8 夢幻鬼・臨月天光
「ひ、ひゃぁぁぁ! いったい、どこまで流されるの~!?」
わたしたちは、いまだにスパゲティカルボナーラに流されていた。
途中から、わたしのそばでおぼれていた愛花ちゃんの姿が見えなくなっている。
「ど……どうやら、愛花の夢の中から出て、別の人間の夢に入っちゃったみたいね! ごぼ、ごぼ……。ふつうの人間の魂は、他人の夢の中には入れないから、愛花は自分の夢にとどまっていると思うわ! がぼ、がぼ、お……おぼれる~!」
わたしの髪にしがみついているハクトちゃんが、そう説明した。(めっちゃ痛い!)
「ユメミ! はやくこのまぼろしをけすばく! まぼろしをうみだしたユメミなら、このスパゲティカルボナーラをけせるばく!」
同じく、わたしの右腕にしがみついているバクくんが、そうアドバイスしてくれた。
「な、なるへそ! わかったよ!」
わたしは、精いっぱい、「スパゲティカルボナーラよ、消えて消えて消えてーーーっ!」と祈った。
すると、さっきまでのクリームと麺の地獄がウソだったみたいに、スパゲティカルボナーラはあとかたもなく消えたのである。
「た……助かったぁ~!」
幻が消えたあと、わたしたち3人は、どこのだれの夢の中なのかわからないけれど、キレイな菜の花がたくさん咲いている野原にたおれ、ホッと安心した。
周囲を見ても、夢幻鬼スイレンの姿はない。たぶん、彼女もどこか別の夢の世界に流されてしまったのだろう。
愛花ちゃんの夢から追い出すことには成功したけれど、退治できたわけではないから、また悪さをするためにあらわれるかも知れない。
「ここはいったい、だれの夢の中なのかしら?」
さっきの砂漠とはおおちがいで、ずいぶんとのどかな風景が広がっているし、たぶん悪夢ではないと思うけれど……。
「あっ、あそこにアイカがいるばく。シュウヘイとかいうカレシといっしょばく」
バクくんが指差した方角を見ると、本当に愛花ちゃんと秀平くんがいた。ふたりは、深刻そうな顔をして見つめ合っている。
「あれ? 愛花ちゃんがいるっていうことは、ここはまだ愛花ちゃんの夢の中なの?」
「いいえ、ちがうわ。ここは、おそらく、愛花の彼氏である陸奥秀平の夢の中みたい。あの愛花は幻よ」
「どうやら、そうみたいばく」
神様のハクトちゃんと夢幻鬼のバクくんには、見えているモノが幻かどうかの区別がつくらしい。
それにしても、まさか、愛花ちゃんの夢から、秀平くんの夢に移動しちゃうなんて。すっごい偶然。やっぱり、彼氏と彼女だから不思議な縁で結ばれているのかしら?
「ねえ、秀平くん。どうして、電話やメールをしてくれないの? わたしのこと、嫌いになったの?」
愛花ちゃん(幻)は、瞳をうるませ、悲しげにそう言い、秀平くんにつめよる。
秀平くんは、なんだか答えにくそうに「それは……」とつぶやき、顔をふせる。
愛花ちゃんの夢の中では、愛花ちゃんのほうが秀平くん(幻)に一方的に別れようと言われて、愛花ちゃんはショックを受けていた。
でも、こっちの夢では、秀平くんが愛花ちゃん(幻)に責められて、困っている様子。
もしかして、あの愛花ちゃん(幻)は……。
「なにも答えてくれないんだね……。秀平くんがいつまでもそんなハッキリしない態度だったら、わたし、他の人を好きになっちゃうよ? それでもいいの?」
「え? そ、そんな……。待ってくれよ、愛花!」
「わたしのことをまだ好きでいてくれているのなら、お願いだからちょっとは連絡をよこしてよ……」
やっぱり、ここでも別れ話になってる!
ということは、あの愛花ちゃんも、悪夢使いの夢幻鬼が生み出した幻にちがいないよ! きっと、スイレンとはまた別の鬼が悪さをしているんだ!
「こらぁーーーっ! いますぐその別れ話をやめなさーーーい!」
「あっ! おい、こら! ちょっと待ちなさい!」
「あれは、あくむじゃないばくぅ~!」
蝶の羽でバビューンと飛び出したわたしのうしろで、ハクトちゃんとバクくんがなにか言っていたけれど、わたしの耳には届かなかった。
「いでよ、浮橋家伝家の宝刀……ピコピコハンマー!!」
わたしは夢想力でオモチャのハンマー(たたいたらピコピコ言うやつ)を出し、愛花ちゃんの姿をした悪夢をやっつけようとした。
え? 伝家の宝刀がしょぼい? ていうか、刀じゃないじゃんって?
だってぇ~、いくら幻といっても、刀とかで友達の姿をしたモノに攻撃するのは気が引けるでしょ?
「と、とりゃぁ~! 成仏してくだされ~!」
わたしは、愛花ちゃん(幻)めがけて、ピコピコハンマーをふりおろした!
でも、愛花ちゃん(幻)はわたしの攻撃をさっとかわし、
「オレはいま仕事中なんだ。邪魔をしないでくれ」
なんと、男の子の声でそう言った。
しかも、かなりのイケメンボイス!
なんで、この愛花ちゃんの幻、少年みたいな声なの?
まあ、どうでもいいや。いまは、秀平くんを苦しめている悪夢をたおすことが先決だよ!
「え~い! かいしんのいちげき~! かいしんのいちげき~! かいしんのいちげき~!」
わたしは、ピコピコハンマーをブンブンとふりまわし、愛花ちゃん(イケメンボイス)に攻撃をしかけた。
でも、愛花ちゃん(イケメンボイス)は、わたしの攻撃を全部かわしていく!
「な、なんで!? なんで攻撃が当たらないの~?」
「目をギュッとつぶってブンブンふりまわしても、当たるはずがないだろ」
愛花ちゃん(イケメンボイス)は、やれやれとため息をつくと、ピコピコハンマーをにぎるわたしの右手をガシッとつかみ、
「君はかんちがいをしているようだ。オレは、ヒトに悪夢を見せて苦しめるようなたちの悪い夢幻鬼ではない。オレは、ヒトに『警告夢』を見せる夢幻鬼、臨月天光だ」
と、わたしの耳元でささやいた。
う……うひゃぁ~! イケメンボイスで耳がとろける~!
ヤバイ……な、なんだかドキドキしてきたでござる……。
で、でも、わたしたち、女の子同士だし! 相手はただの幻だしぃ~!
なんて、わたしが考えていたら……。
目の前にいた愛花ちゃん(イケメンボイス)が、わたしと同い年ぐらいの美少年に姿を変えたのだ!
色白で優しげ、女性的な顔立ち。でも、黒々とした瞳は凛としていて美しい。長い髪は、うしろでしばっている。
服装はちょっと異様。黒い布をマフラーみたいに首に巻いて、風にたなびかせている。そして、源平合戦の源義経が着ているような大鎧を身にまとっていた。ただし、鎧はかなりボロボロで、まるで落ち武者みたいな姿だった。
ちょっと怪しそうだけど……イケメンキャラ、キタコレ!!
い、いやいや、そんなことを言っている場合じゃない!
「『警告夢』ってなんですか? なんで、愛花ちゃんに化けて、秀平くんを苦しめていたんですか? いきなりあらわれて、ワケワカメなことを言わないでください!」
「いきなりあらわれたのは、君のほうじゃないか」
冷静にツッコミを入れる、夢幻鬼・臨月天光。見た目はわたしと同年代っぽいのに、ずいぶんと大人びている。
「おい、こら! 早とちり妄想女子! そいつは悪夢使いの夢幻鬼じゃないわよ! 悪いヤツじゃないから、そのアホまるだしの武器をしまいなさい!」
「だれかとおもったら、ぶあいそうでいけすかないリンゲツテンコウばく。ちぇっ、ユメミにピコピコハンマーでぶっとばされていたらおもしろかったのにばく……」
ハクトちゃんとバクくんがそばにやって来て、口々にそう言った。
え? ハクトちゃんとバクくんもこのイケメンさんのこと知ってるの?
バクくんは、なんだか彼のことを毛嫌いしているっぽいけれど……。
「彼は、人間たちの身になにか悪いことが起きる前に、気をつけるようにうながす『警告夢』を見せている夢幻鬼なのよ」
「でも、ニンゲンをおどしすぎて、あくむをみせるオニだとしょっちゅうかんちがいされてるばく。いいきみばく」
へぇ~。夢幻鬼にもいろんな種類がいるのね。
悪夢を食べるバクくん、スイレンみたいな悪夢使いの夢幻鬼、そして、ヒトに警告のための夢を見せる臨月天光。
でも、危機を知らせるための警告夢だから、ヒトに恐い夢を見せたりもするんだよね。だから、悪い鬼だとかんちがいされやすいのか。なんだか、ちょっと損な役回りかも……。
「たしかに、ごくまれに夢の中でオレの姿を見ることができる夢想力の強い人間がいて、悪夢を見せる悪鬼だとかんちがいされることがある。だが、オレはそんなことは気にしていない。人々がオレの警告夢を見ることによって、少しでもわが身にふりかかる不幸から逃れてくれたらそれでいいと思っている。……そんなことより、悪夢喰らいの夢幻鬼・獏よ。君はずいぶんと縮んだな」
「う、うるさいばく! これにはいろいろとじじょうがあるばく!」
バクくんが、涙目でキャンキャンほえる(可愛い)。
わたしは、「オオクニヌシさまから夢守のお役目をまかされた浮橋夢美といいます。よ、よろしくお願いします」とちょっと緊張しながらあいさつをし、外見が少年とは思えないほど精神年齢が高そうな臨月天光さんを尊敬のまなざしで見つめた。
「臨月天光さんって、えらいんですね。他人に誤解されて、嫌われても、人々を救いたいと思うなんて……。気弱でひっこみ思案なわたしにはとてもマネできません。悪い鬼とまちがえて攻撃して、すみませんでした。友達の彼氏が悪夢に苦しめられていると、かんちがいしちゃって……」
「いきなり攻撃をしかけてきた君が気弱でひっこみ思案だとはとても思えないが……」
う、うう……。すみません。夢の中だから強気になっちゃてるだけなんです。
「しかし、ヒトを苦しみや不幸から救いたいという気持ちは、オレたちの共通の心のようだ。君は、そこにいる陸奥秀平を助けたくて、オレを攻撃したのだからな」
天光さんはそう言いながら、さっきからわたしたちをぼうぜんと見つめている秀平くんをチラリと見た。
「な……何なんだ、こいつら? さっきまで愛花と話していたのに、愛花が消えて、わけのわからないヤツらがたくさん出てきて……」
秀平くん、かなり混乱しているみたい。
「オレは、数日前から、彼に『恋人とこのまま疎遠になったら、きっと後悔することになるぞ』という警告をあたえるため、彼の恋人の姿となって『どうか、わたしに連絡をしてほしい。そうしないと、他の人を好きになる』とせまっていたのだ。しかし、彼はあんがい優柔不断な性格で、疎遠になりつつある恋人に一度も連絡をしていないんだ」
そっかぁ、秀平くんは優柔不断なイケメンくんだったのかぁ~。それは愛花ちゃんも苦労しそうだ。
「ふぅ~ん、そういうわけね。じゃあ、あたしたちで、このヘタレ彼氏を説得しましょうよ」
ハクトちゃんはガムを口の中でくちゃくちゃさせながらそう言うと、
「おい、そこのヘタレ彼氏。耳の穴をかっぽじって、よく聞けや!」
と、秀平くんに吠えかかった。のっけから、すっごく威圧的だ。
「な、なんだ、この目つきの悪い小学生は……?」
「あたしは小学生じゃねえよ。神様だよ。畏れ敬い、地べたにはいつくばりな」
「は、はぁ~!? おまえ、頭だいじょうぶ……」
「うるせえ! 話を聞けぇ! てめえは、女の子ひとりの笑顔も守れないうすらとんかちのくせに態度がでかいんだよぉぉぉ!!」
「う、うわぁ~!?」
ハクトちゃんは、スカートのポケットからニンジンを取り出し、ピョンとジャンプして秀平くんにおそいかかった!
「おらおらおら~、ガタガタ言わせたろかぁ~!」
ビックリしてたおれた秀平くんに馬乗りになり、ニンジンを口の中につっこむハクトちゃん!
秀平くんは、「む、むごごぉぉぉーーー!?」と苦しそうにうめいている。
「ハクトちゃん、ストーーープ! 殿中でござる、殿中でござるぞ~!」
わたしはあわてて、ハクトちゃんを秀平くんから引き離す。
え? 「殿中でござる」ってなにかって? 元ネタは『忠臣蔵』というお話の中の「刃傷松の廊下」っていう江戸時代に実際にあった事件だから、学校の図書館かインターネットで調べてみてね!
「ユメミ。きょうぼうなこのウサギにはせっとくなんて、ムリばく。ユメミがせっとくするばく」
「う、うう……。知らない人とお話するのは緊張するけれど、仕方ないっぽいね……」
わたしは、たおれている秀平くんを「だいじょうぶですか?」と言いながら助け起こすと、
「わたし、浮橋夢美といいます。愛花ちゃんのクラスメイトで、無二の親友です(作者より:微妙に誇張表現がふくまれています)」
と、名乗った。
でも、荒ぶるウサギ神のハクトちゃんと仲間だと思われているのか、秀平くんは微妙におびえた目でわたしを見ている。
「秀平くんは、どうして、愛花ちゃんからのメールに返事をしてあげないんですか? 電話も、ほとんどしてくれないって……。愛花ちゃん、とてもさびしがっていましたよ」
「あ、愛花……」
わたしが必死に愛花ちゃんのさびしさを訴えると、秀平くんは目をふせ、恋人の名をつぶやいた。
「オレ……。引っ越ししても、ケータイで連絡が取れるし、隣の県だからすぐに会いに行けるからだいじょうぶだって、愛花に言ったんだ」
うん。愛花ちゃんも、秀平くんにそう言われたって、言ってたね。
「でも……。愛花を安心させようと思ってそんな強がりを言ったけれど、本当はオレも不安だったんだよ。……だって、あいつ、すごく美人だろ? 転校したら、絶対に他の男がほうっておかないし、告白とかされるに決まってるじゃんか」
深刻な顔をしながら、のろける秀平くん。
まあ、でも、愛花ちゃんは本当に美人だからね。
「遠く離れたオレのことなんて忘れて、そばにいるクラスメイトと付き合いだすかも……とか、そのほうがあいつにとっても幸せかも……とかいろいろと考えちまって……」
「それで、もんもんと悩んで、なかなか連絡できなかったんですか?」
「あ、ああ……」
「そっか……。わたしにも、(妄想の恋愛の中で)遠距離恋愛をした経験があるから、よくわかります。でも、愛花ちゃんはいまでも秀平くんのことを強く強く想ってますよ。愛花ちゃんは、秀平くんからプレゼントされたネコのキーホルダーを肌身離さず持ち歩いているんですから」
「え……? ほ、本当かい? あんなの、遊園地で買った安物なのに……」
「安物でも、愛花ちゃんにとっては、大好きな彼氏との思い出がつまった大切な宝物なんです。愛花ちゃんと秀平くんの心は、いまだって、そのネコのキーホルダーで強くつながっているんだとわたしは信じています」
わたしが愛花ちゃんの気持ちを一生懸命に伝えると、秀平くんは声を震わせながら「愛花……。愛花に会いたい。愛花の声が聞きたい……」とつぶやいた。
「……でも、いまさら電話やメールでなんてあやまろう。ずっと疎遠になっていたから、どんどん連絡しづらくなってしまって、困っていたんだ」
「それなら、いまから直接会って、あやまればいい」
そう言ったのは、臨月天光さんだった。