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短編小説集

葡萄づくし

作者: 大西洋子

 なつめの案内で、今までに降りたことがない駅に降り、都市開発から取り残された一角の奥の更に奥へと進む。


 本当にこんなところに、呑みに行こうと誘われた店があるのかしら。そう疑心暗鬼になりかけた時、葡萄の彫刻が施された扉の前でなつめが立ち止まった。


「ここがそのお店よ。

 そうだ、肝心なことを聞き忘れていたわ。あやか、葡萄好きかしら?」

「好き。巨峰にデラウェア、マスカットにレッドグローブ……」

「干した物でも?」

「干した葡萄と言ったらレーズン? 好きというほどでもないけれど、嫌いっというほどでもないけれど」

「そう、それなら大丈夫かな。

 そうだ、これだけは忘れないでね。お店に対して悪態をつくと、今後このお店に行くことができなくなるから」


 なつめの言葉に首を傾げ、軽やかなベルの音と共に私達は店内に足を踏み入れた。そのとたん、私は文化と文化が入り交じるバサールに迷いこんだのかと錯覚を覚えた。



 帰宅し、シャワーを浴びたのち、SNSにあげる写真を吟味していく。

「なつめが店に入る前に、葡萄が好きかとたずねたのは、そういうことだったのね」


 撮った写真を一枚一枚拡大して見る。店の天井から吊るされた色とりどりのランプには、葡萄の蔦を模した飾りがあった。

「このランプ、素敵だったなぁ。もっと写真に撮っておけばよかった」

 一枚目はこれ。なつめからお誘いメール附属写真で一目惚れした内装。実際に目にして、写真以上に魅了されたわ。


 二枚目は二人で食べた肉料理、この写真かな。そういえば食べた料理、ほとんど葡萄が添えられていたわね。

 三枚目はこれ。クラッシュした氷にグラデーション状に注がれた二種類のワインとおつまみが載ったお皿。あのお皿、葡萄の葉を模していて可愛かったな。

 四枚目はデザート。デザートについていた葡萄、今まで食べたことがない葡萄だったけれど美味しかった。あの葡萄、何て言う名前なのかしら。後で調べてみよう。


 よし、これでSNSにアップ。

 あ、さっそくなつめからだ。

〔今日はありがとう。うん、内装もメニューも私の好み。また一緒に行きましょうね〕

〔気に入ってくれてよかった。そうね、また一緒に行きましょう。あのお店に悪態をつかない限り〕

 あ、今度は幼馴染みのれいかからだ。

〔れいかも色とりどりのランプに一目惚れしたのね。えっ? こっちに来ることになったから、そのお店に連れて行ってほしいって? 何時? その日なら空いているよ。うん、私もれいかとあちこち巡るのが楽しみだわ〕


 

 それから私は何度あの店に行っただろう。なつめと行ったり、自分一人で行ったり、すっかりそのお店の常連になったのは確か。

 それにしても、SNSにあのお店の写真をあげる度に、なつめが〔あのお店に悪態をつかないで、ついてしまうと、そのお店に行くことができなくなる〕と繰り返すのは何故だろう。


 その疑問は、予想もしない形で明らかになるけれど、事の発端は、幼馴染みのれいかと共に店に行ったことに違いない。


 乾杯し、料理が運ばれてくるまでの間、れいかは席を離れ、吊り下げられたランプを次々撮っていた。そんなれいかの後ろ姿を見ながら、れいかに何か言わなければいけないことがあったけれど、それが何なのかがどうしても思い出せなかった。

 

 私のバカっ! あのとき何故、何度もなつめに言われたことを忘れてしまったのよ。何故、れいかの「どれもこれも葡萄ばっかり」の言葉に相槌をうってしまったのよ! 


 れいかを地元に向かう高速バス乗り場まで送り、終電で自宅に帰り、風呂からあがって、スマホを開きSNSに書き込もうとして、あの店に関する写真はおろか、SNSにあげたページごと消失していた。


 ど、ど、どういうこと? そうだ、なつめにあの店の事を聞いてみよう。ところが、どうしたことか、お店の名前が、まったく思い出せないのだ。


 ならば、その店にいったらいい。一睡もしないで始発に飛び乗り、あの店へと急いだ。角を曲がったその先に、あのお店があるはず……


 角を曲がったとたん、私は立ち止まり目を剥いた。


 黄と黒の枠に囲まれた金網で封鎖された一角。その金網に掲げられた錆びだらけのプレートには、こう書かれていた。


〔昭和64年1月、この先、立入禁止〕

 


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