7話 ミノタウロス・バーサーカー
「ふぅー」
私は大きく深呼吸して会場へと向かう。
暗い通路を抜けると、鋭い日差しが私の視界を焼く。
その眩しさに、私は手を翳して目を細めた。
目の前には大きな円形の闘技場が広がっていた。
私の入場に周りからは割れんばかりの大歓声が上がり、その余りの五月蠅さには、思わず顔を顰める程だ。
「……」
正直緊張で吐いてしまいそうだった。
だがそれをグッと堪え、歓声をかき分けて私は舞台へと進む。
召喚バトルは、半径20メートル程の闘技場で行われる。
召喚主は闘技場外にある待機ポイントから中に魔獣を召喚し、殺し合いをさせその勝敗を決めるルールだ。
その際魔獣同士の戦いに召喚主は手出しできない決まりになっており、これを破ると試合放棄とみなされ即失格になってしまう。
勝負の内容は呼び出された魔獣による1戦1戦の戦い。
勝敗はどちらかの魔獣が死ぬ、もしくは白旗を上げて交代(降参)で決まり。
交代を行なった場合、同じ魔獣の再召喚は当然禁じられている。
待機ポイントに到着した私は、対戦相手の方へと視線を向けた。
相手は私より少し遅れてポイントに姿を現す。
紫の肌に紅い髪。
腕は6本生えており、顔には目が八つ。
その体躯は筋骨隆々で、腕からは細かい繊毛の様な物が生えていた。
恐らく蜘蛛系の魔獣との混血種だろう。
わざわざ混血種であるこの男が大会に出て来たという事は、その魔力に相当自身があるという表れだ。
実際蜘蛛系の魔獣は魔力が強い事で有名なので、たとえ混血と言えども油断はできない。
「ラミアル、ゲオルグ両名、用意はいいかい?」
貴賓室に佇む長身の魔族。
父の次の領主を決める間の代理である男、レウラスが私達に声をかける。
彼のいる場所からここまでは相当な距離がある上に、観客達の声援も大きい。
だが彼の声ははっきりと私の耳に届く。
声量が大きいわけではない、魔法の力だ。
「では、試合開始!」
私と対戦相手――ゲオルグが彼の言葉に頷くと、試合開始の宣言がなされる。
先程までの声は私達のみに届けられていたが、今度は違う。
開始宣言は鼓膜が破れそうな程の大音量となって、会場を揺らす。
「ふんっ!」
ゲオルグが手を翳し、魔獣を召喚する。
出てきたのはグランド・スパイダー。
山の様な体躯を持つ魔獣で、毒や糸を使わない代わりにとんでもないパワーとスピードを誇る魔獣だ。
魔獣の中では、かなり上位に分類される。
ゲオルグの顔を見ると疲労の色が濃い。
恐らくその魔力の大半をこの一匹にかけたのだろう。
彼の作戦は、圧倒的強さを誇る魔獣一体で勝ち抜くというものに違いない。
――ならば私はそれを上回る魔獣を呼び出し、力でねじ伏せるまでだ
手を翳し、グゥベェから教えてもらった召喚魔法を発動させる。
この召喚は未熟な私にでも、自由自在に魔獣を呼び出す事ができる優れた魔法だ。
欠点があるとすれば、通常の召喚より遥かに大量の魔力を消費する事だった。
だが私には魔王少女としての能力、命砕きがある。
これは生命力を魔力へと変えるスキル。
使うと少々寿命が縮んでしまうが、純血種の寿命は人間や他の魔族よりはるかに長いのだ。
多少程度なら全く問題無い。
私の前方に魔法陣が現れ、その光の中から魔獣が姿を現した。
と同時に、私の体から魂を抜かれる様な悍ましい感覚が走り、体から力が抜けていく。
命砕きの影響。
此方も一体で仕留めるべく強力な魔獣を呼んだため、ごっそりと生命力を持って行かれた弊害の脱力感だ。
だがこれぐらいなら、どうって事はない。
「ぐもおぉっぉぉぉ!!」
私の魔獣が雄叫びを上げた。
牛の頭部と、人間の様な四肢を持つ巨人。
その手には巨大な斧が握られ、全身からは赤いオーラが立ち昇る。
私が呼び出したのは強種族である魔獣、ミノタウロス。
それも上位亜種である、ミノタウロス・バーサーカーだ。
一対一の戦いでこれを倒せる魔獣はそうそういない。
私の命令を待たず、バーサーカーは雄叫びを上げながら蜘蛛へと突っ込んで行く。
これはミノタウロス・バーサーカーの大きな欠点だった。
敵を前にして興奮状態になると、此方の命令などお構いなしに暴れ回ってしまう。
その為戦場でこいつを呼び出す愚か者はいない。
ある意味、闘技専用の魔獣と言えるだろう。
バーサーカーの斧による一撃を躱そうと、スパイダーが素早く動く。
その巨体からは信じられないようなスピードだが、横に避けた蜘蛛を、ミノタウロスは無理やりパワーで斧の軌道を変えてそのまま足を切り飛ばした。
「ギュアアアアアア!!」
足を切られた蜘蛛は痛みで悲鳴を上げる。
その力の差は明白。
一瞬でそれを悟ったゲオルグは、早々に白旗を上げた。
きっと自分の呼び出した魔獣を死なせたくなかったのだろう。
闘技場内にレウラスによる私の勝利宣言がなされ、大きな歓声が響き渡る。
私は急いでバーサーカーに戦闘中止を命じた。
「終了よ!」
――だが止まらない。
バーサーカーは逃げ惑うグランドスパイダーをその凶刃で八つ裂きにし、会場を揺らす程の雄叫びを上げる。
その声量に私は思わず目を瞑り、耳を塞いだ。
雄叫びが収まり瞼を上げると、バーサーカーと視線が鉢合う。
明かにその眼は、正気の物ではなかった。
バーサーカーがゆっくりと此方へ近づいてくる。
だが私は恐怖で動けない。
そんな私の目の前で、魔獣はその手にした巨大な戦斧を振り上げた。
逃げなくてはと思うが、体が動いてくれない。
私は激しく後悔する。
こんな事なら、もっと別の魔獣にすればよかったと。
自分の呼び出した魔獣によって殺されるなんて、こんなバカな話はない。
まだ何もできていないのに、私は死ぬのか?
そう思うと、両目から涙が零れた。
そして戦斧は無情にも私の頭上へと振り下ろされた。
私は恐怖から、目をきつく閉ざす。
……
…………
……だが痛みはやって来ない。
衝撃も。
一瞬だから、そういったものを感じる間もなかったのだろうか?
「大丈夫、目を開けてごらん」
優しい声。
私はその声を信じ、恐怖できつく閉じていた目をおそるおそる開ける。
するとそこには――私に向かって跪くミノタウロス・バーサーカーの姿があった。
そしてその頭上には、笑顔のグゥベェが……
きっと彼が私を守ってくれたのだろう。
「何でも呼び出せるからとはいえ、呼び出す魔獣はもう少し考えなきゃ駄目だよ。ラミアル」
「グゥ……ベェ……ありが……とう……」
安心したら涙が滝の様に溢れ出し、えづいて言葉が上手く出て来ない。
グゥベェが守ってくれていなかったら、今頃どうなっていた事か。
彼は私の命の恩人だ。
父の事で辛い思いもしたけど、私はグゥベェと出会えて本当に良かったと思う。
ありがとう。
グゥベェ……




