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しろいきつねの深紅の眼

作者: 酒若芽生


  「「日常が非日常に変わる日」」



Ⅰ  梅の花色の狐面


 私は最近、現実を知った。とは言っても、別に家族が死んだり友達がいなくなったってワケじゃない。むしろそんな話なら、小説の主人公みたいに「うわぁぁぁぁぁ」ってなってると思う。じゃあ何があってこんなにも冷徹に絶望しているのか。……テストの点が悪かった。


 「私は梅田いちか!剣道と料理が大好きなピカピカの高校一年生だ!」なんてアホらしいことを笑顔で言えたらどんなに幸せだろうか。私はそんな意味のない妄想を、流れる景色を目で追いながら景色と一緒に垂れ流しているここは電車の中。静かに揺れ動く重力の中で、親切心の報いとして私に送られた「立っておけ」の命令のもと、何をするでもなく窓の中と外をくり返し眺めている。きっとこの前のテストで八十点とかとってる人達は、こういう時間も単語帳とか眺めてるんだろうな。

 悲しいかな、私の中学時代はそこそこ賢い方で通っていた。しかし高校に入ってからというもの、そのイメージの片鱗すらも消え失せ、授業に追いつくのがやっとだったり、点数も平均と大して変わらないかむしろ2、3点劣るというありさま。特色で入学が決定した当時の「いよっしやああぁぁぁ!」は当に消えてなくなり、今は喪失感混じりの空気で呼吸するが故に、こんな意味のない時間の使い方をしている。

今は五月下旬。次のテストまで一週間もない。その上、もうすぐ文化祭だというのに、いまだにクラスの屋台の商品もパッとしない。考えるだけでも疲れる学校。

……はぁ……

えぇと、今それの商品の話でよく聞く奴は……


 学校。それも水曜の7時限目。

 クラス全員の顔にはどこにも生気を感じられない。そりゃそうだ。高校に入って、授業のスピードに驚いた記憶はひと月近くたった今でも鮮明だが、その記憶をことあるごとに浮き上がらせる教科が2つある。現社と数①だ。そんなえげつないオーラの揺らめくイバラの道が5,6時限目に並んだあとの7時限目、さらに言えば、普段水曜日は6時限目までのところを「会議がなさすぎる」ってだけで一時限伸びてる日の7時限目だ。やる気がでるわけがない。しかし、そんな生徒を目の前にしてるにも関わらず、私達の担任はサッサと話を切り出す。ふつうに頭おかしい。

 「さて、えーと、学級委員さんお願いしまーす。」

ガラガラッ。2人の生徒がのっそり立ち上がる。古典でやった「大儀そうに」がぴったりあてはまりそうだ。2人は大儀そうに前に出る。

 「……はい。えぇと……はい……文企(文化祭企画委員)で決まった今回の文化祭のテーマは……『夏祭り』です。……はい。」

 1テンポ遅れで拍手が起こる。空気、というか教室そのものが疲れているように感じられた。よくある学園モノアニメでは絶対ありえない、リアル以上にリアルな疲れ。この、普段はいけ好かない耳障りな学級委員らもこんな空気の中じゃ親近感まで湧くほどの倦怠感爆発ヅラだ。

 「では……はい。ええと、ではクラス屋台の商品は何にしましょうか。……ええっとー商品の条件は『火気厳禁』と『誰かに迷惑をかけない』ことです……はい。」

 誰も何も言わない。こんな空気の中、こんな振りでしゃべれる奴なんかいないだろう。

 「えっと、誰か挙手お願いします!」

普段あんま話さない女子の方が言う。こんな空気なのだ。1円だけ賭けていい。誰も手なんか挙げられるものか。

 「はい……どうぞ」

 「フランクフルト」

  予想が一秒足らずでへし折られた。やっぱり高校に入ってから運が悪い。他にも2人挙げている奴がいる。たぶんあいつらからしたら「今言わなきゃ言うタイミングがねぇ」ってことだろう。よく分かる。私が変に思ってんのはそこじゃなくて、「この空気の中でよく陽気なこと思いつけるな」ってことだ。

 結局、この7時限目の間に「からあげ」と「焼き鳥」の案が上がったが、「からあげ」はホットプレートで揚げんのは厳しいし、「焼き鳥」なんてもってのほかで、結局ホットプレートで何とでもなる、その上奇跡的にほかのクラスに取られてない「フランクフルト」に決定した。私は2日ある文化祭のうちの1日目の立ち番になった。


 文化祭前日……の夜。友達から「ずいぶん遅くまで起きてんな」と言わんばかりにメールの着信音を鳴らされた。私も「うるせぇ。そっちもだろ」とアプリを開く。きっと文化祭のそれだろう。

 「文化祭、行けるで」

 「そか」

 「うち1日目の当番やわ」

 「そか、私もや。」

 「んじゃ2日目いっしょに行こ!」

 『ゴー!』という文字の入ったナントカっていう漫画のスタンプが送られてきた。

 この友達と呼び続けている子は“白葉宇美”。何というか、一言で言えばアルビノだ。信じらんないけど。さらに言うなら彼女の趣味もすごい。休日の楽しみといえば、家のタブレットで作曲することだったり、双子の“左腕のない”兄とゲームでプロ顔負けの腕を競い合うことだったりするのだ。……あれ、そういえばあいつの兄、中学出てからあってないどころか連絡も取ってねぇな。また今度スタ爆でもやってやるか。

 「お前ちょっと前まで入院してたんだから無茶すんなよ。ポスター気合い入んのは分かっけど」

 「熱中症でぶっ倒れた翌日無茶してまた部活で救急車乗った奴の話は説得力が違うな」

 こいつ白っぽいくせに黒歴史をいとも簡単に出してきやがる。とりあえず威厳を保ちつつ過去を取り繕うにはなんて書いてやろうか。とりあえずパっと思い出す名言っぽいのを……

 「失敗例がないと成功は生まれないだろ」


 「失敗例がないと成功は生まれへんのやろ?」

 宇美がフランクフルトをかじりながら言う。うらやましさで視神経が焼き切れそうだ。と言うのも、こいつが「あれ食べたい」「あっちのも」「あ、あれも」というようにつぎからつぎへと屋台をまわってはお好み焼きだの焼きそばだの高カロリーを山ほど食っているのだ。本人いわく「なんか知らんけど食っても食ってもほぼ太らへん」らしい。チートか?


 「じゃあまた明日な」

 夕方をバックに宇美が手を振ってくる。こうゆう時こそ、よくいる主人公ってのは手を振りかえしてやるんだろうな。……しかし私はあまりにも主人公から遠すぎたようだ。口が勝手にいう。

 「じゃ」

 これじゃ主人公の同学年のクラスメート兼引き立て役が精一杯じゃねぇか。


 次の日。土曜日。夏祭り。

 頭の痛い中、ケータイの目覚ましを死ぬ気で止める。ぼやけた視界。ぼやけた思考。しかしひとつだけ、はっきり見えたものがある。

 「ごめん」の文字。


 「ごめんじゃねぇよ」とでも言ってやりたい。

 時間は確実に土埃を上げながら前にずるずると進んでいる。事態は収まっちゃいない。むしろ私にとっちゃ現実味が増す一方でこっちが心臓破れて死んじまいそうだ。

 ……友達。わかってる。息苦しいほどに分かり切ってる。私も小さい頃から体が弱かった。よく運ばれては他人を死ぬほど心配させてた。当の私も突然ぶっ倒れたり、急に肺というか胸が痛くなって息が上がったりすることがあった。まして相手はアルビノだ。よくは知らないが紫外線どうこうで癌になりやすかった気がする。ちょっと前まで入院してた事の理由すら分からないってのも私の心臓に負荷を掛ける。私にとって「死」だの「病院」だのなんて日常なんじゃなかったのか。過去?昔?そもそも思い出なんて何の意味があるってんだ!


 「ごめんね」蛍光灯は言う。

 耳の奥から響き渡った気がした。

 『手術中』の三文字。涙も出ない。ただ待つだけ。ただ待つ。待つ。


 ざわめき声。喪失感。笑い声。油とスパイスと排気ガスのにおいが入り混じる。逃げ出したい現実。幸せの代名詞。祭。ただその形として、文字として生まれてきただけなのに、勝手に意味をつけられて。その文字。その形。その人々。すべて表側しか見ることができない。しかし私はそのすべての裏側に、白葉宇美という物語を感じた。


 狐面。祭りの路地と広場から逃げ出したような屋台。逃げ出したような……。……私は逃げ出したのか……。宇美が戦っているというのに。


 「いちかちゃん!」

 これは……私のことか……。なぜだか遠い存在の名を呼ぶ声に聞こえた。この声は宇美のお母さんか。

 「はい」

 目の前の景色がぼんやりする。一体何が起きているんだ。目の前に二人の影がいる。あれ?ふつう病院の壁って白かグレーとかだよな?壁が緑やコケ色に点滅しているように見える。まるで異世界だ。……っと、急に重力が消える。何も見えない。白。黒。


 「これ……ください」

 狐の面を指さして言う。

 「ん。……210円やね。」

 「はい……。あ、やっぱこれも」

 私は2枚の狐面を買った。1つは白い。眉毛とひげ、目もとが赤く塗られている。そしてもうひとつは赤い。インスタントうどんのキャラクターでよく見るタイプだ。赤ベースに白い眉。かわいい。頭を軽くはじく。プラスチックの音。コンコン。コツコツ。


 目を覚ます。我が家の天井。真四角の木枠に紙を貼っただけの簡単な照明。今にも屋根ごと落ちてきそうだ。

頭がガンガンする。死ぬ気で体を起こす。どうせ死ねない。あたりを見渡すと赤い狐面があった。白い方はない。とりあえず狐面だけ持って立ち上がり、かたつむりといい勝負をしそうなスピードで部屋を出る。もう自分でも何がしたいのかわからない。


 玄関前の流しでおばあちゃんから話を聞いた。私はどうやらまた倒れたらしい。……貧血で。糞ったれ。あんだけポンポン飛び回っといて、貧血なんかで倒れんのか。

私は。


 病院。赤い狐面。濃厚な消毒液のにおい。宇美のお母さんと兄の背中。病室。


 ……大きな扉。中学の部活最後、三年生の最後の大会を思い出す。私の器に収まりきらない不安、緊張、焦り、そして待望。


 私は今、どんな表情をすべきだろう。

 私は今、どんなことを考えるべきだろう。

 私は今、苦しいか。いや、そうではない。

 私は今、幸せか。それもまた違う。

 あいつがそれほど大切か。白葉宇美が。

 私にとって大切か。梅田いちかにとって。

 私は今まで、あいつに何を助けられたか。

 あいつに今まで何を与えたか。


 ……私はあきれた。物質社会。人間本位思想。幸せか。何を、何をと問い続けて。


 私は親の所有物じゃない。作家は、ペンを職人の所有物とは考えない。生み出した者が作品の所有者になることなんてほとんどない。白葉宇美を生み出したのは彼女の両親だ。しかし彼女の体の持ち主は、今んところ白葉宇美本人だ。白葉宇美の人格を生み出したのは白葉宇美本人だ。しかし彼女の人格の持ち主は誰だろうか。

 私。私を含む彼女を知った者すべてではないか。

 私は今、どうあるべきか。彼女の人格の所有者として。


  ……彼女が生きて、いると聞いて。


 めまぐるしい速度で流れだした時間。

 家族の再会。喜び。感動。……涙。

 私の目に涙の気配はいまだなかった。ただ彼女のベッド脇のテーブルにある白い狐面が目に入った時、思わず顔が熱くなった。

 「よう」

 「ええと……お疲れさん」

 「お前がな」

 「お祭り……」

 宇美が深い赤色の目で仮面を見る。白い顔。ピンクの頬。

 「うん……、やっぱお疲れさん。」

 私は主人公に向いてない。主人公の引き立て役が精一杯だ。きっと今後も「めでたし、めでたし」なんて日常が訪れることはないだろう。きっと……


 翌年。遠くで鳴る心地よい太鼓。

 赤い和服の黒い髪。

 うつむきがちの顔に、

 人より少しだけふくらんだ涙袋。

 わたしの物語の……主人公。

 頭にかけた、赤い狐面。やわらかくも、深く心に宿る言葉。


 「お疲れさん」


 梅の花色の、狐面が揺れる。



  「「現実と空白の狭間で」」


  Ⅱ  白っぽい夏


 幸せとは何か。

 ふと疑問に思うようになった。

 わたしの体は生まれつき普通じゃない。むしろ普通と対照的ともいえる姿をしている。

 アルビノ個体。

 生まれつきメラニンの生成能力が欠落した「白い」個体。

 わたしはそんな体に生まれてきたことへの「報い」を何も知らないまま受けている。


 春。すがすがしい季節。

 多くの「ヒト」が出会いと別れをこぞってやる季節。桜が舞い、花だったりが咲き誇る季節だ。だから、そんな華々しい季節にこそ歓送迎のお祭りを集中させたいのも、大いにわかる。ただ今年ばかりは、そうとも言ってられないっていうのが、物語の異端者キャラのサガってやつなんだよね。

 わたしの場合の悩みは……そう。

 『癌』が見つかった事とかかな?


 「わたしの名前は白葉宇美!ゲームとcpミュージックが大好きなピカピカの高校一年生だ!」なんてアホらしいことをつらつらと誰に言うでもなく思い描けるだけわたしはいま幸せなんだろう。わたしはそんな意味のない幻想を、生きてるのかも疑問に思うくらいの「億劫」を顔に張り付けた「ヒト」を眺めながら、「ヒト」の所業と同じように、無駄に不法投棄をしている。きっとこの先の日常にも安心感を持って自然とほほ笑むなんて所業のできる奴はこんな時間にさえも「あー今日の授業めんどくせぇなー」なんておちゃらけたこと考えてるんだろうな。

……ふぅ……

さて、今日は水曜日か。たしか、今日は1組だけ延長で7時間まであるんだったかな。あいつはどうすんだろ。あいつのことだから絶対「あーだりー」てなってるだろうな。うらやましい。


教室。誰もいない。

 わたしは教室のそうじが好きだ。いや、どちらかと言うと、好きになった。と言うべきか。なんというか、特別感。わたしだけが良い事してる感ってのが好きになった。どうせ人と違うのだ。いいことしたって、別にいいじゃないか。


 …ほんとうにいいのか。

 静かに揺られながら夕暮れの山を眺める。燃え上がる山が、わたしに興味なさげな笑みをぶつけてくる。


 病院。消毒液のにおい。白いシーツ。

 「入院」の文字だけもわたしなんかみたいなちんけな存在に絶望感を味わわせるには十分な効果がある。まったく、高校生にもなって親にこんなつまらないことに金使わせていいものか。どうせ長くても今年中には終わる命なのに。まったく…

 主人公。あいつはよく言ってたな。「苦労だの理不尽だのが多い方が幸せな主人公になれるんだ」って。あの時は「ふーん」って感じでにやにやしてたが、改めて考えてみると、社会なんてそんなもんだってありありと感じさせられる言葉だったんだな。名言なんて有名人じゃなくてもぽっと作れるもんなんだな。

 窓の外を見る。今日は木曜日。

 本来ならバリバリ学校ある日だというのに、わたしはこんなとこで何やってんだろ。

「ふつうでいたい」だなんて理由でちょっと余裕ある高校に入る金出してもらったのに、そんな矢先から入院してばっかじゃ申し訳が立たないというものだ。わたしゃあまったくもって主人公なんかにゃなれないだろうな。こんなわたしなんかが主人公になったところで物語の終わりは見え透いてしまうだろう。まったく、厄介な体に生まれてしまったもんだ。とりあえずあさって退院か。あとであいつにも連絡しとくか。


 かなりの時間がたったようだ。文化祭のクラス屋台の広告ポスターの製作もようやく「佳境」といえる段階に入った。もしもわたしがあいつなら、「なんで入院にまで仕事やんなきゃなんねぇんだよ」っていってるんだろうな。ははは。

 そういえば、あいつにメールすんの忘れてたな。昔からガラケーのわたしにとって、「ライン」なんて名称は不慣れなもんで、いつも「メール」「メール」と呼んでしまう。まあこの体と比べりゃ何言ったって個性にはならないか。ははは、は。

 「文化祭、いけるで」

 オーソドックスな文面。

 「そか」

 あいつ、一分も待たすことなく返しやがった!すげえ!

 「うち1日目の当番やわ」

 「そか、私もや」

 「んじゃ、2日目一緒に行こ!」

 中学時代には見たこともなかった、スタンプという文化。今は頻繁に使うものとなったが、これも時代ってモンの影響なのだろうか。それはともかく、とりあえず昔にハマってた「がくえんぐらし」のスコップ振り上げた「ゴー!」のスタンプを送っておく。いや、あいつこのアニメ知ってたっけ。

 さっきから「あいつ」「あいつ」と呼んでいるのは、中二のときからの友達の、“梅田いちか”。梅田は中学時代からわたしのことを「宇美」と呼ぶが、わたしは今でもあいつのことを「梅田」と呼んでしまう。と言うのも、昔のわたしはこれでもかと言うほど敬語症が酷く、あいつのおかげで治ったが今でも不自然な関西弁を喋ってしまう。そう。この関西弁も、もとはちゃんとした標準語なのだ。

 『ピーコーン』

 おっと、妄想にふけっていたせいで忘れていた。

 「お前ちょっと前まで入院してたんだから無茶すんなよ。ポスター気合い入んのは分かっけど」

 「うるせぇ」とでも返してやろうか。いや、今のわたしはもっといい返しを持ってるんだった。あれはたしか、去年の夏のド真ん中だったか。わたしと一緒に下校してるときに貧血のせいで病院送りになって、さらにその翌日にも無理のしすぎで熱中症になってぶっ倒れたんだったかな。

 「熱中症でぶっ倒れた翌日無茶してまた部活で救急車乗った奴の話は説得力が違うな」

 うっ…あらためて文字におこすと悪意ぷんぷんだなこりゃ。あいつ、この文章から何を読み取るだろうか。キレなきゃいいけど。

 「失敗例がないと成功は生まれないだろ」


「失敗例がないと成功は生まれへんのやろ?」

どうやら私は相当性根が腐ってるらしい。どうしてこうも黒歴史を掘り下げんのが好きなんだろう。ふと梅田をみると、彼女は「これでもか」といわんばかりにわたしの左手を見つめている。あ、フランクフルトか。おそらく梅田の体質上、食べたらすぐ太るせいでこんなの軽く食べれないのだろう。わたしかって普通すぐ太るんだがなあ…。とは言っても、ここは高カロリーの宝庫、文化祭。ふつうの女子ならば欲求との戦いなのだろう。うらやましいなあ!普通普通ってよう!っはは!


「じゃあまた明日な」

なるべく元気いっぱいに腕を振る。

もちろん明日が「いい日」になる確信なんてないけど、期待だけでも体いっぱい表現しておきたいものだ。

「じゃ」

うん。こいつらしい。梅田の場合だと、むしろ活き活きしてたほうが調子がおかしいってものだ。……まてよ?それじゃあ今のわたしの今の動きもおかしいと思われたんじゃないか?……いやさすがにないか。あいつの場合、心配ならすぐ寄り添おうとするから……。


……苦しい。あれ?何かがおかしい。お腹が異常に痛い。おかしい。いや絶対おかしいおかしい。こんなのトイレのでも月一のでもない。いままで一回も感じたことないような、ナイフで突き刺されたような焼きつく痛み。……だめだ。意識が遠のく感覚がある。もしかしてこのまま……


……わたしは消えゆく意識の中で、兄の気配を感じた。


……分かってた。こんなタイミング、もっと早くておかしくなかった。

2年前のこと。急に体調が崩れ、病院に通うこととなった。週1回の億劫になるような習慣。ただの日常。暗い日々。


 そんな日々でさえ、幸せであると知った。

 わたしの、人生の、分岐点。余命の先刻。

 あれは中学3年の、ちょうど最後の大会前日だった。……目の前に突き付けられた「死」。「空白」。

 わたしはまだ1年近く命があるというのに、すでに生きた心地がしなかった。


  ……しかし、思ってたより早かったな……


 ……消毒液のにおい。

 慣れたにおい。慣れた肌触り。

 どうやらここは病院、それも病室のようだ。てことは……まだ生きてるのか。……とりあえず、わたしが主人公に向いてなくってよかった。もしもわたしが下手な物語の主人公なら、今の痛みが来た時ので死んでたんだろうな。それでそのまま真っ暗いエンドロールで……。


 死……か……。

 そういえばここ最近、全然考えてなかったな……。なんでそんな明確な訪れつつある終わりに疑問を抱かなかったのか……

 ……ああ、あいつのおかげか。

 ……はは……ありがたい……もんだ……


 目を覚ます。涼しい……物悲しい風。

 ああ。昔からそうだ。将来のことを考えると、いつもこうなる。世界そのものが、暗いものに感じてしまう。自分勝手もいいとこだな。ああ……、……もういやだ。

 ……白い……狐面……。


 ドアの開く重い音。

 お母さん。お兄ちゃん。……梅田。

 泣きつくお母さんの向こうで、少し困った顔で笑うはっぴ姿のお兄ちゃん。

ああ、困ったな。お兄ちゃんや梅田まで夏祭りから引きずり出しちゃったのか。いやあ、ほんと、困った。

 「よう」

 はは、だめだ。全然頭回んないや。

 「ええと……お疲れさん」

 「お前がな」

 「お祭り……」

 おっと……わたしの口は……梅田をここに呼び出しちゃったのは、わたしじゃないか。ふと自然に狐面を見る。プラスチック製の量産品って感じがぷんぷんする。あはは、これはきっと、梅田が祭りで買ったものだろう。なぜだろう、なんか、目頭が熱いや。

 「うん……、やっぱお疲れさん」

 梅田の手には赤い狐面が見えた。お揃いか、そりゃいいや。


 翌年の夏。布地が肌に張り付く鬱陶しい感覚。

 私は祭りをひっそり抜け出した。

 長い階段。石段を照りつける日光に、和服でいるには暑すぎるぐらいの気温。湿度。

 きっとあいつは今も、すずしい病室の夢でも見ながら、のんきに昼寝してんだろうな。

 ……あの影は……あいつの兄か……

 まったく、こんな真夏日によくフード付きの上着なんか着てるな。

 「よう」

 「……梅田……さんか。こんなアクセス悪いとこまでどうも」


 ……重苦しい青葉風。狐面。

 太い木のした。木陰に隠れた石の板。

 喪失感。怒りすらない空白の中。幸せの形なんか私は知らないが、あいつがいたら私はもう少しましな幸せを知ってたんだろうな……。これが、あいつにとっての夏ってやつか。

まったく、高校入ったばっかでいなくなりやがって。もしもまた会ったら文句の一つでも言ってやろう。ほら、はやく。戻ってこれるもんなら戻ってきやがれ…

「白……葉……」


 今は亡き『白っぽい夏』の真ん中には、

今日も白々しく揺れる狐面があった。

 結局私は何者なのか。さっぱり分からなかったな。

「お疲れさん」


 心のすみで響き続ける、

 真っ赤なエンドロールの残響を残して。


人生って楽しくない?

こんなふざけた人間でも自分より優れた人間の前で笑えんのやで?

「あれめんどいな~」とか

「なんでそんなんせなあかんの~?」とか、

そんな後になったら笑える文句も後先考えんと言える、

へらへらして嫌なこと後回しにできる、

そんなルーズな世の中さんで嫌みばっか言ってたら、

「スマブラで好きなキャラが強くて勝てんでもらえへん」

とか泣いて苦情だすガキと一緒や。

しゃんとせなあかんな。

私らが世界の、

未来の種やねんから。

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