五話
久々だなー
センターの周囲は人が行き交い、しばしば空間が開閉する。
「最近、センターの酷使が顕著になっている。まだ先のことかもしれないが、破綻しないか気掛かりだ。というわけで、偵察に行ってはくれまいか」
上司の依頼に、嫌と言う勇気が欲しい。
砦の制服を纏い、街を泳ぐこと少々、センター南部の仰々しいモニュメント群が顕現した。どうやらここらには、悪趣味な芸術家しかいないらしい。
ここは普段から人がよく通る場所だが、今日はやけに騒がしく、烏合の衆が闊歩するのは些か邪魔であった。珍しいものでも送られてきたのだろうか。
人混みから一歩引いてセンターを一瞥すると、人影が二つ、一人がもう一人を抱えて項垂れていた。
「突然すみません、私センターの管理を担っているものなのですが、人が転移することは稀でして。よければ経緯を教えて頂けませんか?」
人をかき分け、仕事を全うすべく、質素に、淡々と質問する。見るに、男性が女性を抱えている。女性に意識はないらしく、男は涙を流し声を殺している。
「ひとまずどこか落ち着けるところに行きましょう。駐在さん、休憩所お借りしますね」
センターの近くに立つ男性は「はい」と言って興味なさげにセンターを見た。
「失礼しますね」
誰に言った訳でもないが、そう呟いて二人と自分を休憩所へと転移させた。
人混みはどうなるだろうか。
─── ・ ───
呼吸が落ち着いた男性はただ座り込んで女性の顔を俯瞰していた。
「あの、少しは楽になりましたか?」
一呼吸の後、そう呟いた。
「ええ、すみません、ご迷惑をおかけして」
首を左右に振り静かに否定する。
「不躾なことをお伺いしますが、どうしてディバリオに?」
まあ、色々とね。男性はそう呟く他口を開かない。
「そうですか。ところで、その女性は?」
「ああ、彼女は、僕の……何かです」
「な、何か?」
僕にもよくわからない。そうとしか言わなかった。
「よろしければご自宅までお送りしますよ?」
仕事が増えたことを責めるつもりは微塵もないが、不安要素を減らしたいというのもまた、本心に変わりはない。
「お手間をおかけする訳にはいきません。ただ、一つだけ。僕達が今日ここに来たことは他言無用でお願いします」
「約束は出来ませんが、善処します」
「そうですか。では、そろそろ」
一瞬男性にとある面影を感じたが、気のせいだろう。頭ではそんなことを思ったが、例の男性は女性を抱えたまま立ち上がり、足元に魔法陣を張った。
「転移術?!」
「少し違う。今いる位置より高くに転移する術だ。普通の転移術より簡単に出来る」
「それで滑空しようと?」
朗らかに笑むその男性に、どこかノスタルジーを覚えた。
「ご名答。では、改めて失礼するよ。立派になったね、ジョセ」
─── ・ ───
「転移術?!」
やっぱり、この声……。だとしたらいつの間に転移術なんて使えるようになったのか。
「少し違う。今いる位置より高くに転移する術だ。普通の転移術より簡単に出来る」
「それで滑空しようと?」
術への理解も深まっている。まだ覇気にかけるが、あの時より遥かにマイティらしくなっている。
自然と笑みが溢れてしまった。子供の成長のようで、どこか心を打たれるものだ。子供はいないけど。
「ご名答。では、改めて失礼するよ。立派になったね、ジョセ」
かつての後輩、ジョセフィーヌ・エキューデに別れを告げ、早急に退散しようとするが、まあ、黙って見送ってはくれないよな。
「どこ行ってたんですか……」
「僕の気が赴くままに向かった所、とでも言えばいいのかな」
「相変わらず自由な方ですね」
沈黙とともに首肯する。
「なんで」
「なんで逃げたのか、でしょ?確かに僕は強かった。それなりに人とも交流があり、楽しかった」
ジョセの「じゃあ……」という声を遮って続けた。
「でも力任せに生きていて、つまらなかった。僕はもっと、のんびり生活したかったんだ」
「それだけですか?」
ああ、それだけだ。これこそ何も隠していない。
「あの夜に私に力をくれたのは、逃げるための工作だったんですか」
張りのない声で弱々しく呟かれたそれに、素直に答える気はしなかった。
「君がそう思うなら、そうなんじゃない?」
僕はどうやら察しが悪いらしい。だからそんな僕がこんなことを言うのは横暴かもしれないが、
「ジョセ、察してね」
それだけ言い残し、展開した術式を術として還元する。
彼女の顔はあまり見ていない。
─── ・ ───
ゆいに当たる空気を打ち消し、空中をなだらかに落っこちた。
さて、クリスタ、否、椛さんはどうしているだろうか。そんなことを考えながら、我が家への短い道のりを詰める。
帰宅。待っているのは妻でもなく休養でもなく、心労だ。
二階のソファにゆいを寝かせ、三階のあの部屋に足を進めた。
一応ノックし、ノブを傾ける。がしかし椛さんは見当たらない。困ったな、これじゃあ責め立てることも売ることもできない。
思い当たるところも少ないし、今日のところは深追いしないでおこう。
リビングでは、いつの間にかゆいが目を覚まし、コーヒーを二人分淹れていた。
「おはよう」
「ええ 、おはよう」
「夕飯の準備何も出来てないんだけど、どうする?」
「あるもの使って簡単なもの作るから、悠斗は休んでて」
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
そうだ。僕が求めた幸せってのは、こういうなんでもない日々みたいなのであって、術なんかいらない生活だったんだ。
「起きて、ご飯できたよ」
いつの間に寝ていたのか。
「いただきます」
手作りの夕飯の幸せさが身に染みる。
「そう言えば、僕ら、夫婦によく間違われるよね」
「そうね」
これほどの殺気を孕んだ肯定を僕は知らないが、話を続ける。
「いつか間違われなくなるといいね」
「そ、そうね」
ここまで反応が変わる人を見るのも滅多にないが、まあ、楽しいからいいや。
幸せをありがとう、ゆい。
私生活忙しいとか幸せかよ