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黒ドレスの女 7




 墓場の墓守小屋へ戻って来たのは、約束の期日の昼過ぎだった。悪魔憑き(バンシー)との遭遇ですっかり怯えきってしまった馬の足は行きの時よりも遥かに遅く、何度も足を止めるので俺が引いて歩いたほどだ。

 だがそれでも、ミステル・バリアンローグとの取引には十分間に合う時刻だった。


 戻って直ぐに墓守としての墓地巡回を行い、“闇夜を徘徊する者(ナイトウォーカー)”が発生していないを確認して回った。


 そして日が落ちて夜の帳が完全に降り切った頃、墓守小屋に待ち人がやって来た。


「カネガ、いるかい?」


 ドアをノックする音と共に聞こえて来たのは聞き覚えのある女の声——ミステル・バリアンローグの恋人の一人、スマッシュだ。


「あぁ、準備はできている」


 ドアの鍵を開けて本人を確認すると、スマッシュはランタンの一つも持たずに闇夜の中に立っていた。

 念のため、スマッシュの後方や周囲を窺うが、周囲に他の人影も明かりもない。いつも通り、スマッシュは一人で取引にやって来たようだ。


「入れ」


 小屋に招き入れたスマッシュは素足にホットパンツを履き、腰には刻印ラースが施された懐中時計をぶら下げ、上はヘソが丸出しのシャツに革の上着を着ていた。


「そっちにすわ——」

「まずは一杯もらうよ。アン、グラスをくれ」

「は〜い、どうぞ!」


 来客用の椅子を指差そうとしたが——スマッシュはすでに俺のカウチに腰をおろし、寝そべりながら足を肘掛けに投げ出して蒸留酒に手を伸ばしていた。

 

「……」


 あまりのくつろぎっぷりに言葉も出ないが、スマッシュとはこういう女だ。スラム生まれのスラム育ち、ミステル・バリアンローグの恋人であり、“戦の神カーン”を信仰する酒好きの戦闘狂。

 小ぶりな胸と小さな顔に190cm近い長身、モデル体形のしなやかな体を惜しげも無く見せつけているが、男に全く興味がない——どころか、言い寄る男を殴り倒すところを何度か見ているだけに、もう一人のダリアと合わせて取引以外では近づきたくないカップルたちだ。


 俺が呆れているのに気づかないのか、スマッシュは鼻歌と満面の笑みでアンからグラスを受け取り、蒸留酒を注いでその琥珀色の液体の輝きと香りを楽しんでいる。


「それでカネガ、収穫はどんなものだい」

「自分で確認しろ、そこの籠二つがそうだ」


 スマッシュから蒸留酒の瓶を奪い取り、空きグラスを取るついでに“呪われた大森林”で収獲して来た薬草と木の実が詰まった籠を指差す。

 籠はスマッシュが足を投げだすカウチの足側に置いてあったので、スマッシュは体を起こしてグラスを片手に籠を引き寄せた。


「これが全部そうか? カカの実にミルト草、それにガルボウの根まであるじゃないか!よく見つけられたな」


 スマッシュは籠から一つ一つ取り出して、その種類や保存状態を確認していった。採取して来た薬草や木の実の種類は多岐に渡っているが、全てアンが最良の保存状態を維持して運んで来た。


「二倍用意すると言ったからな。量も価値も、申し分ないはずだ」

「あぁ、確かに。これならミステルも喜ぶ」

「なら、ダダーリン兄弟の情報を貰おうか」


 これで交渉成立。口角を上げて笑みを浮かべるスマッシュは、話し始める前にもう一杯寄越せと言わんばかりに空のグラスを差し出して来た。


 この酒好きは信仰こそしていないが、“酒の神バース”に愛されているらしい。信仰さえすれば直ぐにでも使徒になれるほどらしいが、本人が“戦の神カーン”に心酔しているため、その日が来ることはなさそうだ。


 酒をケチっても話は進まない。黙って蒸留酒をグラスに注ぎ、さっさと話せと無言で視線を送る。

 スマッシュは注がれた蒸留酒を満足そうに一口含むと、グラスを置いてカウチに体を大きく預けて話始めた。


「まず、ダダーリン兄弟はまだサイランに潜伏している」


 それは予想できている。関所を通過するのは街を出入りするのとは訳が違う。盗み出した鉱石と共に移動するのは目立つし、その情報はいまだに入って来ていない。


「居場所は?」

「まだ判っていない……だけど、明日の夜に開かれる夜会に来るって情報は手に入れた」

「夜会? 確かそれは——」


 夜会とは、スラムとサイランの北繁華街の境付近で夜な夜な開かれているパーティーのことだ。

 主催はサイランに居を構える枢機卿カーディナルの一人、ザイドン・ラーゲンヘルツ。サイランを治める司教につぐ、北側で最も権力を集めている人物だ。


「そっ、酒に女に薬、そして内密の取引が行われている会だ」

「そこに入れれば、ダダリーン兄弟が姿を現わすってことか」

「残念ながら、ラーゲンヘルツの夜会は招待制だ。新顔はおろか、墓守が参加できるような会じゃないよ」


 スマッシュが言う通り、簡単に忍び込めるような場所ではない。夜会が行われるのはザイドン・ラーゲンヘルツの別宅ではあるが、サイランの有力者が多数集まる夜会だ。

 その警備は専属の私兵団が取り仕切り、外部からの侵入は細かく監視されていると聞く。


「潜り込むのは骨だな」


 そう呟くと、グラスを空にしたスマッシュがニヤリと笑みを浮かべた。


「ミステルが言っていた通り、枢機卿カーディナルを恐れずに潜り込むつもりのようだな」

「当然だ。取引をしたのはダダーリン兄弟の所在を確かめるため、情報を得て終わりじゃない」

「なら……特別に潜り込むのを協力してやってもいい」

「なに? できるのか?」

「あぁ、もちろんだ。ミステルは夜会に毎夜招待されている。実際に行くことは殆どないんだが、お前が望めば御者として同行させてやる」

「……条件は?」


 俺とスマッシュの間に信頼関係も絆もない。あるのはお互いの金儲けのために利用し合う協力関係のみだ。

 だからこのスマッシュの提案にも、当然ながら俺が支払うべき対価が用意されている——そして、それは毎度同じものなのだ。


「ふふん、いい仕事をするカネガには、引き続きいい素材を用意してもらいたい」


 カウチに身を沈めて足を組むスマッシュは、そのつま先で薬草と木の実が詰まった籠をツンツンと叩いて見せた。


「あぁ、判った。この件が終われば、また森へ潜って採取してこよう」

「交渉成立、明日の夜にまたスラムへ来てくれ、御者とはいえ正装してくれよ。ミステルに恥をかかせたら殴るからな。さぁ飲もう! お前は墓守のくせに酒の趣味はいいからな。アン、カネガが隠してる高い酒を持ってこい!」

「えっ……いいんです?」


 アンが俺に許可を求めるように視線を向けるが——これを断ればまた面倒臭いことになる。

 何も言わずに一つ頷き、それに応えてアンが部屋の隅をゴソゴソと漁って美しいガラス細工が施された酒瓶を取り出した。


「やっぱりあるじゃないか!」


 満面の笑みを浮かべるスマッシュに、俺は苦笑するしかなかった。



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