、石で出来た通路を切りつけてみる。
まるで何もないかの様に、刃はその壁面を容易く抉り取って見せた。
手に切った感触すら残っていない。
とんでもない切れ味だ。
これなら、鋼で出来た剣でもあっさり切り落とせるんじゃないだろうか。
「凄いな……」
凄すぎて、思わず魔法の刃に見入ってしまう。
「なーに繁々と魔法剣見つめてるのよ、武器オタク」
「誰が武器オタクだ」
まあ確かに店先に並ぶ武器を眺めるのは好きだし、伝説の武具が記される書物を子供の頃から読み漁ってはいたが、俺は別に武器オタクではない。
「はいはい。魔法は30分程度しか持たないから、さっさと行きましょ」
この威力で、しかも効果時間はパールの物の10倍か……
こんなとんでもない才能を見せつけられたら、パールの奴がレーネを尊敬するのも無理はない。
グヴェルの件といい。
この魔法剣といい。
間違いなく彼女は天才だと思い知らされる。
「あたっ」
尻に軽く衝撃が走る。
レーネが俺を急かすため、尻を蹴りつけて来たのだ。
こう言う所が無ければ、素直に大魔導師として尊敬できるんだがなぁ……
まあそこがレーネのレーネたる由縁だから、仕方ないか。
「なーに笑ってんのよ?」
「何でもないよ」
どうやら笑ってしまっていた様だ。
俺は改めて気持ちを切り替え、遺跡の奥へと向かう。




