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 「先月、おばあちゃんが亡くなったの」


 紡には親兄弟がいない。彼女が小学生に上がるよりも前に、事故に巻き込まれたのだ。

 父には兄と妹が一人ずついたが、二人とはそりが合わず、家を出てから疎遠状況だったらしい。母には兄弟はおらず、どちらかの家に引き取られることになりそうだったところを、そうはさせまいと祖母が名乗りを上げたのだそうだ。

 紡の祖母は、女傑と称するに相応しい人柄だった。夫を早くに亡くし、女手ひとつで子育てのみならず、歴史あるお家を取り込もうとする奸賊を牽制し、護りきってみせた。情の厚い人だった。けれど患部とあらば、たとえ身内であろうと冷徹に切り捨てることを選ぶことも躊躇(ためら)わなかった。そんな人だった。


 「さっきの人達がその叔父さんと叔母さんなんだけど、……まあ、あの通りでさ。私が生まれるよりも前に絶縁を言い渡されたんだって」

 「ふぅん。大きなお家も大変なのねぇ」


 慈は他人事のように相槌を打った。

 多少の興味をそそられなくもないが、紡との交友には関係ない以上些事でしかない。

 紡は苦笑した。きらり、身動ぎとともにペンダントが揺れる。それは祖母の生前に譲り受けた物らしい。宝石かガラスかは不明だが、宝石だとしてもイミテーションだろうと言っていた。ケースとして渡された木箱がかなり古めかしかったらしい。けれど、それでも紡は大好きな祖母がくれたものだからと箱共々大切に扱っていた。


 「おばあちゃん、遺言で私を遺産の相続人にしてたの。叔父さんたちも、昔に戸籍から外されてるから」


 あの二人が葬式に参列した時、家族の情故のことだと思っていた。仲違いしていても、親子なのだから、と。

 しかし、そんな期待も呆気なく潰えた。二人が参列したのは、遺産のためだったのだから。


 「それから、毎日あんな風なの。私が大学にいる間にも何度もうちに来てるらしくて……まさか大学まで押しかけてくるとは思ってなかったけど」

 「多少なりとも常識があれば、しないのが普通だものね」

 「あはは……はっきり言うね」


 笑いはするものの、その声に明るさはない。草臥(くたび)れたそれに、慈は痛ましげな目を向けた。

 聞けば、遺産相続人は確かに紡が指名されているが、それは全てが機関に預けられているわけではない。大半は彼女の家--というよりは邸--の何処かに隠されているらしい。鍵は渡してある、とも遺言にあったそうだが、それらしい物に心当たりはない。めぼしい場所もまた然りと打つ手なし。

 彼女の憔悴も無理はない。


 「これからどうするつもりなの?あの様子じゃ、諦めるつもりなんて毛頭ないわよ」

 「だよね……。正直、うちに帰るのもちょっと怖いんだ……」


 物憂げに溜息を吐く友人に、それもそうだろうと深く頷く。慈の目から見ても、彼らが法を遵守するようには思えなかった。

 かと言って、何もできずに引き下がるほど、慈は慎ましい性質でもない。

 瞬時に組み立てた一計に、彼女は瑞々しい唇に弧を描かせた。いかにも楽しそうに目を細めて。

 紡は改めて思い知らされた。この友人の異常性を。


 「ねえ紡。私に、ひとつ考えがあるのだけれど」


 艶やかに、凄絶に。おぞましいほど美しい笑みを形作る友人に、彼女は言い知れない畏怖を感じた。

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