12
さて、雄と亀山が食堂を出てからしばらく。慈は柔らかな橙の灯火に照らされながら、優雅に芳醇な香りを立ち昇らせる紅茶に舌鼓を打っていた。いかにも絵になる一挙手一投足に、屋敷の主である紡でさえ思わずうっとりと魅入ってしまう。それは控える使用人たちも変わらず、彼女たちは恍惚の息を吐いた。
「…………そんなに食い入るように見つめられたら、穴があいてしまうわ」
困ったような笑みさえ美しい友人に、紡がはっと我に帰る。ごめんごめんと軽く嘯きながらも目を逸らせずにいると、慈は仕方がないわねとでも言うように苦笑を滲ませた。
それさえも紡の心を掴んでやまないのだから、人誑しというよりは最早魔性である。
紡がそんなことを思っている時に、不意に慈が「そろそろかしら」と呟いた。ティーカップを持ち上げていた手が緩やかに動き、端末に触れる。華奢な指が数度画面を叩き、彼女はもう一度端末をしまった。
その口許に、うっそりと艶やかな笑みを携えて。
赤い弦月の如き唇が動くのを、紡はスローモーションをかけられたように見ていた。
「さあ、私たちも、動きましょうか」
うふふ、と酷く楽しげな笑い声に、紡は言い知れぬ寒気を感じた。ぞくりと全身に冷や水をかけられたような、体の芯から凍てつかせるような、正体不明の悪寒。ふるりと身を震わせた友人に、慈が嫋やかな動作で笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、安心なさい。貴女が怖がることなんて、何一つありはしないのだから」
そう語りかける声には、聖母もかくやと思うほどの慈愛に満ちている。
けれど、紡は見つけてしまった。自身に向けられていない目線、瞳の最奥に、狂気とも見紛う激情が揺らめいている。
これは、怒りだ。ここまで異常な怒り方をする人を、紡は初めて見た。いや、そもそも慈が怒る様さえ今まで見たことはなかった。優艶に、凄絶に。形容する言葉は違えども、彼女は常に笑みを絶やさなかったから。けれど、これは違う。凍てつき、灼き尽くす微笑は、微笑ではない。
硬直する紡をちらと見て、慈は徐に立ち上がった。
「いらっしゃい」
紡の体が、本人の意思とは関係なく動き出す。誘われるまま勝手に慈に従う自分の体を、紡はどこか遠いことのように感じていた。
控えていたメイドたちが、同じく恍惚とした表情で勤めを果たすべく動き出す。閉ざされていた扉が慈の歩に合わせて開かれる。
月明かりだけが照らす屋敷。大理石の敷き詰められた回廊に響く、二人分の靴音。
「どこ、行くの……?」
「害獣は駆除しなきゃ。ーーねえ?」
うふふ。ふふ。うふふふふ。
暗闇の中、慈の楽しげな笑い声が響き渡る。




