第8話 動き出す邪悪
「グヴェルめ……」
暗い闇の中、小さく呟いた。
周囲から、次々と人間の命が消えていくのが感じ取れる。
どうやらもうこれ以上、おとなしくしているつもりはない様だ。
以前奴は独り言で、自分の育てた者にその首を取らせると言っていた。
勿論それは只の演技だろう。
だがそれが、その瞬間こそが最大のチャンスだと俺は睨んでいる。
奴の隙を突き……その首を狩る!
俺は静かに目を閉じた。
今はまだ動く時ではない。
だから待つ。
心を落ち着かせて静かに。
その瞬間が――復讐のチャンスが訪れるのを。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここ……は?」
目覚めて視界に入って来たものは、緑色の天井だった。
むき出しの骨組みに掛けられた、簡易的な布製の天蓋。
恐らくここは野営地だろう。
「ネッド!」
レーネが俺の顔を覗き込む。
凄く嬉しそうだ。
ん?
……レーネ!?
「レーネ!っぅ……」
驚いて上半身を跳ね起こすと、体がふらつき、鋭い痛みと眩暈が俺を襲う。
頭を激しく振り回されたかのような感覚。
かなり気持ち悪い。
「ネッド、まだ起きちゃだめよ」
そう言うとレーネはふら付く俺の体を支え、俺を寝かしつけた。
暫くすると、眩暈は収まり気分が楽になる。
「レーネ、無事だったんだな」
「ネッドじゃあるまいし、この天才の私が簡単に死ぬわけないじゃん」
「ははは、確かにそうだ」
レーネは相変わらずだ。
その姿を見て思う、彼女が生きていてくれて本当に良かったと。
「そうだ!?他の皆は!?戦争は!?」
ほっとしたら、自分の置かれていた状況を思い出す。
俺達は魔王達と戦っていた筈だ。
「みんなは無事よ。ただカッツェさん達だけは……」
「く……」
師匠……クラウさん……
魔王との戦いの最中に、2人が魔獣との戦いで亡くなったと聞いてはいた。
聞いてはいたが……
「ごめんね、ネッド。あたしがもっと早く戻って来れてたら」
レーネは顔を俯かせる。
きっと責任を感じているんだろう。
「レーネのせいじゃないさ。謝らないでくれ」
どうしようもない事だったんだ。
戦争とはそういう物で、師匠達もそれは覚悟のうえで参加していた。
誰かが悪いわけじゃない。
「他の皆の様子は?」
「みんな元気よ。お兄ちゃんなんて、戦争がやっと終わったってのにもう外で素振りしてるわ。それを見てアーリンが呆れてたわよ」
「ははは、テオードらしいな」
戦争は終わった……か。
レーネのこの様子だと、多分人間側が勝ったのだろう。
「戦争は人間側の勝ちよ……一応……ね」
彼女は俺の心を読んだかのように、戦争の結果を知らせてくれた。
だがレーネは言葉の最後を濁らせる。
何かあるのだろうか?
「何かあったのか?」
「国鳥の平原での戦いは痛み分けだったわ。でもその後、魔獣の群れが魔族達を襲った見たい」
「魔獣の群れが?」
魔族を襲った?
どういうことだ?
「それと……魔王城が消し飛ばされてるそうよ。それも跡形もなく」
「!?」
魔王城は魔族の本拠地となる要塞と聞いている。
当然小さなものではない。
何せ魔族最後の砦だ。
むしろかなりの大規模な場所のはず。
そんな場所が、跡形もなく吹き飛ばされたというのか?
4つの目を持つ、赤い怪物の姿が浮かぶ。
そんな馬鹿げた真似が出来る者がいるとしたら、奴以外考えられない。
「グヴェルがやったのか?」
「確証はないけど、たぶんそうだと思う」
レーネも同じ考えらしい。
結果だけを見れば、グヴェルは人間に味方したともとれる。
だけど奴がそんな事を善意でやったとは思えない。
何か狙いがあるに決まっている。
「大変っす!」
その時、血相を変えたパールが飛び込んでくる。
「あ!ネッドパイセン!起きてたっすね!良かったっす!」
「ああ、そんな事より。何が大変なんだ?」
凄く嫌な予感がする。
「それなんですけど……ブラスト皇国とレイゲン王国が、大量の魔獣達に襲われて壊滅したらしいです」
「な……」
「それと……両方の首都は、完全に消滅しているらしいっす」
ブラスト皇国とレイゲン王国の壊滅。
そしてその首都の消滅。
魔族達の末路とそれが被る。
まさか……すべて奴の仕業か?
「ブルームーン王国はどうなったの?」
「ブルームーン王国とも連絡が取れないらしいっす」
その言葉を聞いて血の気が引く。
首都レイクリアには母がいる。
そんな……まさか……