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詐欺師とヒーロー  作者: しゅう
4/5

四話 印象

短めです。

『死は誰にも平等に訪れる。なら、薄っぺらい人生を歩んできた人は俺らより長生きするはずだ。でもそういう人が少ないってことは、なんだかんだ皆有意義に生きてたってことだろ?』

昨日読んだ小説の一部だった。主人公の男が街で出会った貧しい少年を励ますシーンだった。もしできるのなら、僕はこれを書いた作者と話してみたい。人の生死に関わる文をそうつらつらと書ける作者がどんな人間なのか、幾許か気になった。まあここでその主人公の意見に賛同するとして、本当に僕とゆいは同等の苦を味わっているのだろうか。

明らかに、ゆいの方が過酷じゃないか。ゆいは、誕生も最期も、こんな汚いところで迎えるべき人じゃない。

『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』

ゆいから聞いた名言の一つだ。僕と違って根が優しいゆいはこの一節に感動していた。天か。仮に本当に神がいて、人を平等に造っているのであれば、神社会はさぞ大変な格差社会なのだろう。そうでなければこんな差は生まれない。

誰が何を言おうと、自分が経験したことが優先される。自分が得たものを肯定したくなる。結局は名言なんてただの経験則であって、人それぞれなのだ。


ああ、落ち着け僕。こんな御託を並べても何もならないし、第一論理立てているわけでもなく只々現実逃避をしているだけじゃないか。幾ら名言っぽい何かに縋って、高名な偉人を頼ったって結局はゆいが報われないことが辛いだけなんだ。何の繋がりもなければ助かる緒もない。

第一、もう諦めかけている僕がいる。自分の今後が大事で、ゆいを見捨てようとしている僕がいる。


あの日僕はゆいと出会った。綺麗な女性だ、そのくらいしか思うことがなかった。数日間ずっと話した。彼女の諦観に突き動かされた。そして僕は、詐欺を持ちかけた。二つ返事だった。彼女は加えて、永久だと言った。彼女の生死に僕の意志が介在する中で、永久なんてことはあり得ない。彼女にとって永久でも、僕にとってはそうなり得ないのだから。それでも僕と彼女は、今を選んだ。それがこのザマだ。滑稽だ。

僕は今の状況をどうしたいのか。確かにゆいを助けたいと言った。今もそう言いきれるだろうか。僕が助けたいのはあの"ゆい"であってこの"美しい女性"ではない。

それに、ゆいはディバリオで動ける種類だ。別に助けに来なくたって助かる術はあった。でもそうしなかった。この空間に嗾けられたのかは知らないが、自分だって諦めている。人から助けてもらおうなんて、愚の骨頂だ。

こんな売女は、置いていこう。

置いていこう。


なぜか。

なせだろう、体が動かない。

誰かが術を?だとしたら僕がその気配を感じ取れないという時点で考えにくい。

ならなぜ?全身はちゃんと機能しているというのにどこかへ行くことができないのだ。

なんでだろうな。


見たことはないが、走馬灯のようなものが見える気がする。死ぬ?僕が?この走馬灯は一体何なのだろう。何が怖いんだ。何が悲しいんだ。今までだって嫌になる程仲間の死を見てきたはずだ。それなのにこんなに体が震えるなんておかしい。

弱くなったな。

僕がここに来た目的であり理想の姿、それは、弱くなることだった。力ではなく、心を脆くしたいと思い立ち、尻尾を巻いて逃げてきた。悲願達成じゃないか。喜ばないと。

「笑えよ」

誰に言うでもなく漏れた僕の声は気付けば雫として目頭から溢れ出てきた。

くそっ。態々突き放したのに、敢えて嫌ったのに、故意に突き放そうとしたのに、なんで離れられないんだ……。

少しずつ募っていたもどかしさも限界に達しつつあった。

ふと、女性の顔を見た。手を頰にやって俯瞰する。

「ゆう……と……」

寝言だろうか。呑気なものだ。

心臓が握り潰されたかと思った。そして同時にはっとした。

ああ、そうか。僕は彼女の信頼を信頼していたんだ。無防備で、挙句僕の脳でこの上なく貶されてなお、僕を慕ってくれているゆいが、好きだったんだ。

ゆい、ごめん。ひどいことを言って。

ゆい、ごめん。君を見捨てようとして。

ゆい、ありがとう。僕を救ってくれて。僕に弱さを与えてくれて、ありがとう。


「ふぅ」

大きく溜め息をついた。気持ちの切り替えを兼ねたつもりだが、傍から見るとただ落胆しているように見えるだろう。その真意を知っているのは、僕だけだと思うと、不覚にも笑みが溢れてきた。

「ゆい、君を助けてみせる。そして今度は、僕の過去に向き合ってみるよ」

自分のことなのは照れ隠しだが、決意として不足はないだろう。


ディバリオの中には一切の目印がない。しかし一ヶ所だけ、どこに出るかわかっている座標がある。僕とゆいの住む街から遥か遠く、決闘が多く賑やかな発展都市に出る。人間界、デミモンド、妖界、魔界、そんな世界が多くある中、中心にあるのが僕らのいる移民でできた世界『ティルナノーグ』。件の都市はティルナノーグの中心部にあり、距星の砦が正式にディバリオとの行き来を認めた唯一の地点だ。安全に移動できる手段だが、そこに行けばまず間違いなく大勢の目に留まる。それ自体は問題ではないが、昔の僕の仲間や敵がわんさかいるのだ。出会って仕舞えば最後、確実に足が付くことだろう。

嫌ではあるが、ゆいの為だ。

暗闇を移動し、全世界の中央に来た。思わず吐息が出た。よし。

「剪裁」

確かに他の空間より切れやすかった。途端、悪寒のしない明るい街に出た。出て、来れたか?それだけ確認して、ゆいを見た。息もあり、目立った障害もなさそうだ。よかった。気が抜けるのとどちらが早いか、足から崩れ落ちてしまった。

公衆の面前で、座り込み、ゆいを強く抱きながら呆然と泣いた。只管に涙を流した。

僕が欲しかったのは、もしかしたらこんな感情なのかもしれないが、結局は僕も六角さんと同じで、無いもの強請りをした滑稽な生き物だったのかもしれない。

それは定かでは無いが、取り敢えず僕はゆいが起きるまで泣き続けた。

誰に見られているとも知らず。

短くても頑張って書いたんですよ…

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