8話 アムレ
蜘蛛が狼に圧し掛かり、その背を食い破る。
痛みから藻掻くが、全身に巻き付いた蜘蛛の糸がそれを許さない。
肉に牙が食い込み、そこから毒を注入された狼は次第に動きを弱めやがて動かなくなった。
対戦相手の方に目をやると、悔しそうな表情で此方を睨みつけてくる。
だがそれだけだ。
相手は次の魔獣を召喚してこない。
つまりこの試合――
「勝者、アムレ!」
会場に私の勝利がアナウンスされる。
それと同時に巻き起こる声援。
私はそれ――強者に対する賛辞――を、当然の様に受け止めた。
――何故なら、私は強い。
歓声を背に会場を後にする。
私の中に、先程までの試合に対する感慨など一切無く。
既に頭の中は、次の決勝戦の事でいっぱいだった。
ラミアル。
前領主の娘。
その魔術の才能は乏しいと聞いていたのだが――所詮噂など当てにならない。
ダークホースも良い所だ。
特にあの魔獣。
暴走していたバーサカーを一睨みで平伏させて見せた、あの赤い魔獣。
あれは危険だ。
ミノタウロス・バーサカーの様な上位の魔物を有無を言わせず従えるなど、その力は最上級クラスの魔物と考えて間違いないだろう。
問題はあれが何の魔獣かという事だ。
種族さえわかれば、私の実力なら問題なく対処できるはず。
だが残念ながら、私の知識の中にあのような魔獣の情報はない。
「ドラゴン……まさかね」
一瞬ドラゴンという単語が頭を過る。
だが流石にそれは無いだろうと、頭を振ってその考えを追い出した。
かつてレジェンディアに住まう存在全て――魔族や人間、魔獣達などの動植物――を滅亡の淵へと追いやったとされるドラゴン種。
その体躯は巨大で、姿形はワイバーンに似た爬虫類系の魔獣だったと聞いている。
だがあの魔獣は体は小さく、全身紅い毛に覆われている。
あれが伝説のドラゴンである、オメガ・グランドドラゴンと同種とは到底思えない。
だがドラゴンでないとは言え、強敵である事には変わりなかった。
やはり――
「あれを召喚するしかないわね」
私のとっておき。
一体呼び出すだけで私の魔力は尽きてしまうが、あれならば一体だけでも問題ないだろう。
要はあの赤い魔獣さえ倒せればいいのだ。
他の魔獣如き、私のとっておきの敵では無いのだから。
「ラミアル。明日の決勝戦はこのアムレ様が頂くわ。覚悟していなさい」
そう呟いて不敵に笑う。
天才である私に、敗北の二文字などありはしないのだ。
この領地は私が頂かせて貰う。
そして始まるのよ。
次代の魔王たる私の伝説が――




