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 窓から差し込む月明かりだけを頼りに、薄暗い室内で手探りする。本棚の後ろも、引き出しの中も、机の下だって探したのに、何一つとして出てこない。募るばかりの焦燥と苛立ちに親指の爪を噛むと口の中が一気に鉄臭くなって、慌ててハンカチを巻きつけた。血痕なんてもの、残してはいけないのだ。

 手首の時計を見れば、停電からもう十五分ほどが経過している。復旧されないよう手は打ってあるとはいえ確証はなく、探る手の動きをいっそう早めた。


 「こーんばーんはーぁ」


 間延びした無邪気な声に、彼女はびくりと肩を跳ね上げた。続けざまに振り返れば、若い女が笑みを浮かべて立っている。屋敷のメイドでもない女に、彼女の心臓はばくばくと早鐘を打ちだした。


 「どーも、初めましてーーー泥棒サン」


 にっこりと。口元だけで、彼女は笑っていた。冴え冴えとした月光に照らし出された容貌は美しく、けれど逆光に輝く双眸には恐ろしいほどに冷え切った怒りが宿っている。


 「っ、は…? 何のことかしら?」

 「あらぁ、惚けるつもり? それとも、もしかしてご存知ないのかしら? なら、教えてあげましょうか。他人の家に勝手に入って、勝手に物を漁って、勝手に何かを持って行こうとする。ーーそういうの、泥棒っていうんですよ!」


 強められた語気に、心臓がいっそう早く脈打ち出した。嘲笑う若い女の顔に、全身の血が沸騰するかのような錯覚に陥る。何も知らない、何の関係もない部外者にこうも無礼を働かれるなど、女の矜持が許さなかった。


 「他人の家ならそうでしょうけどね、お嬢さん。ここは私の家よ。私が生まれ育った家。自分の家に入るのにも物を探すのにも、許可なんていらないでしょう」


 馬鹿にして言ってやれば、若い女はさもおかしなことを聞いたとばかりに高い笑い声を上げた。


 「それは違うわ。ここはもう紡の家であって、あなたの家ではないもの」

 「っ冗談じゃない! この屋敷も遺産も、全部私たちのもの! あんな小娘にこれっぽっちだって継ぐ権利はないのよ!」


 八重歯まで剥き出しにして女がヒステリックに叫ぶ。剣呑な目つきは射殺さんばかりに鋭く、叫ぶ声は閑静な邸内に大きく響いた。

 しかし、それでも彼女の笑みは崩れない。貴婦人を彷彿とさせる小さな笑い声をこぼしながら悠然と対峙している。


 「権利がないのはそちらでしょう。絶縁され、相続人からも外された、赤の他人の分際で」

 「なんですって!」


 ついに掴みかかろうとした女を、彼女は目線一つで制した。不愉快であると、いかにも(おぞ)ましく穢らわしい何かを見る、侮蔑の眼差しで。

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