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 歴代当主が執務室としてきた、二階の一室。

 持ち歩けない『見取り図』を前に、慈は「困ったわねぇ」と鈴を転がしたような声音で軽快に笑った。上機嫌にも見える表情は本当にそう思っているのか尋ねたくなると、その傍らで紡が胡乱げな眼差しを向ける。

 『見取り図』とは名ばかりで、二人の前にあるのは屋敷を何倍にも縮小した模型だった。屋根が蓋のようになっていて、一階、二階と分別できるようになっていた。

 大きさも、おそらくは重さも、女の身には到底持てそうもない。


 「本物を小さくしただけだから、窓の数とかもそっくりそのままなんだって」

 「面白いわね……あら、窓もドアもちゃんと開け閉めできるのね」


 うふふ、と人形遊びでもしている風な友人に、紡はなんだか気が抜けてしまう。

 いつもこうなのだ。マイペースで、気まぐれ。本人は自分を普通、平凡だと言うけれど、そんなことは決してないと付き合えば付き合うほど骨身に染みる。


 「これ、写真だとかは撮っても?」

 「あ、うん。芸術品とかじゃないし」


 紡が気安く許可を出す。

 慈は一瞬きょとんとして、それからまたおかしそうにクスクス笑い出した。


 「じゃあ、お言葉に甘えて。でも念のためフラッシュは当てないでおくわ」


 フラッシュ無しで写真が撮れるアプリがあると、それを開いて何枚かを撮る。

 一階、二階、外観、庭も含めた上空図。

 一頻り撮影して満足げに一息吐いた時、話を終えたらしい雄と亀山が部屋に入ってきた。

 心なしか憔悴した様子の従兄に、あらあらと慈が手を伸ばす。白い手が雄の額に当てられて、彼は気を緩め目を細めた。


 「あー……きもちー……」

 「兄さんはあったかいわね」


 ひんやりとした温度を堪能する従兄に、慈が満足そうにする。いつも難儀している冷え性が思わぬ役に立った。


 「何かわかった?」


 雄は無言のままメモ帳を慈に差し出した。


 「まったく、すぐに面倒がるんだから」


 額から手を離すが、それはすぐに元に戻される。言葉のひとつもない主張に、慈は溜息を吐き、仕方ないとさせるまま、空いている片手でメモ帳を捲った。


 まず着目したのは建物についてだ。

 例えば執務室は、紡も言っていたが屋敷が建てられてから一度も別室に移されたことはない。部屋唯一の大きな窓は開けるとテラスに続いていて、真正面に噴水がくる。そこから一望できる風景が歴代のお気に入りだったらしい。

 移動していないものは他にもあるが、それらはどれも屋敷が建てられた後に造られたものばかりだった。

 ついで、紡の祖母の上条(ゆかり)女史。性格については話に聞いた通り女傑の一言に尽きる。特筆するとすれば、前項に関与して、生垣が薔薇で織り成されているのは彼女の趣味であるということか。植物は当主によって差異あれど、無くしたことはないらしい。手入れや植え替えは御用達の家にのみ依頼しているとかで、随分金も暇も注ぎ込んだ遺物だ。

 叔父叔母についても確認したが、二人については紡が生まれる以前から折り合いが悪かったようだ。戸籍から外される前から屋敷に留まることは稀だったという。


 「ああ、亀山さん。確認したいのだけれど、このお屋敷に屋根裏部屋だとか、模型に反映されてないデットスペースのこととか、聞いたことは?」

 「は……聞き覚えはございませんな。入り口と成り得るドア等も見かけたことはございません」

 「そう、それはよかった」


 にこやかな慈に、住人達は揃って不思議そうに顔を見合わせた。

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