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6

 腹も満たされた後、思考が泥濘(ぬかる)みだす前に調査を開始した。

 慈の撮った写真を手掛かりに、外観に違いがないかを確認していく。窓の数はあっているか。窓と見せかけた飾りはないか。

 証拠写真を撮りながら疑いの目でひとつひとつを見ていくが、どれも確かに屋敷の中が見えていた。数も、模型と同じ。仕掛け扉のようなものも見つからなかった。

 足元も、石畳を敷いて簡易舗装されただけの足場だったから仕掛けがあるはずもない。


 「少なくとも、正面以外からの侵入は難しいってことがわかったな」


 雄なりに気を遣ったつもりのようだが、強襲を前提にされての言葉に紡は苦笑するしかない。

 無神経な従兄の肩を強めに叩いて、喚く彼を他所に見落としはないかと再度屋敷を見上げた。

 屋敷に入った時も思ったが、天井がかなり高い。日本の建築物は大抵が180センチの人物を想定して造られているらしいが、ここはそれを悠に上回っている。長身の雄は圧迫感がなくていいと快適そうにしていた。


 「こんなお屋敷じゃあ、お掃除とか大変でしょう」

 「あー……確かに脚立がいるね」


 基本的には業者に任せきりなのだけど、と思い出した言葉は慈の予想通りだった。


 外側の次は内側だ。まずは特に目立つ二階へと上がる大階段に、仕掛けは無いかと叩いたり耳を当ててみたりと試行錯誤する。結局あったのは模型通りのちょっとしたワインセラーだった。セラーの中にも細工された形跡は無い。

 一室一室を見て回り、念のためもう一度窓の数が合っているかを確認する。それから、フィクションに出てくるように本棚の裏や絵画の後ろに隠し扉が無いことも確認した。物は試しと時計の針もくるくる回してみたが、回転扉なんてものは見つからなかった。

 部屋の数も模型通り。見た限りでは壁が不自然に厚いということもない。


 「やっぱり執務室だろ」


 なかなかの手強さに眉根を寄せて行く先を睨む。

 これだけ調べても手がかりらしいもののひとつも見つからないのだ。隠し部屋の存在そのものが疑わしく思えてならない。自分はそんかに気の長い性格ではないのだ。

 不機嫌を露わにする従兄に、慈はころころと愉快そうにする。おかしくてたまらないと紅い三日月を浮かべて、流し目で見遣る様は妖艶であり蠱惑的だ。


 「私、あの部屋に何もないなんて言ってないわよ?」

 「ああ?」


 一層目つきを悪くする雄に、逆隣りの紡が顔を青くする。慈はわざと首を竦めた。


 「歴代当主の執務室。屋敷の見取り図、もとい複写模型。位置は階のちょうど真ん中。ついでに、庭園にあった噴水の女性像が指差していたのもこの部屋。ーーーーどう考えても彼処が一番怪しいわよ」

 「だったらなんで真っ先に調べない!」


 そうすりゃこんな苦労することもなかっただろうと八重歯まで剥き出しにする彼に、彼女はことも無げに「確認よ」とたった一言を返した。


 「一番怪しいからこそ後回しにしたの。他の部屋にも仕掛けがないとは限らないでしょう?」

 「見つけてからでも良かっただろう」

 「あら兄さん、忘れたの?ここは、私の、友達の家なのよ?」


 ーーーたったひとつの見落としもあってはならないのよ。


 ふふ、と彼女が笑う。

 雄は数度の瞬きの後、疲れたように溜息を吐いた。そういうことならちゃんと言え、と叱るように低い頭を拳骨で小突く。


 「随分気に入ってるんだな」

 「当然よ。お友達だもの。だから、傷ついてほしくないの」


 (てら)いなく言い切る彼女に、雄はもう一度深く溜息を吐いた。


 「ん? どうした?」


 顔を真っ赤に染め上げた従妹の友人に、疲れたのだろうかと気を遣う。慈も足を止め、彼女の額に手を伸ばすのを、彼女自身が拒んで止めた。


 「あ、の……ほんと、なんでもない……から……」


 ちょっと驚いちゃっただけ。

 俯いての主張に、従兄妹たちは顔を見合わせるしかない。

 ばくばくと心臓が早鐘を打つ理由は、紡だけが知っている。

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