6 夢守少女、華麗にデビュー!?
その日の夜。
歯をみがいたわたしは、お父さんとお母さんに「おやすみなさい」と言って自分の部屋に行き、
「それで、どうやって愛花ちゃんの夢の中に入るの?」
と、わたしの部屋で待っていたハクトちゃんに聞いた。
一般人には姿が見えないハクトちゃんは、わたしといっしょに家に上がりこむと、晩ご飯のから揚げやお父さんのお酒のつまみのピーナッツを盗み食いしたり、わたしの漫画を勝手に読んだり、やりたいほうだいしていた。
「この夢殿(の模型)を枕元に置いて眠れば、それでオーケーよ。夢の世界っていうのは、夜に人間が新しい夢を見るたびにどんどんと世界がふくれあがり、地図なんて存在しないごちゃごちゃのぐっちゃぐちゃのワケワカメなところなの。だから、ピンポイントで目的の人物の夢の中に入れる、このアイテムを使うのよ。……まあ、他の神々はこんな道具使わなくてもいいけど、あたしはまだ修業中だから……ごにょごにょ」
「え? なんか言った?」
最後のほうが聞こえなかったのでわたしがそう聞くと、ハクトちゃんは「な、なんでもないわよ!」と真っ赤になってごまかした。
「見てなさい。これは、こう使うのよ」
ハクトちゃんは、夢殿(の模型)の屋根をカポっと開けて、一本の髪の毛を入れた。そして、屋根を元にもどす。
「さっきの髪の毛は、なに?」
「愛花っていう子の髪の毛。あんたたちが学校のベンチでしゃべっていたときに、こっそりぬきとっておいたのよ。このアイテムは、目標の人物の髪の毛やゆかりのモノを中に入れることで、そのヒトの夢の中へといざなってくれるの」
い、いつのまに、髪の毛なんてぬいてたのよ……。
ん? でも、ちょっと待てよ?
「あの~……。夢殿って、聖徳太子ゆかりの法隆寺の中にある仏教の建物だよね? なんで、日本の神様のオオクニヌシさまがそんなアイテムを持っているの?」
晩ご飯を食べたあと、夢殿についてネットで調べてみたけれど、聖徳太子が夢占いをするために夢殿にこもったとか、夢殿の中で眠ったら仏さまがあらわれたとか、そういう伝説があるらしい。
でも、そんな夢殿の模型をオオクニヌシさまがなんで持っているのかがわからない。
「それは、1200年ほど前に、オオクニヌシさまがあの世の聖徳太子から借りパク……げふん、げふん、ちょっと長期レンタルしているだけよ。オオクニヌシさまの仕事を手伝うとき、あたしが使っているの」
…………聖徳太子さん、怒ってるだろうなぁ。もう何でもありすぎて、頭が痛くなってきた……。
「つべこべ言ってないで、さっさと眠りなさい。そして、夢の世界へゴーよ!!」
「う、うん……」
ハクトちゃんは怒ると恐いから、なるべく逆らわないようにしよう。
わたしは言われるがまま、ベッドに横になった。
「ユメミがバクのちからをつかいこなせるかしんぱいだから、いやいやだけれど、ついていってやるばく」
バクくんはツンツンした口調でそう言いながら、わたしのお腹の上にぴょんと飛び乗った。
うっ……。幼児とはいえ、さすがに苦しい。
でも、わたしのことを心配してくれてるんだね。バクくんの力をうばっちゃったのは、わたしなのに……。
バクくんって、いつもツンツンしているけれど、本当は優しい子なんだ。
夢の世界で悪い鬼と戦うなんて、すっごく不安だったけれど……。ちょっとだけ勇気づけられたかも。
「ありがとう、バクくん」
わたしがそう言いながらバクくんの頭をなでると、バクくんは「き、きやすくさわるなばく!」とプリプリ怒った。
自分からしがみついたり抱きついたりするのはいいけれど、さわられるのは嫌らしい。ネコみたいでかわゆい……。
「わたしね、バクくんみたいな可愛い弟がずっとほしかったの。だから、バクくんのことを本当の弟みたいに可愛がってもいいかなぁ?」
「……お、おとうと?」
「うん。いっしょにゲームしたりぃ~、いっしょにお散歩したりぃ~、いっしょにおやつ食べたりぃ~。それから、たっくさん可愛いお洋服を買って、わたしの着せかえ人形……げふん、げふん、いっしょにファッションショーしたりぃ~。ウヘヘ~」
「なんだかよくわからないけれど、いやなよかんがするから、ことわるばく!!」
がぶーっ! と手をかまれ、わたしは「あいた~!?」と悲鳴を上げる。
「おい、こら! ヘタレ妄想女子! 騒いでいないで、さっさと寝なさいよ!」
あきれた顔でわたしたちを見ていたハクトちゃんが、イライラしながらそう怒鳴るのでした……。
それからしばらくして、わたしは眠りに落ちた。
オオクニヌシさまは、人間の魂が眠っているあいだに迷いこむのが夢の世界だという。
つまり…………。
「現在、砂漠の地に立っているこのわたしは、生身の体じゃないってこと? 魂だけが、この世界にいるのね?」
わたしは、見渡す限りずーーーっと広がっている黄色い大地に圧倒されながら、そう言った。
「そうよ。あたしたち神々は実体のまま自由に夢の中に入れるし、あと、ごく少数だけれど、夢幻鬼の中には、バクみたいに夢と現実世界を行き来できるヤツもいる。でも、人間は、人間が肉眼では見えない世界『隠り世』には魂だけしか行くことができないの。夢の世界もそうだし、死んだら魂だけがあの世へ行くでしょ?」
ハクトちゃんはガムをくちゃくちゃかみながら、説明してくれた。
「へぇ~、そうなんだぁ。……あれ? ハクトちゃんって、神様だったの?」
「そうよ、フフン。あたしは、縁結びの神様・白兎神として信仰されているのよ。ちゃんと神社だってあるんだから。よーく覚えておきなさい。そして、あたしを敬え」
こんな凶暴そうな縁結びの神様、やだなぁ……。
「ハクトがカミだとかそんなはなしはどうでもいいばく。もうユメのなかなんだから、きをつけろばく。いつ、どこから、あくむがおそってくるかわからないばく」
「どうでもいいですってぇ~!? こんにゃろ~!!」
「ふん! ただのウサギのくせして、えらそうにするなばく!」
「わ、わぁぁぁ! ふたりともケンカしないでぇ~!」
わたしは、バチバチと火花を散らしてにらみあうバクくんとハクトちゃんのあいだに入り、必死でふたりをなだめた。
わたしたちがそんなふうにもめていると……。
「きゃーーーっ!! た、助けてーーーっ!!」
女の子の悲鳴が、どこからか聞こえてきた。
あの声は…………愛花ちゃんだ!
どこ!? どこにいるの、愛花ちゃん!
わたしは必死に首を動かして、まわりを見回したけれど、はるか地平線のかなたまで砂漠が広がっているだけで、愛花ちゃんの姿を見つけることはできない。
「ハッキリと声は聞こえるのに、姿が見えない!」
「ここは何でもありな夢の世界なんだから、常識にとらわれたらダメよ。声が聞こえるからって、近くにいるとはかぎらないわ」
「え~? じゃあ、どうしたらいいの?」
「空でも飛んで、もっと広範囲を探してみたら?」
「空を飛ぶ? そんなこと、できるわけ……」
わたしがそう言いかけると、バクくんが「まえ、とんでただろばく!」とツッコミを入れた。
あっ、そういえば、オレさま系イケメン(力を失う前のバクくん)を追いかけようとして、わたし、蝶の羽を背中に生やして飛んでたっけ。
よ、よし! もう一度、チャレンジしてみよう!
わたしは胸の前で手をにぎり、「飛べ……飛べ……」と念じはじめた。
「飛べ……飛べ……飛べ……。飛べ、ユメミ!!」
そうさけんだ直後、わたしの背中からアクアマリンの輝きがパァーッと放出し、美しい蝶の羽があらわれた!
「やった! 飛べた!」
わたしは、太陽(夢の中の幻だけど)がガンガンと照っている空へと、ぴゅーんと舞い上がる。
「うわぁ~! すごく気持ちいい!」
空を飛べて大はしゃぎしたいところだけれど、いまは愛花ちゃんを探さないといけない。わたしは、空中から地上を見下ろし、愛花ちゃんがいないか目を皿にして探した。
「う~ん……。どこにもいない……。もっと遠くにいるのかしら? 望遠鏡でもあったら便利なのに……」
わたしがポツリとそうつぶやくと、
ポンッ!
なんと、わたしの手に双眼鏡が!
そういえば、夢の世界に入る前に、ハクトちゃんからこんな説明を受けていたっけ。
「夢の世界では、自分がイメージした道具や武器を出すことができるわ。夢想力が強ければ強いほど、より強力なモノを出せるの」
つまり、わたしが「遠くを見る道具がほしい」と念じたから、双眼鏡が出てきたのね。なるへそ~。
よし、早速使ってみよう。わたしは、双眼鏡をのぞき、四方をもう一度見回してみた。
「あれ……? あそこに、なんかある。あれは……でっかいアリ地獄? し、しかも、アリ地獄にだれかがのみこまれそうになってる!」
そういえば、愛花ちゃんが、「下半身がアリ地獄にのみこまれて……」とか言っていたよね。
あそこだ! あそこに愛花ちゃんがいるんだ!
「バクくん! ハクトちゃん! 愛花ちゃんを見つけたよ! あっちの方角!」
わたしはいったん着地して、ふたりにそう報告した。
「でかしたわ、ユメミ。愛花に悪夢を見せている夢幻鬼も、きっとそこにいるはずよ。急いで、助けに向かいましょう!」
「うん! じゃあ、わたしがふたりを運ぶね!」
「え? うわわ!」
「ばくぅ~!」
わたしは右手でバクくん、左手でハクトちゃんを抱きかかえ、再び飛翔した。そして、アリ地獄がある方角へと、ドビューーーン! と飛ぶ。
「あ、あんた、現し世(現実世界)にいるときとキャラが変わってない? そんな積極的な性格じゃなかったでしょ? どうしたのよ、急に!」
「だって! だって! 夢の中だったら自由に飛べるし、思い描いたモノを出せるし、何でもできちゃうんだもん! 病弱で、貧弱で、いままでなーんにもできなかったわたしが、ヒトをふたりも軽々と持ち上げられるし! こんなスーパーヒーローみたいになれるなんて……まるで夢みたい!!」
「いや、これ、夢だから……」
それにしても、せっかくキレイな蝶の羽を生やしているのに、寝る前に着ていたパジャマのままっていうのは、ださいし、もったいないなぁ。
「……あっ、そうだ! ちょっとオシャレしちゃおう! 衣装チェ~ンジ!」
ぼふん!
一瞬、わたしの体が光につつまれる。そして、光が消えたあとには、わたしはピンクのワンピースを身にまとっていた。
蝶の羽とゆるふわワンピース。ウフフ。お花の妖精みたいだ。
「おい、こら! 夢想力を遊びに使うな!」
「遊びじゃないもん。正義のヒーローやヒロインは必ず変身するっていう物語のお約束を守っただけだもん」
「くっ……。こいつ、夢の中だと、平気で口答えしやがる……」
あっという間に目的地に着いたわたしは、アリ地獄のすぐ近くに着地した。
愛花ちゃんは、アリ地獄に体の半分以上をのみこまれ、
「秀平くん! 助けて!」
そう泣きさけんでいた。
愛花ちゃんの視線の先を見ると、背の高い少年が、アリ地獄の中に沈みゆく愛花ちゃんを冷たいまなざしで見下ろしていた。
この子が愛花ちゃんの彼氏の秀平くんみたい。キリリとした顔立ちで、たしかにかなりのイケメン。
でも、瞳に輝きがなく、お人形みたいに無表情で様子がおかしい。
「愛花。オレたち、もう別れよう。遠距離恋愛なんて最初から無理だったんだ。……じゃあな」
秀平くんは感情のこもっていない口調でそう告げると、くるりと背を向け、愛花ちゃんを置き去りにして……。
「ちょっと待ったぁーーーっ!!」
わたしは、どでかい虫取り網を夢想力で作り出し、秀平くんをえいやっと捕獲した。
「ぐ、ぐげぇ~~~!! なにをする~!!」
秀平くんは、イケメンらしくない悲鳴を上げ、網の中でジタバタと暴れている。
「彼女がピンチなのに、見捨てていくなんて、ひどいじゃない!!」
「ユメミ。そいつは、ホントのシュウヘイじゃないばく。ヒトのたましいは、べつのヒトの夢の中にはふつうは入りこめないばく。あのシュウヘイは、オニがうみだした、あくむばく!」
「え? これが悪夢?」
わたしがおどろいた直後、秀平くんは、ぼふん! と黒い煙になり、あっという間に消滅してしまった。
「よくもあたいの生み出した悪夢を消滅させてくれたわね」
「だ、だれ!?」
頭上で女の子の声が聞こえ、わたしとバクくん、ハクトちゃんはいっせいに空を見上げる。
空中には、わたしと同い年ぐらいの見た目の少女がプカプカと浮いていた。
白い睡蓮の花が刺繍された黒い着物を着ている、ゾッとするほど美しいその少女は、憎々しげにわたしたちを見下ろしている。
鬼というよりは雪女みたいな冷たく恐ろしいイメージだ。
「あいつは、あくむつかいのむげんき、スイレンばく!」
夢の世界の住人なだけあって、バクくんは悪夢使いの夢幻鬼についてくわしいようだ。
「悪夢使いの夢幻鬼!? あの子が、悪夢で愛花ちゃんを苦しめていたの!?」
「かなり強力な夢想力の持ち主のようね。ただならぬオーラをあいつから感じるわ」
ハクトちゃんが、夢幻鬼スイレンをキッとにらみ、「ユメミ、気をつけて!」とわたしに忠告した。
「スイレンは、あくむつかいのむげんきのなかでは、さいきょうクラスのパワーをもってるばく。そして、ユメのせかいで、いちばんあたまのわるいヤツとしてゆうめいばく!」
「……悪夢使いの夢幻鬼の中では一番強い力を持っているのはわかったけれど、頭が悪いっていうのは……?」
「あいつとたたかってみたら、わかるばく。めっちゃアホばく!」
めっちゃアホって……。
強い敵キャラが登場したと思って緊張していたのに、そんなことを言われると、いっきに脱力しちゃうんですけれど。
「おい、そこのガキ、聞こえたわよ! あたいのことをアホとか言ったでしょ!? アホって言ったほうがアホなのよ! アホー! アホー!」
悪夢使いの夢幻鬼スイレンは、いかにも頭の悪そうなセリフをキャンキャンと吐き捨てながら、空中からおりてきて、わたしたちの前に立ちはだかった。
見た目がクール系美少女なのに、このアホっぽい発言。すごい違和感だ……。
「う、うう……。秀平くん、どこに行っちゃったの? お願い、助けて……。わたし、もうダメ……」
わたしたちがスイレンに気を取られているあいだに、愛花ちゃんはアリ地獄にどんどんのみこまれ、必死にのばしている右手と顔だけしか見えなくなってしまっていた。
し、しまった! 早く助けてあげなくちゃ!
「おっと! そうはいかないよ! こいつにはとことん絶望を味わってもらう! あたいたち悪夢使いの夢幻鬼は、人間たちが苦しんでいる姿を見るのがなによりもの大好物なのさ!」
愛花ちゃんを助けるためにアリ地獄に近づこうとしたわたしをスイレンがとおせんぼして、ニヤリと笑う。
夢食いの夢幻鬼バクくんは、悪夢が大好物。
悪夢使いの夢幻鬼たちは、人間の苦しんでいる姿を見るのが大好物。
夢の世界の住人たちって、変なモノが好きなのね……。
いやいや、いまはそんなことを気にしているヒマはないよ! 愛花ちゃんを助けなきゃ!
わたしは、あらぬ方向を指差し、「あーーーっ!!」とわざとらしくさけんだ。
「ペンギンがおならしながら空を飛んでるーーーっ!!」
「な、なんですって!? どこ? どこよ!?」
ウソを真に受けたスイレンは、わたしが指差した方角の空をキョロキョロと見た。
よし! いまがチャンス!
わたしは蝶の羽でふわりと舞い上がり、アリ地獄にもがき苦しんでいる愛花ちゃんの右手をつかんで「えいやっ!」と引っ張った!
「やった! 救出成功!」
わたしが愛花ちゃんをお姫様抱っこしながら空中でそうはしゃぐと、スイレンは「げっ! しまった!」とくやしがった。
「あ、あんな高等な作戦であたいをあざむくなんて……なんという策士! あんた、いったい何者なのよ!」
さっきの、すっごく古典的なウソだったんだけれど……。
まあ、いいや。名を問われたからには答えるのが、物語のお約束だよね。
わたしは、地面に着地して愛花ちゃんをおろすと、自分が考えうるかぎりで最高にかっこいいポーズ(両腕を目いっぱい広げてダブルピース&片足をフィギュアスケートの選手みたいに足をうしろに上げる&可愛くウィンク)をして、高々と名乗った。
「夢守少女ユメミ、参上!! みんなの夢は、わたしが守ります!!」
き……決まった! わたし、最高にカッコイイ! 華麗なるデビューを飾れたよ!
わたしはそう思っていたのに、
「…………なんだ、コイツ?」
「めちゃくちゃカッコわるいばく……」
「オオクニヌシさま……本当にこんなダサダサ妄想女子に夢の世界をまかせていいの?」
「ユメミちゃん……。なにか変なモノでも食べたの?」
スイレン、バクくん、ハクトちゃん、愛花ちゃんたちには不評だったみたい。
ええー? な、なんで~!?