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 「ねぇ、私が気づいていないと思ってたのかしら? 本当に?」


 ありえないわよ、そんなこと。

 慈の断言に、女がわなわなと唇を震わせる。左右に揺れる首は無意識か。


 「な、なに、を……」

 「紡はねぇ、私の大切なお友達なの。そんな子に危険が迫るなんて、その可能性をたった一つ見落とすことさえ、あってはいけないことなのよ」

 「なんなの……なんなのよ!」


 女の耳障りな喚き声に、慈の瞳に浮かぶ嫌悪がさらに深まる。怯えるように、女は数歩後ずさった。けれどすぐに、腰が執務机にぶつかる。


 「なんなの、ねぇ……。言ったでしょう、私は紡の友人。付け加えるなら、あなたを犯罪者として警察に通報する目撃証人ってところかしら」

 「っはぁ? 通報? 目撃証人? 小娘風情が、随分と仰々しいことを言うじゃない」

 「あら、適当な表現だと思うけど?」


 いかにも嫋やかに微笑み頬に手を添える慈に、女ははっ! と鼻で笑った。歪な口が、歪な声を吐き出す。


 「知らないようだから教えてあげる。警察はね、何の証拠もなしに動きはしないのよ」

 「お生憎様。その程度、わざわざ教えられるほどのことではないわね」


 残念、と大仰に肩を竦めて見せる慈に、女が訝り眉根を寄せる。

 慈は興ざめとばかりに女から離れ、回廊と繋がる唯一の扉の前に仁王立ちした。

 そして、白魚の如き繊手がゆっくりとあるものを持ち上げる。

 女は今度こそ硬直し、貶められた屈辱に全身を赤くして戦慄いた。

 慈の持ち上げた手には、四角い携帯端末。その画面に映るのは窓を背景にした人影と、赤い録画中の文字。


 「証拠がなくては動かない? なら証拠があればいいだけのこと。声もしっかり入っているから、声紋鑑定もできるでしょうね」


 そう、慈の手札はこれだったのだ。毎日家に押しかけてくると聞いていた叔父叔母が、今日に限ってはやってこない。しかし、第三者の介入如きで諦める程度なら大学に押しかけるような真似はするはずがない。

 では、何故か。ーー騒ぎに気づかれたくないからだ。

 周りに民家がないとはいえ、騒げば証人から、あるいは聞き留めた通行人から通報がいく。それを危惧して何を企むかといえば、遺産という目的上、人目の少ない時間ーー夜に侵入し、捜索あるいは相続人たる紡の排除以外には考えられないのだ。

 来ないなら、それで良かった。それが良かった。

 けれど来てしまったのなら、それは最早敵だ。情け容赦など一切しない。

 来るならきっとアリバイ工作もしてくるだろうと予測した上で慈は罠を仕掛けた。言い逃れできないように、証拠を突きつけるために、携帯端末を使った。解析に十分な映像は撮れなくとも、声は確実に記録できるように。そして、完全に相続権を剥奪できるように。


 「抵抗するならするがいいわ。でも、私の大切な人に手を出したんだもの、慈悲なんてあると思わないことね」


 地を這うより低い声音が、言い逃れなどさせるものかと鼓膜を突き刺す。

 へなへなと、力尽きたように女が床に座り込んだ。放心した無様な姿を慈は冷ややかな目で見下ろした。

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