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 丁寧に刈り込まれた芝生(しばふ)と、手入れの行き届いた植木。薔薇(ばら)の蔦が織り成すアーチの向こうには同じく薔薇の生垣と、それに囲まれて噴水が日光を受けてきらめいている。

 反対側にはガラス張りの温室。その隣ーーとはいえ家の一軒分はありそうな距離を開けて、物置だという石塔が建っている。

 本当に此処は日本なのか。

 石畳に舗装された邸宅へと続く道を踏み鳴らしつつ、雄は呆れさえ抱き始めていた。

 屋根が見えてきた、と言われてから少なく見積もっても三十分は車を走らせた。それから駐車場だというロータリーに車を置いて歩くこと十分程。家だという洋館まではもうしばらくかかりそうだ。

 道中多少の話は聞いたが、それ以上に従妹の友人の家は資産家、というより最早富豪だった。何故一般人の家の敷地内にロータリーがあるのか。


 (こんな『お屋敷』で生まれ育ってたら、そりゃ未練もタラタラになるわなぁ)


 ならない方がおかしいと、雄は僅かに顔も知らない叔父叔母に同情した。

 しかし不思議なのは、この邸宅で生活している友人ならまだしも、自身の従妹さえこの有様を見て動揺していないということだ。

 ひょっとして、友人なのだから既に何度か訪問していたりするのだろうか。

 そう思って直接聞いてみるも、来るのは今日が初めてだと言うのだから謎は深まるばかりだった。




 ようやく辿り着いた洋館は外観通りの西洋様式で、玄関とは名ばかり、つやつやと磨き上げられた石畳の床が照明の灯りを照り返していた。視界の隅を掠めた巻貝の跡のようなものは、見なかったことにしよう。


 「おお、お嬢様、おかえりなさいませ。…おや、そちらの方々は……」

 「ただいま帰りました。私の友人と、その従兄の方です。今回の騒動で、知恵を借りたいと思いまして」

 「左様でございますか。……名乗りもせず、ご無礼を致しました。当家の家政の責任者をしております、亀山と申します」


 亀山と名乗った老紳士は、しわくちゃの顔により深い笑みを刻んで会釈した。その時でもしゃんと背筋を伸ばし、燕尾服を着こなす姿は老いを感じさせない。


 「ちなみに、此処で働かれて何年くらいです?」

 「正確には記憶しておりませんが……戦前からお仕えしておりますかな」

 「せ……⁉︎ あ、いや、ありがとうございます」


 礼を述べながらも、雄は片頰が引き攣るのを自覚した。頭の中を衝撃の一単語が埋め尽くす。目の前の人物は果たして何歳(いくつ)なのか、空恐ろしくなった。

 しかし、それだけ長く働いているということは、この屋敷についても詳しいことは間違いない。雄は早速左の胸ポケットに手をやった。


 「…………あ?」


 無い。指先が、シャツを掠めている。


 「兄さん、何やってるの? 今日は非番だからって鞄に入れたのは兄さんでしょう」


 ぶつくさと求めていた手帳とペンを渡されて、そういえばそうだったと思い出す。彼女と行動を共にするのはほとんど事件絡みの時だったから、うっかりしていた。

 わざと大きく咳払いして、気を取り直す。


 「まずは上条紡さんのお祖母様について。それから、今後の参考に彼女の叔父叔母について、お話を聞かせて頂きたい」


 亀山と二人、向き合う従兄に、慈は微かに口角を上げた。


 「紡、家の中の案内、してくれる?見取り図とかもあると嬉しいのだけれど…」

 「あ、うん。見取り図……持ち歩けないけど、それでもいい?」

 「ええ。さ、行きましょ」


 早くしないと日が暮れちゃうわ、と。急かすはずの口調は何故か楽しげで、まるでそれを望んでいるかのような響きを孕んでいた。

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